本稿では、『伊路波』『捷解新語』『改修捷解新語』『重刊改修捷解新語』の日本語に記されている音注の分析を通して、同一音節に記される多様な表記は日本語の音声が記述されているという立場から、音注表記法の規範にかかわる問題、多様な音注が示している音声記述の問題を探ることができた。その結果、『伊路波』は「イロハ歌」を読む際の発音とその他の発音とでは異なることが明らかになった。清濁音に記されている音注は、韓国語の音韻体系に準じて表記されていることから、有声音と無声音の区別はない。日本語の特定の音節に現れる多様な音注表記は、韓国語の音韻体系を基準にし、日本語の音声を記した結果であり、その音注表記から韓国語の音韻体系で弁別が可能な要素である鼻濁音( なにがしna-niŋ-ka-si)、清音の緊張性(まいるとma-'i-ru-tto)などの日本語の音声的な特徴が現れている。さらに、改修が行われることにより、特定音節では日本語の音声そのものを表すために工夫が行われ、音声表記を目的とし意図的に用いた綴字もあるなど、日本語の表記にあわせて音韻的に表す音注も見られる。このように韓国語の音韻体系に沿った音注と、日本語の音声を表すために用いた音注が音声環境によって記されている。これが非規範的に見られる朝鮮資料の特徴であり、これらの非規範的な音注に日本語の音声の記述が見られる。