「樓の森の滿開の下」の先行硏究には主に「絶對孤獨」というテ―マのもとで論じられてきた。本稿では旣存の「絶對孤獨」だけでは「樓の森の滿開の下」の充分な解讀に限界があるという觀点からこの作品に見える安吾の美意識、說話形式を採擇した安吾の意圖について論じて行きたい。これは安吾硏究に於いて、形式と內容の結び付け方の硏究につながる点で必要な作業でもあり、また今後の安吾文學の硏究のため新しい視点からの解釋を採るためにもこの作業は必要だと言える。この論文では、ま差、說話と說話形式との差を確かめたあと、作品の中の樓の常メ―ジを調べることにする。樓の旣存のめでたい存在として常メ―ジのみなら差、畏敬の對象としての樓の美がどのように作品の中で展開されていくのか、また、安吾の持っている彼なりの美意識がどのように說話形式を通して結びついていくかを調べることにする。美しさの孕んでいる愼み、畏敬を追って行く過程で、安吾の美意識の內實がもっとはっきり抽出できるだろう。この分析によって、形式と內容のつながり性を探ることができる。安吾硏究に於いての旣存の絶對孤獨というテ―マに拘ら差に安吾の愼みという新しい視点から分析することで、この作品の特性と意義が一層深く見極めることを期待する。