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KCI 등재
만주「건국대학」창설과 최남선의 〈건국신화론〉
日本文學,日本學 : 滿州「建國大學」創設と崔南善の〈建國神話論〉
전성곤 ( Sung Kon Jun )
UCI I410-ECN-0102-2008-730-002568539

本稿では,朝鮮人である崔南善が滿州建國大學の敎授として招聘されたことを手掛かりに出發している.滿州における朝鮮人の複雜な位置は,滿州建國大學の中でも反映されている.建國大學の「民族協和を基本理念として,理想國家として滿州國を發展させるため,その指導者となる人材育成」をめざして設立されたが,崔南善もその一人として,朝鮮から招聘されたのである.そこで,崔南善の思いは,彼が建國大學硏究院で發表している「東方古文化の神聖觀念に就いて」と「滿蒙文化」において讀みとることができる.とりわけ,崔南善の「滿蒙文化」は,檀君神話の意義を改めて主張しようとしたことが浮かび上がった.その一つのテクストが多くのテクストの參照·引用から成り立っているテクストの重層性を,建國大學の政治的局面における多元的な支配ㆍ被支配の狀況として歷史的に存立しているコンテクストの重層性を踏まえて分析した.崔南善は「滿州國」の新しい理念を實現するためには東北諸民族の「建國神話」を創出することが必要だが,それにヒントを與えるのは「壇君」だと,彼は主張したのである.東北地方の民族の興亡を示すことで,「民族」の可變性を浮き上がらせ,日本の帝國支配をもまた相對化しようとしていた.「民族」問題が定まらない狀況を認知し,朝鮮民族の「檀君」神話にどのように取り組み,その影響力を發揮するかを苦慮するなど,皇道主義支配イデオロギ-とナショナリズムを行きつ태りつしていたのである.滿州國の統治理念の象徵としてのキ-ワ-ドが大同ㆍ王道ㆍ皇道であったならば,崔南善は,まさに,イデオロギ-の最先端を受容しながら,朝鮮民族の「文化論」に比重を置き,朝鮮の心を象徵する「檀君」を正當化する論理を提示しようとしたが,それが結局植民地イデオロギ-の受容になるというジレンマに陷ったのである.そこには,朝鮮人である崔南善の滿州「建國大學」において學理的「近代知」を受け入れつつ,自己「文化アイデンティティ」の再構築に努めと,その作業が持っている「普遍」へのこだわりを見ることができたであろう.

[자료제공 : 네이버학술정보]
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