謠曲『姨捨』の典據についてはさまざまな設があるが, 主として內容的な類似性から典據が考えられるのが一般的な傾向といえる. 『大和物語』や『俊賴髓腦』などの作品や, 中世の古今注がその典據として擧げられるのもこうした傾向を脫しているものではない. しかし, 本稿では, 作品の典據をそのような表面的な類似性から深ることに疑問を抱き, むしろ典據世界け根底を流れている-つの文學的な傳統に着目して見たのである. その文學的な傳統というのは, ほかならぬ「月影の作用」というものをさす. 謠曲『姨捨』は, これによって典據世界と密接に結ばれており, 『姨捨』の主人公の老女における複雜な內面構造に迫まるためには, これを拔きにしてはならないと思う. こうした考えにもとづいて, 本稿では, 謠曲『姨捨』の中に描かれている老女の人物像を考えてみるための-つの準備段階として, その典據世界における「月影の作用」の有樣の分析を試みてみたのである.