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일어일문학연구검색

Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 105권 2호 (2018)
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짓펜샤 잇쿠작 기뵤시『힌푸쿠톤보가에리』가 고칸『가네노쓰루호리다시부겐』과 『시치후쿠노카미쿠즈카고』로 어떻게 재창작되었는지, 한 희작작품의 수용사라고 하는 측면으로부터 문학사적 가치를 발견하고, 동일 취향 및 동일 취향 속의 이질성에 대하여 적극적으로 평가하고자 하였다. 그 결과 아마노쟈키에게 반대되는 기원을 함으로써 첫 번째 금화, 두 번째 마누라, 세 번째 아이라고 하는 보물을 차례차례 획득하여 행복한 가족이 탄생한다고 하는 동일취향 속에 이질적인 웃음을 가미하거나, 유사한 스토리의 앞뒤에 창작담을 배치하면서 내용이 확대된 고칸이 제작되는 과정을 추적할 수 있었다. 두 작품의 어떤 한 취향만 거론하는 것으로는 두 작품의 답습관계를 논하기에는 한계가 있으나, 본고와 같이 세 작품의 네 가지 취향에 있어서의 전 문장을 상세히 비교 분석함으로써, 비로소 세 작품의 상호 답습관계의 전용을 명확히 입증할 수 있었다는 점에 본 연구의의가 있다 하겠다.

헤이안 문학에 나타난 일본인의 질병관

이미령 ( Lee Mi Ryung )
5,800
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本稿は日本の平安文學に現れた古代日本人の疾病觀について考察したものである。まず、具體的な疾病の實例を分析し、それに基づいて、差別化された敍述の方式、定型化された敍事の構造、そして性差別的な認識と分けて考察した。 まず、平安時代の主な疾病としては、脚氣病、マラリア、眼病などの身體的な疾患と、戀患い、心氣症などの精神的な疾患があった。また、具體的な病名のない場合、それを物の怪に取り付かれたと認識する場合が多かった。具體的な疾病の樣相と作品の特徵は次のようである。 一、『讚岐典侍日記』を通じて差別化された敍述の方式を確認できた。日記は病人(堀河天皇)が抱えている疾病の苦痛や死に對する恐怖などを女性作家して、男性の日記には病者とその周圍の人々の感情は削除されたまま、發病や治療の經過などの事實だけが敍述されている。 二、作品のなかで、登場人物が擔っている役割の比重によって疾病の樣相が定型化された構造で設計されているのを確認した。『源氏物語』の主人公である光源氏のマラリアは現實世界の權威と將來の榮華、神聖性を付與する裝置として活用される。反面、光源氏の政敵である朱雀天皇の眼病や戀敵である柏木の脚氣病は主人公との葛藤を解消するための裝置として設定される。 三、女性病者に對する他者の歪曲された視線に注目して考察した。女性病者をいたづら人のような扱いをする嫌惡の視線と病者の苦しみからは目をそらして女性性だけを强調する視線が共存している。 このように、事實とは異なって文學作品のなかの疾病は病者の社會的な地位や位階、また性別によって差別的に敍述された。故に、その敍述は作家の疾病に對する認識と價値觀を表していると同時に、疾病に對してその當時の人々が持っている普遍的な觀念の反映でもあった。勿論、疾病は退治すべき否定的なものであるが、病者の自己反省によった新しい人間關係の摸索という面では肯定的な意味づけも可能であると思われる。

약채상(若菜上)'권 이후의 물어(物語)방법 -광원씨(光源氏)의 노화를 중심으로-

권도영 ( Kwon Do Young )
6,100
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本論考は若菜上卷以後の物語における光源氏の老いが皮相的なものから實體を獲得してゆくことを論じたものである。若菜上卷以後の光源氏の老いは衰退と成長の兩義性を帶びる。衰退と成長は登場人物の主觀的な視点による區分と大まかに言えるが、女三の宮の壻選びにおいては光源氏自身も老いを兩義的に捉えている。一方、若菜上卷における女三の宮の壻選びに見る光源氏の內面は薄雲卷や玉鬘十帖に連なるものがある。薄雲卷や玉鬘十帖と同じく、若菜上卷の光源氏は自らの老いを自覺しながら好色をも持っている。このような若菜上卷において光源氏の老いは、柏木と女三の宮の密通事件を知ったのちのそれに比べると皮相的なものである。
6,100
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本稿では、漢籍が日本に傳わって日本文學の形成にどのような役割を果たしたかについて考察するために、白樂天の「自嘲」という漢詩を利用した『源氏物語』第2部の柏木物語について考えてみた。まず、柏木と女三宮の密通の實態を明らかにし、第1部と第2部で繰り返される密通事件の意味が異なる点を指摘した。これをもとに源氏が薰を抱いている場面において白樂天の漢詩「自嘲」の一部が引用されているが、物語はこの表現を重層的に解釋できるように描いていることを論じた。そして、「自嘲」の表現を用いたこの場面が第3部の薰の人生を予告していることを明らかにし、この作品全體が不義の事件の連續によって織りなされていることを浮き彫りにした。
5,800
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人情本は、書肆と貸本屋の稼ぎ柱であった。タクチ本もそうであった。人情本は、本のデザインやレイアウトなどにおいてタクチ本に樣々な影響を與えていた。本稿は、デザインだけではなく、他方においても人情本とタクチ本との間に何らかの影響關係があるという反說からはじまる。人情本は、戱作におけるメロドラマの代表的ジャンルである。タクチ本の中でも、新派あるいは淚字小說と呼ばれるメロドラマジャンルがある。『酒は淚か溜息か』も典型的なメロドラマ小說である。『酒は淚か溜息か』は、同じメロドラマである人情本と共通点が確認される。まず、流行語と實際起きていた事件を背景にしていることがあげられる。二つ目は、現代のTVドラマや映畵で常用される編集技法であるクロスカッティングやクリフハンガ一技法が使われていることである。そして、人情本の代表作である『春色梅曆』と比較すると、主人公の形象化と會話の語調の違いはあるものの、類似の三角關係を使っていることである。人情本と 『酒は淚か溜息か』の比較分析を通じて、人情本の技法をタクチ本も共有している点を確認した。これは、日本近世文學を通じてタクチ本の意味を探していく試みであり、タクチ本を意味を確認するところに意味があるのであろう。

재난과 음악 -동일본대진재 사례연구-

김태경 ( Kim Te-gyung )
한국일어일문학회|일어일문학연구  105권 2호, 2018 pp. 109-125 ( 총 17 pages)
5,700
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2011年3月11日、東日本大震災が日本全域を襲った。大地震と原發事故という複合的な災難は未曾有の慘事であった。本稿は東日本大震災以後の日本が經驗した文化的な變容を記憶·記錄·考察し、これから步むべき道を展望するものである。 3.11東日本大震災以後の日本の音樂に現れた主な特徵としては、次の三つが擧げられよう。第一、音樂のジャンルや世代を問わず、多くのミュ一ジシャンが被災した方々への癒しや脫原發活動に盡力したことである。第二、サウンドデモという全く新しいやり方により、旣存の社會運動とは違い、樣々な背景の多樣な人たちが參加できるようになったということである。第三、福島原發事故と關連して多數の「替え歌」が作られ、擴散したということである。 昨今の狀況を「替えたい」という「何かがしたいこの氣持ち」はどこに向かっていくのだろう。いま·ここと異なる世界を音樂は夢見ることができる か。東日本大震災以後の日本は戰後成長社會への現狀復舊なのか、それとも生態環境的な未來價値を志向する復興なのかの分れ道に立っているといえよう。日本の行方を全世界が注目する所以である。

일본여성문학자의 ‘문예위문’과 전쟁책임

오성숙 ( Oh Sung-sook )
한국일어일문학회|일어일문학연구  105권 2호, 2018 pp. 127-146 ( 총 20 pages)
6,000
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本論文は「輝ク會」が1939年「輝ク部隊」に改稱し、慰問文集を出版しながら、積極的に「文芸慰問」に協力した女性文學者たちを中心に考察したものである。 女流文化團體輝ク部隊は時雨が言うように、世界の何處の國にもない女性の集まりであった。男性による「軍事的勝利」により占領地、植民地を獲得すると、それ以降は女性による「文化工作」により新興大陸を建設していくシステムを構築しようとした。 「慰問」「慰安」は日淸戰爭から女性の活動として認めているが、日中戰爭をきっかけに輝ク部隊の活動に「國策」という名目下で「從軍」と「慰安」「慰問」が結ばれるようになった。 女性文學者が文芸慰問、慰問文學という形で戰爭協力に積極的に荷擔しながら精神的な「慰安婦」の役割を果たしていたことがわかる。輝ク部隊は銃後で男性の戰爭を支える役割を擔うことによって戰爭の推進力となったことから、その戰爭責任が問われるべきだと思われる。

무라카미 하루키(村上春樹)작품 속에 나타난 재난 표상 연구

조주희 ( Joo Hee Cho )
한국일어일문학회|일어일문학연구  105권 2호, 2018 pp. 147-169 ( 총 23 pages)
6,300
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村上春樹の文學は、大まかに3期にて分類することができる。第1期は、1979年から1994年、第2期は、1995年から2012年、第3期は、2012年以後から現在までである。その中でも一番大きな變化が表れる時期、つまり春樹文學の最大轉換点といえば、第2期であると思える。1995年1月の「阪神淡路大震災」と、3月の「地下鐵サリン事件」は、それまで春樹が志向してきた「個人」に對する視線を社會にむける積極的で、直接的な契機となった。この2つの事件は、天災と人災という差があるので、兩方を同じ觀点でみるのは無理ではあるが、春樹は兩方とも「地下(アンダ一グラウンド)の問題」として捕らえた。ただし、ここでいう「地下」というのは、地上に對比される空間上の問題ではなく、人間の無意識と「惡」の感情、社會の暗い要素、歷史上の暴力、宗敎問題など、すべてのネガティブ的な要素が含まれている。 地震をテ一マにした連作集『神の子どもたちはみな踊る』では、「阪神大震災」と關係のない人々の生活にも、地震が影響を及ぼしており、春樹は私も他者の他者であるということを强調している。また、人間が抱えている苦難や不幸は、すべて神樣から與えられた運命で、人間は神樣の意志によって踊らざるをえない、微弱な存在ではあるものの、他者との共存が克服の方法であると提示している。 なお、「地下鐵サリン事件」をテ一マにした『アンダ一グラウンド』は、事件の被害者の聲を「ありのまま」再現したノンフィクションである。この作品は、春樹の第1作目のノンフィクションであるという意味もあるが、それよりもっと重要なことは、この作品を契機として分かることになった、カルト集團や不條理な社會システム、歷史の問題は、『1Q84』、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡禮の年』、『騎士團長殺し』の重要な主題となっていることで、評價すべき作品であると思う。
5,900
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山田詠美(1959∼)は『ベッドタイムアイズ』(1985)のような戀愛小說を書いてきたが、それと同時に、10代の靑少年たちの日常生活を描いた靑春小說の作家としてもその名を知らせている。本硏究で檢討した『ぼくは勉强ができない』(1993)も彼女の靑春小說の一つであり、日本の多くの高校生たちが抱えている‘勉强’の問題を主な素材として扱っている。主人公である高校生の時田秀美は、‘學校の勉强が出來ない人=馬鹿’という通念や、大學進學だけを目標とする‘詰め迂み敎育’に强い疑問を示しながら、自ら勉强の意味やその目的を求める。そして、彼は、テキストや敎室という限られた範圍を超え、多樣な人間關係や身體的な體驗に基づく一連の過程を通して、學校での勉强は人生における勉强の一部に過ぎないということを自覺する。 一般的な靑春小說が、子供から大人へと成長する靑少年たちの個人的な葛藤や試行錯誤を扱っていることに比べて、山田詠美の『ぼくは勉强ができない』は日本の敎育現場に對する批判と共に、‘勉强’に對する作者の獨自な價値觀を提示しているということでその特徵があると言えよう。また、山田は作品の中で學習者の個性と自ら考える力を重視しているが、これは一時代、日本の敎育界に反響を及ぼしていた‘ゆとり敎育’と內容の面から類似していることは注目すべき点であると思われる。

메이지 시대 괴담집 『怪談會』에 나타난 근대 문명과 괴이의 교착 양상

최가진 ( Choi Ga Jin )
한국일어일문학회|일어일문학연구  105권 2호, 2018 pp. 191-209 ( 총 19 pages)
5,900
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明治期、怪談は西歐近代文明との接觸と影響から更新や變形される樣相を現れてきつつあり、それは新聞や雜誌、書籍などの大衆メディアを通じて擴散ㆍ共有された。これは近世のものとは區別される特徵を持つ「近代怪談」の登場と言える点で、日本の怪談文化史の中で重要な位置を占めている。本稿はこの点に着目して、泉鏡花と<鏡花會>の怪談會活動を中心にして明治42年(1909)に出版された怪談集である『怪談會』の成立過程を確認し、その中に收錄された怪談の檢討を通じて、當時に流入された近代文明と怪異が交錯しながら生成された近代怪談の具體的な樣相を考察してみたのである。『怪談會』に描かれている怪談には、近代以前には主に體驗者の前に直接的に出現した怪異現象が當時、新たに登場する人力車、電話、電燈などの新文物を媒介として出現している。また、超自然的な存在によって起きると見なされていた怪異現象が、明治期には西歐心靈主義の流入によって人間の精神作用によるテレパシ一や夢などのように、近代の心靈體驗談としての再解釋が行われている。これは人間から怪異が始まるという、近世の人間中心的な怪異觀が近代の精神醫學と結ばれて形成された近代的な怪異觀であった。このように近世から存在していた怪異と近代の文明が膠着された結果、變形された形の怪談が現れていること、つまり傳統的な怪異が基底に存在しながらも、その出現や解釋においては近代的な變容が確認されることが、明治期に登場し始めた近代怪談の特徵だと考えられる。
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