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일어일문학연구검색

Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 111권 0호 (2019)

단어사용에 나타난 어법기술의 방법 -「ル一ル」「규칙(規則)」를 예로 -

강경완 ( Kang Kyung-wan )
5,800
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本稿では、類義語「ルール」「規則」を例に、単語使用に現れた語法を詳細に記述する方法について検討した。使用度と使用領域、構文的環境と連語の意味的特徴に注目し、「ルール」「規則」の区分基準を具体的に抽出した。 (1)「ルール」と「規則」の使用頻度はほぼ同じであった。従って、語彙指導における単語導入の優先順位や基本語彙の選定における頻度的な優劣をつけることは難しい。 (2)「ルール」が主に会話体のウェブテキストで使われるのに対して、「規則」は啓蒙的、説得的な広報紙での使用が目立つ。 (3)典型的な構文パターン「ルールを~」「規則を~」における動詞の意味的傾向から、「ルール」は日常的な決定、習得、実践、説明の対象であるのに対して、「規則」は公的·法的な公布、施行、改定、廃止などの対象であることが分かった。 コーパスは、語彙の総体的でマクロな観察のみならず、個別単語のミクロな分析にも有用である。本稿ではコーパスを通して単語に存在する固有の語法を正確に観察し、体系的に記述することによって類義語の明確な区分法を取り出せる可能性を確認した。
6,200
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일본어 어휘는 크게 고유어, 한자어, 외래어의 세가지의 어종으로 나눌 수 있다. 외국인을 대상으로 한 일본어교육뿐만 아니라 일본내의 학교교육에서도 어휘교육은 표기문제가 중심으로 이루어지고 있는데, 이 차이는 흔히 말의 뉘앙스의 차이라고 할 수 있다.본고에서는‘행복'을 나타내는 일본어 고유어인 '幸せ',한자어인 ‘幸福',외래어인 ‘ハッピ一'의 세 가지의 어휘를 중심으로 고찰하였다.세가지 모두‘な형용사’의 형태이다. 조사방법은 국립국어연구원 "Web 데이터 기반 형용사 용법 데이터베이스"를 사용하여 각각의 な형용사가 수식하는 피수식어(명사)를 수집한 다음,국립국어연구원의“분류 어휘표”에 따라 분류하였다.그 결과 일본어 고유어인 ‘幸せな'가 사용용법에 있어 가장 자유로운 점에서 프로토타입으로 설정한 다음,중립적인 의미를 가지는 어휘로 간주한 다음,한자어 ‘幸福な'와 외래어‘ハッピ一な'의 차이를 분석하였다. 또한, 본고에서는 피수식어를 분류한 명사를 계량적으로 살펴본 결과,한자어 ‘幸福な'는 ‘말명사' 와‘마음 명사'를 수식하는 경우가 많지는 않으나, 그러한 경우는 항상적인 의미를 나타내는 문장에서 쓰이는 반면, 외래어‘ハッピ一な'는 일시적인 의미를 나타내는 문장에서 쓰이고 있음을 알 수 있었다.

일본어교과서를 통해 본「ちょっと」의 커뮤니케이션 기능 - 자연대화와의 비교를 통하여 -

정상미 ( Chung Sang-mi ) , 이은미 ( Lee Eun-mi )
6,000
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「ちょっと」は韓国語の「조금, 좀, 약간」などに対応できる言葉であるが、実際の談話で「ちょっと」が果たす機能は多様である。本稿では、「ちょっと」の機能を大きく語調緩和(断り、依頼‧指示、ネガティブ的な内容の伝達)、注意喚起、非難、フィーラの4つの機能に分けた上で、社会人同士の初対面および大学生同士の会話の録音資料と日本語教科書を分析資料とし、そこに用いられた「ちょっと」の機能を分析した。 考察の結果、初級教科書では、依頼·指示(36.6%)>ネガティブ的な内容の伝達(33.3%)>断り(16.1%)>その他(11.8%)>フィーラ(2.2%)の順に用いられ、中級教科書では、依頼・指示(45.8%)>断り(22.9%)>ネガティブ的な内容の伝達(20.8%)>注意喚起(6.3%)>非難/その他(각 2.1%)の順に用いられていることが分かった。これは、「語調緩和」の機能がもっとも多かった自然会話の分析結果と合致するものとなる。 ただ、学習の容易度という観点からは明確な文脈提示とそれぞれの機能の類型化を伴った「断り→依頼・指示→ネガティブ的な内容の伝達」の順に取り上げるのが機能の習得には効果的ではないかと考えられる。 ある表現の習得とは、語彙レベルの単純な意味対応にとどまらず、学習者自らその表現が持つ多様な機能を理解し、それに適した文脈で運用可能になるのが日本語教育が目指す本当の意味の習得ではないかと思われる。今後も本稿の分析方法に基づき、日本語学習者の談話運用能力の向上を目指した、より効果的な日本語表現の機能分類及び教育現場における指導方法について考察していきたい。

<발화>의 가타카나 표기가 나타내는 캐릭터성에 대하여

이재석 ( Lee Jae-seok )
5,900
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기존 연구에 따르면, 가타카나 표기는 작품 등의 가상세계의 <외국인 캐릭터>를 비롯한 <규범에서 벗어난 캐릭터>를 나타내는 요소로써 활용된다고 하였지만, 문법 레벨과 문장 레벨, 어휘 레벨이 뒤섞여 제대로 된 전체상을 제시하지 못하였다. 본고에서는 전후 이후의 만화, 소설, 게임 등의 매체에 나타나는 인물들의 발화가 가타카나로 표기되는, <문장 레벨>에 한정한 용례를 수집하여 어떠한 캐릭터 요소를 나타내는지를 살펴보았다. 그 결과 <외국인 캐릭터>나 <인외(人外) 캐릭터>를 나타내는데 가타카나 표기가 효과적으로 사용되었지만, 이들을 나타내는 문법적 방식이 존재하였으므로, 가타카나는 또 다른 레벨의 캐릭터를 나타낼 가능성이 있다는 가설을 세웠다. 그 결과, <문장 레벨>에 준하지 않는 발화 내부의 불규칙적인 가타카나 표기가 나타나는 용례가 다수 발견되었고, 이것은 <비정상적인 캐릭터의 상태>를 효과적으로 나타내고 있었다. 이를 토대로 본고에서는, 발화의 가타카나 표기가 <외국인 캐릭터>나 <인외 캐릭터>를 포괄하는 상위 레벨에서의, <작품 내의 규범에 준하지 않는 상태>를 나타내는 역할을 하고 있다고 결론지었다. 본고는 <문장 레벨>을 중심으로 바라보았기에, 추후 <어휘 레벨>을 포함한 거시적 관점, 또 전전(戰前)의 자료를 포함한 통시적 관점을 통해 전체상을 파악해야한다고 생각하지만, 이 사안에 관해서는 추후 연구과제로 한다.

『교린수지(交隣須知)』에 나타나는 ソウニゴザル에 대하여

최창완 ( Choi Chang-wan )
5,800
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本論文は、1881年本『交隣須知』に表われるソウニゴザルについて調べた後、ソウニゴザルが京都大學所藏本には、どのような形態で表われていたかについて考察してみた。 1881年本『交隣須知』には、ソウニゴザルとサウニゴザルのように表記れ、これに対応する韓国語は、시프다系として、시프외다、시프외、시프오が、보다系として、보외、보□、보외다が、허다系として、허외다、허외、허오が、その他に이올셰、외다로が表われ、韓国語にもすべて敬語的要素が含まれている。 このようなソウニゴザルは、京都大學所藏本では、ソウニゴザル、ニゴザル、uゴザル、テゴザル、コサリマスル、コサリマス、ヨウニゴザル、マス、マスルから変化し敬語的要素をもっていない場合や、日本語訳がない場合、そして、新しく例文ができた場合からも変化している。 1881年本に表われるソウニゴザルに対応する京都大學所藏本の用例の韓國語は、시브외、시브더니、□외、□시□□니、□온지、□□、□도□、□□、□외、□오니、드□다、견될쇠が表われ、例文に敬語的要素をもっていない2例(드□다、견될쇠)と文中に表われる1例(시브더니)を除いてすべて敬語的要素が含まれている。 今回の研究では、ソウニゴザルについて、1881年本『交隣須知』を基準にして、京都大學所藏本からへの変化を中心に調べてみたが、京都大學所藏本を中心とした研究も必要であるが、これについての研究は次回の研究課題にしたい。

일본어 감정표현 ‘놀람’에 관한 연구

송연희 ( 宋蓮姬 )
한국일어일문학회|일어일문학연구  111권 0호, 2019 pp. 101-115 ( 총 15 pages)
5,500
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本研究では、感情形容詞「uresii」が使用された文の構造様相を中心にその特徴を考察し、使用の様相を調べてみようとし、研究の結果を示せば次のようになる。 名詞と共起する場合は、喜びの原因に該当する単語を感情形容詞付けて使う場合もあるが、形式名詞とともに使われる場合が多いことが分かる。 動詞と共起する場合は、"omou"の使用比率が最も高く、その"aru"の用例の場合は、肯定文より不正文を使う場合がより多いことが分かる。 形容詞と共起する場合は、感情形容詞を繰り返し使用し、感情をさらに強調しようとする傾向があることが分かり、形容詞基本型は「sugoi」が最も多く使われており、形容詞連用型は「sugoku」が最も多く使われており、会話体などでも多く使われていることが分かる。 副詞と共起する場合は、感情形容詞はその感情を強調するために副詞と一緒に使う場合が多いことが分かる。 用例の大部分は喜びを強調しようとする表現に使われた副詞だが、不正文に使う用例も現れることが分かる。

섀도잉 연습법의 효과와 지도에 관한 고찰

최진희 ( Choi Jin-hui )
한국일어일문학회|일어일문학연구  111권 0호, 2019 pp. 117-136 ( 총 20 pages)
6,000
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本研究では日本語教育におけるシャドーイング練習法に関する研究の動向と、シャドーイング練習法に対する学生の評価を分析した。 日本国内のシャドーイング研究74件のタイトルを対象にテキストまイニング分析を行った。音声分野の発音と言語学分野の記憶容量と意味処理においてシャドーイングの効果を検証した研究が多かった。また、レベルにおいても初級、中級、上級を対象に行われていたことがわかった。 日本国内では文部科学プロジェクトをみると、シャドーイング練習法の効果を検証するための実践研究及びシャドーイングと他の練習法との比較検証が行われている。また、日本語教室における導入のみならず、海外の日本語学習者を対象に入れ、調査を行っている。最近はシャドーイング教材の開発とシャドーイングに対する自動評価システム構築の段階に至っていると把握された。 一方、韓国内の日本語教育におけるシャドーイングの実践研究は9件のみであった。韓国の日本語教育現場に適したシャドーイング実践研究が行われる必要がある。シャドーイングの効果と難しさについて調査した結果、韓国日本語学習者はシャドーイングに対して肯定的に評価しており、日本語学習に役立つ、新しい練習法として認識しているようである。日本語の指導においてシャドーイングを積極的に取り入れていったほうが望ましいと考えられる。

주석학적 관점에서 본 가히야(かひや) 논쟁

구정호 ( Ku Jeong-ho )
한국일어일문학회|일어일문학연구  111권 0호, 2019 pp. 137-155 ( 총 19 pages)
5,900
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本稿は六百番歌合当時、「かひや」という歌ことばの意味解釈をめぐる一連の論争を万葉研究の注釈学的方法から考察を試みたものである。「かひや」をめぐる論争は藤原俊成を軸とする「御子左家」と藤原清輔死後、顕昭を中心とする「六条藤家」との学問的衝突の一面を見せる。本稿は「かひや」に関する一連の論争を中世万葉研究という観点に基き、当時の歌論・歌学書などの著述に施された方法論と近来の万葉注釈学的方法論との隔たりを検討した。

『니혼료이키日本靈異記』에 나타난 이상출생담에 관하여 - 하권31화를 중심으로 -

홍성목 ( Hong Seong-mok )
한국일어일문학회|일어일문학연구  111권 0호, 2019 pp. 157-174 ( 총 18 pages)
5,800
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本稿は『日本霊異記』下巻31話に伝わる異常出生譚に注目し、『古事記』『日本書紀』『風土記』などの上代の諸文献との比較・分析を通じて下巻31話の独自性と意味を考察したものである。 『日本霊異記』には下巻31話以外にも上巻3話、下巻19話に異常出生譚の話型を確認することができるが、下巻31話とは違ってすべての主人公たちが仏教に帰依したと記されており、神話の中の異常出生譚が内包している「神の御子」とその母親のもつ神聖性を見出せない。更に『日本霊異記』には神と巫女との神婚を窺わせる話に必ず仏教絡みのエピソードが挿入されていて、仏教思想の浸透による神話世界との断絶と、神の御子を産むべき巫女の変質が確認できる。 また下巻31話では、「石」を自分の息子だと神託を下した伊奈婆の神は垂仁天皇の皇子で、石に関する描写も天皇家の祖先神のアマテラスを迎える儀礼と類似しているため、この説話は本来天皇家に纏わる伝承と推測できる。そして女が石を産んだということは卵生説話の一種と見なすことができるが、日本在来の卵生説話はあまり存在してない点と、石から生れた女を追って日本に渡ってきたと記紀に伝わるアメノヒボコとツヌガアラシトの伝承が垂仁天皇条に現われている点から考えてみると、恐らく韓半島から渡っていった卵生説話が美濃地方で垂仁天皇の皇子の伝承と融合したものが『日本霊異記』下巻31話の原型であろう。だからこそ景戒は『日本霊異記』の編纂過程で、下巻31話が天皇家と関係の深い伝承であったため、仏教的色彩を入れずに本来の伝承そのまま、日本の奇異な伝承譚の一つとして記録したものと思われる。
5,900
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小川洋子の代表作になった『博士の愛した数式』にはたくさんの暗号がちりばめられている。まず、交通事故以来80分しか記憶がない主人公<博士>がいる。過去の記憶は残っているけれど、記憶の積み重ねができないという限定された意識の中に生きなければならない人物である。<博士>は相手のことが覚えられず、家政婦として雇われた<私>のことも毎日、初対面の人物としか考えられないのである。しかし、<博士>にはもっとも絶対的で美しい数学という自分を表すための手段を持っていて、数学を通して<私>と接していくのである。博士の限られた記憶は、あらゆる面で限界のある人間の姿をイメージしているのかも知れない。<博士>の許可でその家に出入することになった<私>の息子に<ルート>と名前を付けたのは頭の形が似ているだけではなく、数学記号のルートと同じ意味で<どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号>のようになってほしい<博士>のルートに対する希望がコード化されていると見ていいと思う。<博士>の時計番号と<私>の靴サイズで<友愛数>を見出したのも、記憶の不確かな中で<私>に対する感謝や親愛の気持を表現する暗号やその解読の結果なのである。<私>を<博士>のところに雇った、となりに住む兄嫁の<未亡人>のルートをめぐる誤解で、<私>と<未亡人>はぶつかり合うことになる。が、<博士>がテーブルの上に残した数式のメモにより、二人は言い争いを止める。<博士>が<神の手帳>の中で覗き見た完全で美しい数字の配列や数式を尊重し、理解できるからである。平穏やお互いの尊重を望む<博士>の願望が皆に受け入れられたのである。
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