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일어일문학연구검색

Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 48권 1호 (2004)
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"end focus"とは、ソウル方言話者の日本語の發話中に現れる特徵的なイントネ-ションのことである。本硏究では、このソウル方言話者の"end focus"に對する日本語母語話者の評價を、自然談話を材料に調べた。 その調査の方法として、まず、被驗者は日本語母語話者15名を對象とした。この被驗者15名は全員過去日本國內や海外で日本語を敎えた經驗のある且つ、現在外國人に「日本語を敎えている者である。被驗者の平均年齡は23歲で、日本語を敎えた經驗は平均3年である。 次に、調査の材料は、ソウル方言話者女性1名の60分間の自然談話の中で最初の10分間の「自己紹介」の部分を拔粹したものである。評價用紙は、「自由記述」、「アンケ-ト」「內省報告」の三つである。手續きは、一人ずつ防音室で調査を行った。 その結果、まず、自由記述とアンケ-トの發音の部分的な評價の7項目 (單音、特殊拍、アクセント、プロミネンス、ポ-ズ、"end focus"、イントネ-ション) の評價の結果、この音聲的要因の7項目の中で、"end focus"が最も直す必要がある項目として評價された。 また、フォロ-アップインタビュ-の結果でも、"end focus"は聞き手に對して、感情的に不快な印象を與えてしまうという意見が多かったため、最も直すべき項目であると評價された 。 次に"end focus"に對する質的評價の內容をまとめると「音聲面」、「文法面」「感情面」、「場面差」、「方言·なまり」の五つに分けることが出來た。また、この中で"end focus"は、感情面のマイナス的效果があるという指摘が多かったため、最も直すべき項目であると評價された。 以上の結果から、ソウル方言話者の日本語發音の不自然な音聲的要因の中で、"end focus"が、その日本語發音の不自然さに大きく影響する要因の一つであるといえる。また、ソウル方言話者の日本語音聲敎育において、感情的誤解を招く句末イントネ-ションである"end focus"の矯正指導の必要性が示唆された。

일본어학,일본어교육 : 그리스도 판국자본의 탁음표기에 대하여

정현혁 ( Jeong Hyeon Hyeog )
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本稿は、慶長期ごろに作られた文語體の漢子平假名交じり文であるキリシタン版國字本の濁音表記が、なぜ忠實になされていたかを、おもに前基國字本『どちりいなきりしたん』(バチカン本)、『ばうちずもの授けやぅ』を用いて考えたものである。 まず、『どちりいなきりしたん』(バチカン本)、『ばうちずもの授けやぅ』の濁音表記が、どれほど忠實に施されていたかを、出雲朝子 (1976.3,1976.12) が調査した國會圖書館藏『玉塵抄』の調査と比較した。その結果、キリシタン版國字本の兩文獻は『玉塵抄』より高い率であることと、本語 (キリシタン版國語書中た用いられた外國語) の濁音表記が存在することが特徵的であった。なお、その率にかたよりがあるのではないかと思い、語種別·位置別濁音表記率、濁音表記語の同一丁內の處理、濁音表記との混同を防ぐための濁音表記の面で調査を行った。その結果、兩文獻の濁音表記はかたよりがなく、網羅的に表記されていたことが分かった。 このような狀況の中で、本語の濁音表記に與えた影響、濁音表記することの意味、キリシタン版國字本使用者を念頭に人れた作成者の濁音表記への認識の面でキリシタン版國字本の忠實な濁音表記の理由を考えた。 キリシタン版國字本が作成された時期は、濁点を右肩に二つ打つ認識をもっていたが、すべての文獻に行われたのではなく、必要に應じてあらわれたようである。それがキリシタン版國字本において、宗敎書や辭書には濁音表記がみられ、文學書には濁音表記が殆ど見られない形であらわれた。その理由を考えてみると、前者がその內容を讀み手に正確に理解させるところに重点が置かれたが、後者は日本人バテレンが日本の古典的敎養を學ぶところに重点がおかれていたからだと判斷した。淸音表記をして濁音をあらわすこともできた時期に、濁音表記を忠實にすると、作成者の意圖曲した語を限定させるようになって、讀み手にその內容を正確に傳えることができたと思われる。さらに、當時の和字文と異なり和語·漢語以外の本語が、キリシタン版國字本に存在したことが、作成者に讀みに注意を拂う原因を與えたと考えられる。 要するに、淸濁表記の區別を明確にしていたキリシタン版國字本の作成者は、本語も平假名で表記されていたキリシタン版國字本を、讀み手の負擔を輕減させ、自分達の意圖する內容が間違いなく傳えられるように工夫した結果、忠實に濁音表記をするようになったということである。
6,300
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待遇表現において話し手と聞き手との關係だけ考えればよい聞き手に對する待遇表現とは異なり、話し手が自分·聞き手·第三者との關係を考えなければならない第三者に對する待遇表現は關與している要因が複雜てある。第三者が話し手側の人物ぞあるか聞き手側の人物ぞあるか聞き手側の人物ぞあるかを始め、性別·上下·親疎など考慮すべき要因が多い。 小論はこのよっに複雜な要因が絡み合っている現代日本語の第三者に對する待遇表現が實際の言語生活の中でどう使われているかその實際の使用樣相を夫婦關係での他稱詞を中心に考察してみた。 具體的には第三者への待遇表現はどう使われており、それらに關與している要因にはどういうものがあるか、また待遇表現に關與しているいろいろな條件の中夭さの度合いはどうであるかを、テレビドラマの臺本やシナリオ145編を資料として分析してみた。 小論での考察の結果をまとめると、以下のようになる。 1. 第三者か話し手側でもあり聞き手側の人物でもある場合、すなわち夫·妻を家族內部の人物に言及する場合は、聞き手と第三者が血族關係か義理關係かにより他稱詞が違ってくるのが目立った。 さらに血族關係ぞは話し手の年齡も關與しており、義理關係では、話し手と第三者が義理關係であるか、聞き手と第三者が義理關係であるかによって他稱詞に違いが見られた。なお、血族關係より義理關係、女性よりは男性の方が使用している他稱詞の種類が多かった。特に血族關係では父稱や母稱が夫婦關係でも使われる親族名稱の虛構的用法が壓倒的に多く使われているのに對して、姻族關係では固有名の方が多く使われている。 2. 第三者が話し手側の人物である場合、すなわち夫·妻を家族外部の人物に言及する場合は、話し手の年齡や親疎關係が大きく關與している傾向があった。 普通、夫·妻を他人に言及する場合に一般に使われると言われる「主人」や「家內」は格式張って言う場合、それも話し手の年齡が高くなるほど多く使われている傾向があった。特に男性の場合は女性より使用率は低かったが、その代り多樣な他稱詞を場面により使い分けている。 3. 第三者が聞き手側の人物である場合、すなわち聞き手側の夫·妻を言及する場合は、話し手の性別や親疎關係によって使われている他稱詞に差があるのが觀察された。 普通、他人の夫·妻を言及する場合に一般であると言われる「ご主人」と「奧さん」が使用率においては一番高かったが、他にも實に多樣な他稱詞がそれぞれ場面によって使い分けられていた。特に男性の方が女性より多樣な他稱詞を使っていた。 4. テレビドラマの臺本やシナリオ145編を資料として調査した小論の結果から端的には言えないが現代日本語においては夫婦關係で「敬語表現」はあまり使われていない傾向が窺われた。 小論での結果は資料となったテレビドラマの臺本やシナリオの中であり、これが現代日本語においての夫婦關係での他稱詞と「敬語表現」の全體的な樣相であるとは言えない。一つの資料として參考されることを願う次第である。

일본어학,일본어교육 : 〈재구성〉의 반문 의문문에 관하여

정상철 ( Jeong Sang Cheol )
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本論文では先行硏究を批判的に繼承しながら、從來論じられてこなかった日本語の周邊的な疑問文の一種である問い返し疑問文を對象とし、まずは日本語の問い返し疑問文が大きく「くり返しの程度性」という觀点から次の二種二類に分類されるべきことを提案した。 1. 直接言述の問い返し疑問文 2. 間接言述の問い返し疑問文 1) 再引用の間い返し疑問文 2) 再構成の間い返し疑問文 さらに、この中でも特に本稿では再構成の問い返し疑問文に焦点を當てて、同じくくり返しの程度、または意味·統語的な觀点から次のような下位タイプが認められることを論じた。 A. 語彙的部分の再構成 A1. 槪念把握 A2. 類義語への置換 A3. 推論 B. 統語的部分の置換 B1. 文構造の再編成 B2. 文タイプの置換 なお、各下位タイプ別に見られる諸特徵についても指摘したが、一貫して<再構成>の問い返し疑問文の一般的な傾向として見られるのは要点だけを殘して「簡略化」した形で繰り返される点であることを指摘した。

일본어학,일본어교육 : 현대일본어에 있어서 「はずだ」의 의미

김양선 ( Kim Yang Seon )
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本稿は、從來の硏究での「はずだ」についての問題点を指摘し、その解決方案を模索しつつ、「はずだ」の總合的でかっ體系的な意味分析や、書き言葉と話し言葉でのそれぞれの特徵を探ることを目的とした。さらに、他の類似表現との比較の際、客觀的な基準として役立つことも目指していた。そのため、第一に、「はずだ」の用例分析と日本語母語話者へのインタビュ-調査の2つを採擇した。第二に、「はずだ」の用例を書き言葉と話し言葉とに二分した。第三に、話者が持っている發話內容についての「話者の確言の强弱」「發話內容の必然性內在の有無」「發話內容についての根據の有無」による「可能性の程度」を基準に4つのグル-プ-①「可能性0%」②「可能性低」③「可能性高」④「可能性100%」-に分けてそれぞれの意味を分析することを試みた。その結果を<表>にまとめた。 ◁표 삽입▷(원문을 참조하세요) このような結果により、「はずだ」の特性は、發話內容についての話者の「確信」は常に「高」であり、發話內容の成立における「必然性」も常に「高」である一万、「客觀的根據」は必ずしも「有」ではない、と定義できる。先行硏究の散發的な「はずだ」の多樣な意味を體系的にまとめることもできたし、書き言葉と話し言葉での「はずた」の相違も把握することができた。さらに、他の類似表現との比較の際、客觀的な基準として役立つと思ぅ。

일본어학,일본어교육 : 접미어 「-성」의 성립과 현상 -특히, 그 상접요소에 주목하여-

박선옥 ( Park Seon Og )
한국일어일문학회|일어일문학연구  48권 1호, 2004 pp. 101-119 ( 총 19 pages)
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本論文は造語力の强い接尾語「-性」について、『日本國語大辭典』第一版と第二版の見出し語から語例をとりあげ、それらがいっ多く造語され、またどのような特徵を持っているのかについて調査·考察したものである。そして、現代日本語に實際用いられている接尾語「-性」はどのようなものであるかを調べるため、月刊誌の『中央公論』(2000年1月~6月)も資料に使い、調査、考察した。 その調査·考察の結果は、似下のとおりである。 「-性」の初出年時の確認から、「-性」という形でものの性質を言は明治以後に急激に發達したものであることが明らかとなった。とりわけて、昭和に近づいた段階から第二次大戰前後にかけて、それが顯著であることが直ちに讀みとれるのである。 そして、『日本國語大辭典』に見る「-性」の上接要素を觀察すると、第一版に立項されている「-性」の上接要素は六つ語群の分類され、ひとつの品詞でだけ用いられているものは、「名詞+性」と「形容動詞+性」であった。その外はすべて、「名詞/形容動詞」「名詞/副詞」など、多品詞にわたって用いられていたのである。 一方、『日本國語大辭典』第二版に立項されている「-性」の上接要素は、『第一版』の上接要素よりひとつ多い七つの語群に分類された。そして、ひとつ品詞で用いられているものは、「名詞+性」と「形容動詞+性」だけで、この場合も、その外はすべて、「名詞/形容動詞」「名詞/副詞」のように、多品詞にわたって用いられていたのである。 また、『中央公論』に見る「-性」の語例は、『日本國語大辭典』第二版に立項されている語より立項されていない語の方が多く存在した。このことは、まだ「-性」として定着していない語がそれほどに多くあるということで、「-性」が接尾語としてよく機能しているということでもある。 なおまた、「-性」の上接尿素のうち、「名詞/形容動詞」の語群が『日本國語大辭典』より『中央公論』の方に比率的に顯著に多く用いられている。このことからは、現代日本語において、名詞·形容動詞語幹と兩用の語が多くなってきたということと關係しているともいえよう。
5,700
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形容詞用法を持つ「先行要素+하다」と對應が成立する日本語の形成の中には形容詞や形容動詞用法でないサ變動詞用法を待つ場合が少なくない。 本稿ではサ變動詞と「하다」形容詞の對應に關連した事項を「先行要索+する」と「先行要素+하다」、「先行要素+する」と「先行要素+하다/해지다」、「先行要素+する」と「先行要素+해하다」の三つの場合に區分し、考察を行ったが、その結果は次のように要約できる。 ① 「하다」形容詞の對應が成立する形容詞的なサ變動詞は終止用法においては「~ている」形式を取るのが一般的である。 ② 形容詞的なサ變動詞は先行要素の意味的素が狀態性とだけ把握される場合もあるが、狀態性と動作性の複合的なものとして把握される場合もあり、「하다」形容詞の先行要素の中にも複合的な意味的素性を持つのがある。 ③ 形容詞的なサ變動詞が形容詞的用法、動詞的用法た區分されて使われるのは先行要素の意味的素性の複合性が反映したものと見ることができ、動詞的用法で使われた場合は「하다」形容詞の對應が成立しない場合もあるが、「~해지다」形式の對應といっしょに「하다」形容詞の對應も成立する場合もあり、こういうことは動詞的用法の場合だからといって常に動作性の意味ばかり表すのではなく、基本的には動作性の意味を表すが、狀態性の意味が內包されているか狀態性の意味が强く表れる場合もあるということを表している。 ④ 「하다」形容詞の對應が成立しないで「~해하다」形式の對應が成立する場合は先行要素の意味的素性が日本語では「動作性」として、韓國語では「狀態性」として認識されている場合ということができる。

일본어학,일본어교육 : 신체어에 의한 시간 표현

길본일 ( Gil Bon Il )
한국일어일문학회|일어일문학연구  48권 1호, 2004 pp. 139-159 ( 총 21 pages)
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認知言語學においては「身體性」が重要なキ-ワ-ドとなっており。メタファ-硏究の中で「時間表現」もよく扱われている。しかし「身體語による時間表現」を分析したものはまだ見當たらない。そこで、日本語の身體語を利用した時間表現を整理してみた。その結果、いくつかの特徵があることが分かった。 (1) 身體語のうちで時間表現に使われるものは、頭部に集中している。それは、重要な感覺器官が頭部に集中していることと關係があろう。 (2) 頭部の中でも、時間表現に用いられる感覺器官は、何より「目」であり、次に「口」である。「鼻」や「耳」はほとんど用いられない。このことは、目から外界の多くの情報を感知し、口から榮養を攝取したり情報を發言したりすることと關係か深いと思われる。 (3) 身體語による時間表現としては、過去よりも現在や未來、ある時間帶の終わりよりも始まり、長い時間よりも短い時間を表すものがはるかに豊富である。これは、そのような方面により强い關心が向けられ、身近に感じられていることの證左であろう。

일본어학,일본어교육 : 일본의 젊은이언어 사용실태에 관하여 -상수와 장면에 의한 사용 분석-

고정도 ( Go Jeong Do ) , 이수현 ( Lee Su Hyeon )
한국일어일문학회|일어일문학연구  48권 1호, 2004 pp. 161-179 ( 총 19 pages)
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この論文は、使用期間に關わった若者ことばを取り上げ、相手と場面による使い分けの實態について分析を試みた。その主な內容をまとめると次のとおりでおる。 1) 最高の使用率は、10年の若者ことばは70%を、5年の若者ことばは40%を上回っている。つまり、10年と5年の若者ことばは日常會話の中で多用していることが分かった。 2) 使用する順は、10年の若者ことばではては、どの場面でもほとんど親疎關係と上下關係によって-貫性を見せている。特に、親疎關係が使用に影饗を與えている。さらに、くだけた場面から改まった場面まで徐??に使用率か減っている傾向も見られた。一方、5年の若者ことばでは、「親しい先生or上司」「親しくない先生or上司」にはくだけた場面でも使用し難い傾向であった。 3) 親疎關係による使い分けの場合、10年の若者、ことばでは、親しい關係と親しくない關係に分けて使用している。しかし、5年の若者ことばでは、親しくない關係の場合は10年の若者ことばの傾向と同樣であるが、親しい關係である相手でも「親しい先生or上同」に對する使用率は低く現れている。なお、「先輩」に對する使用を見ると、10年の若者ことばの場合、「親しい先輩」は同年輩と、「親しくない先輩」には目上の人と近い使用傾向にあった。ところが、5年の若者ことばでは、「親しくない先輩」は10年の若者ことばの傾向と同樣であるが、「親しい先輩」の場合は目上の人と同年輩との中間の使用率を表している。つまり、若者ことばは、使用期間が長くなると、上下關係より親疎關係によって使い分けて使用していることが分かった。 4) 10年と5年の若者ことばに共通して現れた結果をまとめて見る。 ① 最高の使用率と最低の使用率の差が、10年の若者ことばの場合は60%を、5年の若者ことばは40%を越え、相手と場面による使用の差が大きい。 ② 相手による使い分けの場合、話し相手が「先輩」には女性より男性が多用している。特に、20代にこの傾向が目立つ。 ③ 場面による若者ことばの使い分けでは、「フォ-マルな場面」では男性が、「インフォ-マルな場面」では女性が多く使用していることが確認された。 5) 使用され始ぬた若者ことばは「友だちor同僚」に「喫茶店に雜談する時」という場面でも使用し難いことが分かった。
6,000
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本稿では同一の事象を表わす上で、日本語は受動表現で、韓國語は能動表現で、相互に異なる視点から表現しようとする表現上の特徵に注目し、表現構造の側面から考察を行なった。日本語の受動表現を動詞の形態變化と格の移動による狹義の文法態と受動の意味を持つ語彙態に分け、日·韓、韓·日飜譯本を中心に調べた。 日本語の受動表現が韓國語で能動表現となる現象は、大きく「文法的ズレ」と「視点のズレ」から生じるものと分析される。 「文法的ズレ」は統語的·形態的に日本語と韓國語の間で一致しないため起きるもので文法態に見られる。すなねち、一つの命題を表わすにおいて、日本語は、受動表現と能動表現で表わすことが可能であるのに、韓國語では能動表現でしか表れせない場合が生じる。 「視点のズレ」は「物事の捉え方」の相違から來るもので、文法態と語彙態すべての受動表現で窺える。このような發想の相違は日本語と韓國語の受動表現における源が違うことを明らかにする。日本語の受動表現には外部から動作·作用などを受けるという槪念以外に、非意志·非本意·非自發が含まれているのに對し、韓國語はその意味合いが含まれていないことが分かる。 このよっな「文法的ズレ」と「視点のズレ」が生じることによって、日本語は受動構造に、韓國語は能動構造としてそれぞれ違う表現構造を見せていると思われる。
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