推量·予想勸誘·期待·命令意志·決意·希望反定·婉曲の意味用法を擔當した古典語推量の助動詞むの表記は周知の通りんを經てう·ように變化し、現代に至っている。んの表記變遷に關する從來の硏究では、んがうの發音に似ているので自然にうに移行したという音韻論からの解釋が中心である。しかしながら、ん表記の變遷を音韻變化のみで說明しようとするのはう發生について充分に把握し切っていない側面があり、表記形態の變遷を詳しく把握するためには他の角度からのアプロ―チが必要である。このような問題意識から本稿では、同じんの形態で使われていて、現代語にも殘っている打消の助動詞ずの終止形·連體形の表記んと比較、分析して助動詞うの表記が成立する背景について考察を行った。分析對象は口語と文語の區別がはっきりしている近世後期の口語資料で、灑落本の『遊子方言(1770)』、『辰巳之園(1770)』及び人情本の『春色梅兒譽美(1832~33)』である。その中から推量の助動詞ん· うと打消の助動詞ぬ· んの用例を檢出し、會話文と地の文に分けて使用頻度と使用樣相を調査した。そしてそれぞれの文體の特徵について檢討した。その結果、打消の助動詞んの方が推量の助動詞んより言語の運用性が高く、影響力が强いことが明らかになった。その理由としては三つのことが擧げられる。第一、推量の助動詞んは文語の性格が强い文體で、ほとんどが地の文に用いられており、會話文の場合も一部の文章だけに表れるという特徵がある。したがって口語體が增えるにつれ姿を消すようになる。反面、打消の助動詞んはぬに比べて口語性が强いので文の中で使用の制約が少なく、そのことから使用範圍がだんだん廣くなった。第二、打消の助動詞んはますやございますなどに接續しません、ございませんの形態として使用が擴大し、普遍化した。第三、打消の助動詞んは多樣な品詞に接續して使われたが、推量の助動詞んは一部の品詞のみに接續して使われたので運用性が低かった。以上の理由とともにんがうに發音しやすい側面があったので、推量の自動詞んの表記は自然にうに移行したと推論できる。