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Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 46권 1호 (2003)
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어학,교육 : 우삼방주의 한국어교육론

매전박지 ( Mae Jeon Bag Ji )
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Hoshu Amenomori is known as a pioneer of Korean language education. He served Lord Soh of the Tsushima Clan and dedicated his life to Korean education. The preface and the explanatory notes of Zenichi Doujin(1729) let us know how Hoshu Amenoori thought about foreign language teaching. The preface show that he made the study book with a step by step approach. It begins with an introduction of Korean script and pronunciation, and contains the readings of words and phrases. He created a study book for students to learn about Korean spiritual culture, as well as a textbook designed to teach daily conversation. Zenichi Doujin was compiled as the third step of educational material and only this remains today. In the explanatory notes of this book, we can find a clear explanation about Hoshu Amenomori`s ideas on language teaching. He points out that there are a lot of disagreements between the phonograrn and pronunciation in Korea, He thus elaborated on ways to teach them. He draws attention to the problems inphonetic teaching such as the difference between plain sound, aspirated sound and foreed sound by picking out some adequate example sentence containing homoyms that are added intentionally. Moreover, he explains the necessity of careful learning by giving examples of the dialectical difference the Japanese accent. He insists that even Japanese pronunciation is not easy to distinguish, and that the recognize. He emphasizes the importance of teaching by a native speaker. He also discusses the importance of early education in Korea, and that people should learn the language of Seoul by people native to Seoul. According to the standpoint of both present theory and the ongoing edcuation of the Korean language to the Japanese people, the language teaching theory by Hoshu Amenomori is not outdated. It is worthy of remark that Hoshu Amenomori had presented such a theory on foreign language teaching in the seventeenth century.

어학,교육 : 천초판 평가물어의 촉음표기에 대해서 - 한어를 중심으로 -

황광길 ( Hwang Gwang Gil )
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天草版平家物語に現れる促音表記について調べてみると, 大抵は現代語と類似しているものの, 細かいところにおいては異なる点も散見している. 天草平家の漢語を中心として現代語との類似點と相違點を調べてみると次のようである. 類似點 : ⓐ 促音の出現は, 第1漢字の音節末の子音が入聲的な音である場合に限定される. ⓑ 第1漢字の音節末の子音が入聲的な音である場合, 第2漢字の頭子音が無聲的な音又は「k」子音であれば促音が現れる. (但し, 「-p」音節末子音の場合は部分的に促音が出現する) 相違點 : ⓐ 平家では, 第1漢字の音節末の子音が「t」の場合, 第2漢字の頭子音が無聲的な音でなくても促音が出現する. また, 音節末子音「t」は語末においても促音として現れる. ⓑ 促音的な音の表記が環境によってこつの表記に現れる. 卽ち, 無聲音の前では後續音の影響をうける同化形として, そして, 有聲音や語末においては「t」音として現れている. 天草平家でも現代語と同じように, 音聲環境による期待どおりにならない所謂反例が現れているが, この反例が現れている理由を明らかにすることは, 單に促音の出現に關わる問題ではなく, 促音の단っている機能を究明するためにも大變重要であると言える. 天草平家の反例についてみると, 特定のグル-ブや特定の音聲條件の下で現れる集團的な反例と, また, 特定の語彙に現れる個別的な反例とがある. まず集團的な反例については, 特定の音節「セ」に後續する場合, たとえば「石, 赤, 析」などに「石火xeqiqua, 赤褐色 せきかっしょく, 析肝 せきかん」のように, 非促音形が現れうる場合や, 漢數詞の中では, 一般語と違って多くの反例が現れていることなどを擧げることができる. 前者についてはおそらく先行音節の影響として, また後者については數詞の促音化の單純化という原理を以て說明できるものと思われる. 次に個別的な反例については, 數詞のなかで「七」の場合は特に促音出現の規則とほとんど無關係に「しち」と現れていることや, 「-t」音節末子音のいくつかの反例が擧げられる. たとえば「日」等は促音出現の規則と關係なくその意味や用法によって促音形「jit」, 非促音形「nichi」が現れているように見える. 以上述べた以外にも「二次結合」や「異語種間の結合」のような原理が??いて規則どおりにならない反例が現れているものと思われる. これからは, 促音出現の反例を以て, 促音の果たしている機能を究明することを今後の課題とする.

어학,교육 : 기독교 자료에서의 『대절』에 관하여

이영숙 ( Lee Yeong Sug )
한국일어일문학회|일어일문학연구  46권 1호, 2003 pp. 89-103 ( 총 15 pages)
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鎌倉·室町時代の語彙を考察するにあたって, その時代の言語を知る上で特別に重要なことはキリシタン關係の資料である. キリシタン資料は十六世紀後半から十七世紀前半にかけて來日したカトリック宣敎師たちがキリスト敎の布敎のため, 日本語をロ-マ字で記した文獻があり, それらは當時の日本語を知る上の貴重な資料である. このように中世から近世の轉換期に生まれたキリシタン文學は, キリスト敎の佛道を目的として書かれたものであり, 從ってその主題や素材はキリスト敎的な色彩を帶びている. 日本語の史的硏究の躍進を促した三大原動力ともいえるので, 本稿ではキリシタン語彙の中で具體的な用語例-キリシタンの敎えにとって重要であるものであって, 愛の思想の大きな價値を具えている「大切」を通して, その意味と特質を考察した. つまり, 中世では「大切」をどのような意味に用いたか, 中世のキリシタン宗敎書と日本文學書と比べた場合の差異はなにか, そして, この語の類義語はどうか, などについて考察した. 分析結果, 目につくことは, キリスト敎か愛の宗敎であるが, キリシタンは愛という語は回避した. 16世紀後半, 日本に內航した宣敎者たちはアガペ-とエロスを峻別するためにamorという語を「愛」という粉らわしい語に對置させることをさけ「大切」あるいは「御大切」と「戀」とに使い分けた. 意味用法そして語彙の變化においては, 「大切」という語の同義語に「大事」という語が別に存し, 大事にすると言い, 大切にするともいって, 物事の重要さ, 尊重さをあらわすのに使っている. 動的に物事の切迫と靜的に物事の切要とは意味相通ずるけれども, 大切は切要重要の意より尊重の意に發達してきた. 他の文獻との比較を通して, 大切と大事を比較檢討して見ると, 大切の用例は「ぎやどべかどる」と「こんてむつすむん地」に多く見られ, 「イソボ物語」「平家物語」「狂言」の順にあらわられる. 內容的にはキリシタン宗敎서の例がおおく, 次にキリシタン文學書, 日本文學書の順にあらわれる. その類語の大事の用例は, 日本文學書, キリシタン文學書, キリシタン宗敎書の順にあらわれる. これは要するに「大切」という語が切迫緊急という意や, 緊要重要という意があったところからして, その重要の義より尊重, 愛重の義に移り, それが當時のキリシタンによって神の愛, 靈的愛, 神聖なる愛という內容を持たせられたこと, すなわち, 宗敎的で特殊な意味用法は日本國語史上注目すべきことだと思われ, それは語義變化の一例として見逃してはならないと考える.

어학,교육 : 일,한문법론에서의 『형식어』 소고

김두문 ( Kim Du Mun )
한국일어일문학회|일어일문학연구  46권 1호, 2003 pp. 105-122 ( 총 18 pages)
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本論文は, 日·韓文法論における形式語とは如何なる語であるかという主題の下に, 形式語 (形式名詞) の意義, 形式語觀, ならびに形式語の位置づけの比較檢討を試みた. その結果, 次のような結論を得た. 1. 用語の異なり~日本文法では全般的に「形式語」という用語を取り上げているが, 韓國文法では「虛辭」, 「依存名詞」としてとらえている. 2. 形式語の意義~森岡健二は「自立した語を必要とするにも關わらず, 辭的機能を帶びて派生辭や屈折辭のような結合形式としての機能を持つ, そして他と合して一語相當の成分を構成する形態素」とした. また, 高永根は「獨立的な意味を待たず, 文法的機能だけを持つ準自立性形式である.」とした. 3. 形式語觀~森岡健二は「三鐘の形態素(語基·派生辭·屈折辭)の機能を持つ形態素の一群を形式語」とした. 高永根は依存名詞とは, 依存を含むべきこと, 統合關係に制約がること, 冠形詞形に付くべきこと, 助詞を取得するべきことの四つの用件を取り上げている. 4. 形式語の位置づけ~日本品詞分類の基準は「詞」と「辭」との關係であるとされる. 韓國品詞分類の基準は, 「吐(助詞)」と「語尾」を獨立品詞として認めるか, 認めないかに歸結される問題である. 松下文法における品詞論では, 「實辭に助詞の付いたものを一詞と見なして文法範疇を適用させたのである.」が, 金敏洙文法 (總合學說) においでも, 實辭に虛辭のつた語形を-つの單語と認める点が共通点とれる.

어학,교육 : 일본어 수동문에 있어서 동작주체 조사의 교환 가능성에 대한 검토

유민아 ( Yu Min A )
한국일어일문학회|일어일문학연구  46권 1호, 2003 pp. 123-141 ( 총 19 pages)
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本稿では, 受動文の動作體のとる助詞の交換が可能か不可能について, 先行硏究をふまえながら, 助詞「に」 「から」 「によって」のもつ本來の意味に注目し, この問題の解決をこころみた. さらに助詞とともにもちいられる動詞の性質また主語と對象語の性質 (特徵) についても考察してみた. 本稿を通じて明らかになった点は, 以下のようである. 1) 「動作主體·相手·起点」を表す「に」格と「から」格は, 同樣の性格であり, 交換が可能であると考えられるが, 心理的동きかけを表す動詞を用いた場合は, 同樣の動詞であっても「から」格の方は意味のずれ (比喩的な轉移) がみられる. 2) 「原因」を表す「に」格と「によって」格の中で, 主語が無情物の場合はお互い, 關係が離れていると考えられ, 「によって」が用いられる. 3) 「動作主體」を表す「に」格と「によって」格は, 「に」格が用いられる場合は對象に變化を起こす動詞が多い. 4) 「自然現象」「道具·材料」を表す受動文は動詞の表す동きかけが對象語と主語とが接觸しながら行われるため, 「に」格が用いられたと思われる. それ以外にも, この「自然現象」には「原因」の性質もみられる.
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本稿は, 日·韓兩言語における推量表現の複雜な構造を, 代表的推量表現形式の對應關係を分析し, 體系的に捉えることを目標とする. 考察の結果をまとめると, 次のようになる. 1) 推量表現形式は, 無準據推量形と準據推量形, 準據推量形はさらに外在準據推量形と內在準據推量形に類型化される. 2) 日本語の「ダロウ」は無準據推量形, 「ヨウダ」「ライ」と「(シソウダ」は準據推量形と認められる. 一方, 韓國語の「ㄹ 것이다」「듯하다」「것 같다」「모양이다」「가 보다」などの形式がこれらの日本語の形式に對應するが, 「ㄹ 것이다」は無準據推量形, 「듯하다」が內在準據推量形, 「모양이다」「가 보다」が外在準據推量形, 「것 같다」が中立準據推量形に位置づけられる. 3) 二つのタイプの準據推量形の形式を持つ日本語に對して, 韓國語は三つのタイプの準據推量形の形式を持ち, 兩言語における形式の分擔する範??の違いが, 兩言語の推量表現の對應關係を明確に把握することを阻んでいるように思われる. 4) 話し手が準據推量形, あるいは無準據推量形のどちらを使うか, また外在準據推量形, あるいは內在準據推量形のどちを便うかは選擇的で, 一部の場面(絶對に外在準據推量形, または內在準據推量形を使わなければならない場合)を除き, 多くの場面で兩者の使用(置き換え)が許容される. 5) 兩言語の對譯資料から集めた用例の對應關係は, 一致對應·交差對應·無對應といえる三つのタイプに分けられる. 交差對應のため, 兩言語の對應關係の規則性を-槪には言えない. また, 無對應とは, 推量形式をとる日本語と斷定的言い方をする韓國語の間に成立する關係で, ??曲的な言い回しが好まれる日本語の特徵をよく反映していると言えよう.

어학,교육 : 비대격 자동사 사역구문의 일한대조

천호재 ( Cheon Ho Jae )
한국일어일문학회|일어일문학연구  46권 1호, 2003 pp. 163-186 ( 총 24 pages)
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本稿では次の3点を主張している. 第1点は, 千??載(1998b)で提案された「自發構文形成規則」は千??載(2002a, b)での硏究と同樣に妥當な規則であることを檢증したことであるる. 第2点は, 「自發構文形成規則」が組み??まれた非對格自動詞使役構文は間接使役の意味を記述することから, 「自發構文形成規則」が非對格自動詞使役構文の統語構造および意味構造を支配していることを檢증したこと, 第3点は, 日本語の非對格自動詞使役構文は隨意的に自發構文形成規則を適用されるが, 韓國語の非對格自動詞使役構文はその規則を義務的に適用されることから, 韓國語と日本語の使役構文の違いが生ずる理由を說明したことである.
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