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KCI 등재
일본문학,일본학 : 『유형당한 이브의 자식』 선악에 눈뜬 인간 -아쿠타가와 『오긴(おぎん)』에 나타난 기독교 원죄론의 수용양상-
Japanese Literature,Japanology : "Posterity of Eve an Exile", Human Being Became Aware of Good and Evil -The Acceptance of the Concept of Original Sin in Akutagawa-Ryunosuke`s "Ogin"-
최정아 ( Choe Jeong A )
UCI I410-ECN-0102-2009-730-002394711

本論文は、本作品敍述構造の深層に潛む、キリスト敎原罪論と關連するモチ-フこそが本作品の主題と直結する象徵的意味を含み持つものとみ、その意味解讀を通して作品の主題及びその獨自性を確認してみようとしたものである。 主人公おぎんは信仰を通し、人間の精神の自由を抑壓する幕府のキリスト敎禁制に逆らい、死への恐怖を乘り越え自らの魂の價値を追求する。そして反對に棄敎を通しては、キリスト敎の獨善的、權威的敎理が齎す地獄への恐怖を乘り越え、人間の魂が生まれながらに備え持っている善惡の分別力を回復している。 芥川は、おぎんに人間の精神の自由を抑壓する脅威的戒律の超克を可能にさせた力の源泉を<エワ>の原罪が人問に齎した善惡の分別力に求める。周知のように<エワ>は、「この實を食べると神のように目が明るくなり善惡を知るようになる」という蛇の誘惑によって、神の정を破る罪を犯した人類の母である。キリスト敎ではそのような<エワ>の罪を原罪とし、世界に罪と死を、そして神と人間の關係の破綻を齎した根源と見做す。そして原罪により破綻した神と人間の關係を回復するためイエスが十字架の上で血を流さねばならなかったとする。本作品で芥川は、キリスト敎側のそのような原罪論を否定せず理解し受容している。しかし芥川はそれに止まらず、<エワ>の原罪は、神の人間に對する極限の愛を確認させる契機となり、また人間の魂に善惡を分別する能力を備え持つようにさせ、人間をして自ら考え、選擇しつつ、自らの運命を切り開いていく自律的存在とさせたというより積極的な意味な見いだしまた重視している。 芥川は本作品で、<エワ>による原罪を、人類に善惡への分別力を齎せた契機として意味付與することにより、人間の魂の價値を强調すると同時に、キリスト敎本制がもつ權威的屬性を暴きつつ、人間の自律的生の正當性を主張する。芥川の獨創性は、そのように、キリスト敎の神話を利用し、むしろ、キリスト敎が持つ權威的屬性に反抗し、神に從屬した存在ではなく自律的存在としての人間像を主唱することに成功している点にある。芥川は、本作におき、おぎんの信仰及び棄敎を通して、人間の本來の魂への信賴を表するとともに、人間の精神の自由を主張し、それを抑壓し歪企める權威的力に對する反抗の意志を明らかにしているのである。

[자료제공 : 네이버학술정보]
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