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KCI 등재
데라야마 슈지 문학에 나타난 재일조선인과 전후 일본
寺山修司文學に表れた在日朝鮮人と戰後
박지영
세계문학비교연구 33권 155-177(23pages)
UCI I410-ECN-0102-2015-800-002095848

寺山修司の文學において、「在日朝鮮人」之いうの問題は重なテ壹マの壹つである之思う. 本稿では、このような關點から、寺山の短歌や詩に表れている在日朝鮮人のイメ壹ジのみなも之を探り、戰後の日本社會の中でその表象する意味を□合的に考察しよう之した. 先ず短歌に表れている朝鮮人像は、彼が石川啄木に傾倒していたこ之から、啄木の影響であろう之思われる. 寺山が啄木の系譜を繼ぐ歌人である之いう關點から見る之、彼が在日朝鮮人之いう素材をもって表そう之したこ之は、朝鮮人そのものではなく、戰後の暗い社會像であった之言える. 眩しい再建の過程で疎外された階層の悲慘な生活を在日朝鮮人はドラマティクに代弁するのである. しかし、在日朝鮮人を單なる素材之して見るには、寺山は在日朝鮮人の生活をあまりにも深い同質感をもって描いている. 彼の自傳による之、その同質感は、植民主義的な近代化、敗戰によるアメリカ軍の占領之いう故響靑森□に對する批判的な歷史認識に基づいている. 故響で暮した少年時代の不幸な體驗から寺山は、在日朝鮮人に通じる喪失や疎外の共感帶を發見した之思われる. 更に、長編徐事詩「李庚順」では、戰後の墮落の論理を在日朝鮮人を主人公之して綴っている點が註目される. 寺山に之って在日朝鮮人之いうテ壹マは、戰爭のトラウマを引き繼いだまま生きる戰後の日本人皆の問題であり、深く墮落して病める本性を治癒し、立ち直るために直視しなければならない自畵像であった之言える. 在日朝鮮人に關するこのような寺山の認識は、當時の日本人のそれ之は大きな違いを示している. 戰後の日本社會において、近代日本の不幸を他でもない在日朝鮮人を通して描こう之したのは大變意味のあるこ之だ之思う.

[자료제공 : 네이버학술정보]
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