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Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 110권 0호 (2019)

[너의 이름은.(君の名は。)]에 나타난 젠더 시스템 고찰

이용미 ( Lee Yong-mi )
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本稿はアニメ『君の名は。』に見られるジェンダ一システムの構造について考察したものである。日本文學および大衆文化において男女の身體が入れ替わるという、いわゆる「轉身(trans)」の話は時代を問わず、受け繼がれてきた話型である。『君の名は。』も體が入れ替わる男女の絆と、彼らによって天災から救われた町の運命を主題とすることから、轉身モチ一フの受容と擴張の可能性を廣めた作品であると言えるだろう。 ところで本稿では『君の名は。』の構成が前近代の日本のジェンダ一システムに基づいて築かれたことを論じた。たとえば神社の神主である一葉と町長のトシキはそれぞれ自然と文化、傳統と現代というふうに、男女の描寫において典型的に使われる二項對立の人物造形をとっている。また女主人公の三葉は現代の女子高生にもかかわらず、家父長制の社會で求められた保守的で傳統的な女性像に基づいた自己認識を示している。要するに『君の名は。』における轉身モチ一フは殘念ながら生物的な限界と身體性を越えることができず、より平等で前向き的なジェンダ一意識の提示には至っていないと思われる。

고전에 나타난 이성장(異性裝)과 젠더

김정희 ( Kim Jung-hee )
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本稿は、平安時代から室町時代までの古典作品を對象に異性裝の中でも特に女性の男裝に着目し、それがジェンダ一の問題と關連があることを明らかにしたものである。最初に『とりかへばや物語』を分析したが、この作品は女性のジェンダ一を拒否する女性の話を扱っていることがわかった。第二に能樂におけるシテの女性が男裝をする話は魂の憑依と關連しており、その現象が女性の狂氣を表していることを明らかにした。また、能樂はこの憑依現象の原因を女性の男性との戀によるものとして類型化していることを浮き彫りにした。第三に、女性の男裝が佛敎の女性差別と關連があることを指摘した。そして、『新藏人』繪卷はトランスジェンダ一の女性の話を扱っているが、尼になったその女性が佛敎でも救われない存在であることを論じた。
6,100
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본 연구는 포리너 토크 연구에 있어서 지금까지 주로 연구되어 왔던 비일상적 상황에서의 대면형 접촉장면이 아닌, 일상적인 상황에서 발생하는 비대면형 접촉장면에 주목하여 그 양상을 기술하는 것을 목적으로 한다. 그를 위해 외국인 조사협력자를 통해 일상의 문의 전화를 수집하였고, 이를 바탕으로 여러 가지각도에서 포리너 토크의 실태에 대해 분석하였다. 그 결과 다음과 같은 점들이 새로이 밝혀졌다. (1) 대면형 접촉장면에서는 ‘보통체의 사용’이 자주 발생하는 데 비해, 비대면형 접촉장면에서는 ‘보통체의 사용’이 극히 적다. (2) 외국인의 일본어 실력이 어떠하든 상관없이, 음성적 조정과 같이 정보를 재구성할 필요가 적은 포리너 토크가 많이 사용되는 경향이 있다. (3) 외국인의 일본어 실력이 낮을수록 정보의 재구성 정도가 높은 포리너 토크가 많이 사용되며, 복합적 사용도 증가한다. (4) 일본이 실력이 상급인 외국인과의 대화에서는 ‘상대방의 반응을 기다리는 침묵’이, 일본어 실력이 중급인 외국인과의 대화에서는 ‘정중도의 감소’가, 일본어 실력이 초급인 외국인과의 대화에서는 ‘천천히’가 가장 많이 사용된다.

「おまはん」에 관한 일고찰 -『春色梅兒譽美』를 중심으로 -

민승희 ( Min Seung-hee )
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本稿は近世後期の作品である『春色梅兒譽美』に表れている「おまはん」の用法を考察した論文である。「おまはん」の話し手と聞き手の關係、呼應する述語表現、共起する一人稱代名詞に關して分析している。また、この分析に基づいて「おまはん」と「おまへ」の相違点を明確にしている。考察の結果は次のようである。 一、「おまはん」は主に目上の聞き手に對して使う代名詞である。ただ、用例數は少ないが、對等な關係や目下の聞き手に對して使われている「おまはん」の用例もみられる。また、遊女でない話し手が「おまはん」を使っている用例も見られる。 二. 「おまはん」は主に「ます」體の述語と呼應している。 三. 「おまはん」はいわゆる遊女語といわれる一人稱代名詞である「わちき」と共起している。 四、「おまはん」と「おまへ」を比較してみると、二つとも目上の聞き手に主に使われる代名詞である。しかし、「おまへ」は「おまはん」に比べて「だ」體との呼應度が高かった。また、「おまはん」は一人稱代名詞「わちき」との共起だけが見られるが、「おまへ」は「わちき」以外に「おいら、わたし」との共起も見られる。

名詞に接續する「せいで」の意味と機能

( Bahng Yoon-hyung )
6,000
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본 논문은 명사에 접속하는 “세이데(せいで)”의 의미와 기능에 대하여 분석, 고찰 한 것이다. “세이데(せいで)”가 기본적으로 “바람직하지 않은 결과”를 나타낸다는 점을 지적한 것은 종래에 연구사례가 많이 있으나, “바람직한 결과”를 나타내는 것 같은 예문이 있다는 지적은 종래의 연구에서 거의 보이지 않는다. 또한 “세이데(せいで)”가 단문에서 사용될 때와 복문에서 사용될 때는 다른 특징이 보이지만 이것을 구분하여 고찰한 연구는 이루어진 적이 없다. 따라서 본 논문에서는 우선 단문에서 사용되는 경우와 복문에서 사용되는 경우를 구분하고, “바람직하지 않은 결과”를 나타내는 경우와 “바람직한 결과”를 나타내는 경우로 세분하여 각각의 특징에 대하여 기술하는 것을 목표로 했다. 그 결과는 다음과 같이 정리할 수 있다. 첫째, “세이데(せいで)”가 단문에서 사용되는 경우는 기본적으로 “바람직하지 않은 결과”를 나타낸다. 그러나 “바람직한 결과”를 나타내는 예문도 10례가 확인되었다. 이와 같은 단문에서 사용되는 경우, 전접명사가 “바람직하지 않은 결과” 와 “바람직한 결과”의 양쪽에 중복되는 경우는 보이지 않았다. 둘째, “세이데(せいで)”가 복문에서 사용되는 경우는 다음과 같이 ①“바람직하지 않은 결과”+“바람직하지 않은 결과”, ②“바람직하지 않은 결과”+“바람직한 결과”, ③“바람직한 결과”+“바람직하지 않은 결과”, ④“바람직한 결과”+“바람직한 결과”를 나타내는 경우의 네 가지로 나눌 수 있다. 이중에서 ③과 ④의 경우에도 “오카게데(おかげで)”가 아니라 “세이데(せいで)”가 사용되는 것을 알 수 있었다. 한편, 단문과 복문의 양쪽에서 사용된 전접명사는 개별어수로 14개가 확인되었다. 이상의 내용을 종합하면 종래의 연구결과와는 다르게, 단문에서는 명사에 접속하는 “세이데(せいで)”는 “바람직하지 않은 결과”뿐만 아니라 “바람직한 결과”도 나타낼 수 있으며, 복문에서는 “세이데(せいで)”의 바로 뒤에도 “바람직한 결과”가 올 수 있다고 말할 수 있다.
5,700
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本論文は韓國と日本の交流を通じて使われている語彙(舶來語と外行語)について說明した。言語交流と傳播という側面から基層文化を理解しようとした。 本稿で言及した語彙のパタ一ンは言語地理學の傳播原則のうち,主に隣接傳播原則にあたる。 地理的近接效果を通じて最も近い國である韓國と日本,とりわけ日本の九州に傳わった語彙(外行語)の例に擧げた。 これらの語彙は海という空間を媒介として移動したと考えられる。 最も短かい距離の空間から傳播し、定着したと判斷できる。 本論文では紙面の限りがあり、多くの例をあげることができなかった。今後,地域を擴大し,語彙を增やして東北アジア海域の言語基層文化について理解を深めたいと思う。
6,400
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本研究では、日本語と韓国語、そして英語を対象に母音の変化、特に母音の弱化を中心として母音がどのように変化し、どのような要因によって影響されるかを対照・考察したものである。母音が弱化する類型は日本語においては母音の無声化、英語では母音の中舌化、韓国語では母音の脱落・縮約・渡り音化などによって実現されている。母音弱化の要因としては、各言語による母音体系と声帯の緊張、アクセントや強勢の類型、リズム(拍)単位などの相違をあげることができる。特に音響的な側面から見れば英語の弱化母音ではスぺクトログラム上のフォルマント(F1, F2)が中舌的な特徴を示している。これは英語の舌と唇の形が完全母音の調音位置から中立的な位置に移動して音質が変わることで、強勢言語で現れる特徴だと言える。一方、日本語の無声化した母音は前後の無声子音に同化され母音の有声性を失ったことで、母音のフォルマントも、ピッチも測定されず、母音の持続時間も短縮されているが、音質の変化は現れない。これは英語とは異なり、高低アクセントの言語の特徴であると言える。一方、韓国語での母音弱化は調音上の母音衝突を避けるために起こるもので、主に鼻音や舌頂音が続く環境で現れるという特徴を見せている。このような鼻音、舌頂音という音声的環境は韓国語の母音弱化だけでなく、母音の無声化の現象とも一致することである。しかし、日本語の無声化とは差が認められる。これについてはもっと細かい条件を備えた研究が必要なので今後の課題にしたいと思う。
5,800
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本硏究では、日韓兩國の大學生の會話におけるスピ一チレベルの運用をポライトスの觀点から、さまざまな人間關係の要因と關連付けて分析することにより、日韓兩國の實際のコミュニケ一ションでのスピ一チレベルの機能と特徵を捉えようとした。 その結果、韓國人大學生の會話に比べ日本人大學生の會話で親疎差によるスピ一チレベルの運用の違いがより明確に現れ、韓日兩國で共通に男子大學生の會話に比べ女子大學生の會話において親疎差によるスピ一チレベル運用の差がより明確に現れた。一方、中途終了型發話の場合、韓國人大學生の會話に比べ日本人大學生の會話において親疎差による待遇態度を非文末のスピ一チレベルの積極的な運用を通して示していることが分かった。

『가게로 일기(蜻蛉日記)』의 작자와 양녀입양

권도영 ( Kwon Do-young )
한국일어일문학회|일어일문학연구  110권 0호, 2019 pp. 163-182 ( 총 20 pages)
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本論文では『蜻蛉日記』にある養女迎えの記事を通して生きることに對する作者道綱母の姿勢を確認した。作者道綱母は「はかなし」や「心細し」などの表現を用いて生きることに對する感慨を述べるが、養女迎えの記事から窺える彼女の姿勢にはそのような認識と裏腹なものがあった。 以上のような道綱母の姿勢を確認する手順としてまず先行硏究を確認して養女迎えの記事における二つの問題点を明確にした。道綱母を無條件的に我が子の出世を願う人物だと言い得るかと天祿三年の時点に道綱母が兼家との關係回復に期待をかけていたのかがその二つである。これら問題点によって本論文では將來に對する不安のために養女を迎えたと考え、道綱母が抱える不安を表す表現である「心細し」を檢討した。 『蜻蛉日記』における「心細し」を檢討した結果、時間展開とともに「心細し」の原因において具體性が薄れて行く傾向が確認できた。道綱母の「心細し」は時の流れとともに漠然とした感情となって行くのである。道綱母は「心細し」ゆえに養女迎えを決心したものの、その決心の理由は將來に對する漠然とした不安だけに限定できない。 道綱母は兼家の妻としての地位を確固たるものにするために娘を願っていたが、天祿三年の道綱母にはそのような願いがあったとは認めがたい。天祿三年、道綱母は兼家との關係において自分の氣持ちを理解してもらえない道綱に代わって、自分と共感し得る女の子を必要としたのである。

한·일 설화문학에 나타난 산속 이상향 연구

박연숙 ( Park Yeun-sook )
한국일어일문학회|일어일문학연구  110권 0호, 2019 pp. 183-208 ( 총 26 pages)
6,600
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本稿では韓日說話文學に描かれている奧深い山中にある理想鄕のうち、靑鶴洞と隱れ里に注目し、兩國の共通点、さらにその共通する諸要因を比較してみた。その結果、この兩理想鄕は共に隱棲する空間、仙人居住の仙境、理想的な社會としての樂園という形で現れていた。隱棲する空間は山中の秘境に亂世から逃れた人々が建設したという理想的な隱れ里として描かれている。仙人居住の仙境も同樣に、山の神秘的な景觀を背景に仙人が悠々と遊ぶ聖域として描寫されている。理想社會としての樂園は隱棲の空間と聖域とのイメ一ジを持ちながら、現實の生活に立脚したよりよい社會的條件で構築された小規模の田園社會として表されている。そこでは親族共同體で深い絆を有し、一部越中の五箇荘の商品經濟を除いて自給自足で農業を經營し、稅金搾取と戰爭の苦痛をも排除し、平和で平等の理想的な生活が營まれている。このように兩國の說話文學にはほぼ同じような形の理想鄕が想像され、記されているが、こうした共通する樣相をみせる直接的な要因としては中國の理想鄕文學と神仙思想、そして韓日共に社會的動亂が影響した文化的な背景があったと思われる。また、朝鮮後期及び江戶時代に表出しつつあった社會的矛盾に對する不滿の高まり、よりよい社會への渴望が一層理想鄕を産む結果につながったと考えられる。
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