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「武斷統治」期の朝鮮總督府留學生監督と 渡日朝鮮留學生に關する一考察

김범수

- 발행기관 : 한국외국어대학교 일본연구소

- 발행년도 : 2006

- 간행물 : 일본연구, 27권 0호

- 페이지 : pp.42-57 ( 총 16 페이지 )


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초록(한국어)
韓末の留學生監督部は、同時期における渡日韓國留學生運動の中心的存在であった。また同時期の留學生監督は、保護國期の國權回復運動を全面的に支援し、留學生運 動の成立及び展開に重要な役割を果している。韓國倂合後、武斷統治を行った初代 朝鮮總督寺內正毅は、1911年に渡日朝鮮留學生に對する監督體制の整備に着手した。一 方の朝鮮留學生運動は、1912年の學友會の創立で再集結し、年の東京·獨立 宣言を行った。それはさらに朝鮮3ㆍ1獨立運動の導火線となる。 本稿は、東京2ㆍ8獨立宣言が行われた「武斷統治」期における朝鮮總督府の留學生監 督體制と渡日朝鮮留學生の實體を明らかにし、その歷史的背景について考察した。朝鮮 留學生の取締りのために1911年に制定された朝鮮總督府留學生規程は、官費留學生 はもちろん私費留學生をも留學生監督の對象とするものであったが、さらに朝鮮總督寺 內は、從來の留學生監督に加えて新たに憲兵留學生監督を任命する。總督府は、朝鮮留 學生の渡日に制限を課したが、他方で、植民統治に對する留學生の不滿を和らげるため の政策を平行させた。このような總督府の留學生政策によって、渡日朝鮮留學生の性格 もまた大きく變化する。しかし、武斷統治期の留學生政策は、東京2ㆍ8獨立宣言に よって破綻を余儀なくされ、總督府の統治方針はいわゆる「文化政治」に轉じた。それ は、以降の在日朝鮮留學生社會の擴大や留學生運動の多樣化をもたらすことになる。

논문정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 발행기관 : 한국외국어대학교 일본연구소
  • - 간행물 : 일본연구, 27권 0호
  • - 발행년도 : 2006
  • - 페이지 : pp.42-57 ( 총 16 페이지 )
  • - UCI(KEPA) : I410-ECN-0102-2017-830-000385827
저널정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기 : 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1225-6277
  • - 수록범위 : 1985–2020
  • - 수록 논문수 : 1341