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일어일문학연구검색

Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 75권 2호 (2010)
6,000
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This paper will analyze the Japanese assembly stenographic from the period when the relationship between Korean and Japan was worsening due to the controversy over Kubota`s statement. Kubota`s statement that was made during the normalization talks between Korea and Japan was withdrawn within six months. However, it took four years and six months for the talks to reopen. When the normalization talks stopped, the Korean government built a light house and placed staying cost guards in Dokdo. Against this, the Japanese government planned to attack Dokdo by military and various manners. However, the Japanese assembly gave up the military action at Dokdo and tried to reopen talks, because the US worried about the aggravating relations between the two countries. In order to reopen the normalization talks between Korea and Japan, the US government arranged an ambassador meeting of ambassadors from both Korea and Japan and meanwhile, the Japanese foreign ministry was criticized by the Japanese assembly for policies against Korea that were not powerful enough. When the normalization talks stopped, the Japanese foreign ministry was in an awkward position, and as a result, efforts to reopen the normalization talks started from the US rather from Korea and Japan. This paper presupposes that in cases of worsened relationships between Korea and Japan regarding the Dokdo issue, there could be compulsory mediation by the US or other countries if Korea and Japan cannot solve the problem themselves.

日本文,學日本學 : 心情表現「つれなし」と「つらし」の方向性について

권혁인 ( Hyuk In Kwon )
5,900
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本硏究は、戀の歌における心情表現「つれなし」と「つらし」に係わる、いままで交錯していた解釋の問題点を明らかにものである。方法的には、ことばの使われた心境的環境(基盤)、傳達しようとする內容およびその方向性といった多面的な立場から考察していった。そして、說明の際には物理學の波動原理を借りて說明を試みた。その結果、「つれなし」と「つらし」とは感情の向き方および相手との感情交流の基盤において相違していることが把握できた。兩方とも「薄情な行動」への非難の氣持は入っているが、「つれなし」の場合その氣持がストレ―トに相手へ向けられているし、遠心的であるためそれによって自分自身が影響されることはない。そして、「つれなし」は相手の冷たい態度への理解が全くない場合、つまり思い(心境)のベ―スの次元が違う狀況で使われるものであった。したがって、「つれなし」は媒質の性格が完全に違う狀況において發せられる波動の方向性を有しており、それは波長の違いから反發し合うし消滅干涉を起こす。すなわち、相手がどのような原因で冷たい態度をとるのか見當のつかない場合(波動の性質の違い)相手に向かって一方的に非難するのが「つれなし」である。ところが、「つらし」は立派な客體感情でありながらも、表現主體の情意が重複するものである。互いの思いの强弱の差および水位の相違はあっても、相手のすげない行動についてある程度予期できるとき「つらし」は使われる。また、非難される側はそれを理由ありと受け止める(屈折)か、かえって讀み手が自分の感情として持っていくこと(反射)も可能である。かかることばの方向性に關する硏究は、王朝の人人が戀歌の制作においてことばをいかに精緻に選擇しようとしたかが證明できるものであるし、ことばの使われた狀況の把握に汲汲としている硏究の風潮に示唆するところが大きいと判斷される。

日本文,學日本學 : 小倉文庫本『北京路程記』について

미노와요시쓰구 ( Minowa Yoshitsugu )
6,000
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東京大學文學部小倉文庫に『北京路程記』という書が所藏されている。對馬出身の通詞で、後に元山領事館等で勤務した中村庄次郞が小倉進平に寄贈した書のうちの一つである。『北京路程記』という書名は早くから知られていた。小田幾五郞の著作である『通譯酬酢』に、自身の著作としてあげてある書の內の一つとしてである。また、小田幾五郞の名前は、「致久」であるとされてきた。しかし、小倉文庫本『北京路程記』には「致善」とあり、書名は一致するが、ただちには、小田幾五郞關係の著作とするには、躊躇いが殘るものであった。本書では「致善」が父親で、大象官、自身は「致遠」という名前で二世大象官であるとする。『象胥紀聞拾遺』下卷の內題の下に「大通官小田管作藤致遠緝」とあることから、「致遠」は小田管作であることが知られる。管作の父親は小田幾五郞であり、その名は「致久」ではなく「致善」であったと思われる。幾五郞には『通譯酬酢』という大著があり、とりわけ、その卷四「外國之部」と『北京路程記』を比較すると、きわめて類似した內容や、發想を見ることができ、本書は、小田幾五郞の著作を、その子小田管作が補訂して成ったものと斷じてよさそうである。本書は、小田幾五郞の飽くなき好奇心、探求心によって、濫出する以外には知ることの出來ない、假に濫出しても、東萊近郊以遠は思いもよらないことで、ましてや、漢陽、平壤、義州、そして陸路での中國北京への路程は譯官に確認するしかなかったのである。譯官は、本來は語ってはならない國の秘密を含むようなことまで語り、幾五郞はそれを具に記錄した。それが『北京路程記』である。
6,400
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「水彩畵家」(1904)は、島崎藤村の最後の詩集『落梅集』と最初の長篇小說『破戒』との間に發表された短篇小說である。この作品は、繪畵の單一な印象と現在の瞬間とをエピソ―ドという形式で描きながら、短篇の寫生的なリアリティ―を表した作品であったと思う。小說の短篇化は、人生の劇的な表現を、短縮されたリズムで散文化することで、ジャンルの藝術的な可能性を可視化したと見える。作品の中で注目したいのは、<つれづれ>の解消であり、航海紀念となった鸚鵡が異國情緖や運命的な巡り合いの象徵として終始を飾っている点と、そして一年間の逸話を展開するにあたっても、秋(日暮れ)·冬(早期)·春(夜明け)·夏(夜)を意識しての構成である点から、淸少納言の自然に關する寫生を積極的に配置することによって、藤村が自分だけのエピソ―ドの展開方式を探し求めようとしたと思われる。藤村は、主人公の運命を夢と日常の對立、すなわち幻影と現實の巧妙な交差に誘い導くことで、讀者に作家の結婚生活のジレンマと文學の龜裂を追跡させているようである。また、期待と不安という二重情緖でスケッチするにあたって、<眞夏の夜の夢>と係わるシェ―クスピアの劇とメンデルスゾ―ンの音樂の揷入裝置は、ジャンルの潛在力を可視化させようとする彼の意圖であったと言える。作品に登場する主人公の三つの結婚を作家の文學ジャンルに當てはめて分析してみると、第一の結婚は、<幸せな夜>の夢をみたような美しい詩との出會いである。「落梅集」を最後に、詩との因緣を舊い情人としたのは、耐えがたい大衆からの指摘もあったが、生明の力であった<夢>を失いたくない氣持ちが强かったと言える。第二の結婚は、漠然とした空想の中でみた<晝の幻影>である。藤村の夢見た結婚生活と文學が、實狀とは違う幻影であったことを、優曇華や鸚鵡のような動植物を通じて、象徵的に描寫したのである。第三の結婚は、<新しく迎る朝>、新な生涯への出發である。暗い夜、夢の中での悲劇や喜劇は、眠りから覺めると虛妄で無意味になるように、人間の食い違った運命もやはり生命の循環の中でその意味が失われてしまうのである。藤村にとって、新しい朝を迎たとは新しいビジョンを迎ているという意味として解釋できるのであろう。以上、三つの結婚を綜合すると、夜と晝と朝が一日を成すように、詩と隨筆と短篇は小說という巨大なメカニズムの一部として、藤村文學の骨格を形成してきたことが分かる。特に、當時の水彩畵ブ―ムは藤村の短篇の習作を推動し、引いていく動力として作用していたようである。
6,000
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金時明(1906-?)は、1940年代の朝鮮文壇を代表していた金史良(1914-?)の兄である。彼は朝鮮總督府の官僚であったということで、民族問題硏究所が發刊した『親日人名辭典』に載っている人物でもある。金史良の「草深し」には、彼をモティ―フにしていたと思われる郡守が登場するが、ここで郡守のキャラクタ―は多少滑稽である。それは必ずしも金時明をモデルにしているというわけではなく、むしろ彼を通して植民地朝鮮の官僚達の置かれていた狀況の悲哀を描いているものと思われる。確かに金時明は、日本帝國主義に協力した人物である。しかし、當時の貧しい火田民のための彼の努力が見られる頌德碑は彼のことを考え直させる。當時、火田民七千名余を食べさせたといわれる彼の努力と行政能力は、親日の問題とは別のこととして今でも江原道の山村では記念されている。その努力は彼の民衆への憐憫の發露であった。『親日人名辭典』は、植民地時代と今日を反映する資料として少なくない意味を持っているものに違いない。しかし、それは決して「過去淸算」の完結ではありえない。植民地時代に高等文官以上だったり、少佐以上だったりしたという一律的な基準をもってあの時代の人人を評價するのは非合理的である。なお、植民地時代の責任を問う形でなされた「處刑」もまた、大體は新しい命令系統によって行なわれたことも見逃してはいけない。金時明の處刑もそうだったはずである。權威と支配の暴力構造が權威者の手を汚さない形で成立していることを直視することこそ、我我にとって、より現實的な課題であるかもしれない。

일본문학(日本文學),일본학(日本學) : 『母を戀うる記』 -타나토스(Thanatos)와 에로스(Eros)의 대립양상-

김용기 ( Yong Ki Kim ) , 유미선 ( Mi Sun Yu )
한국일어일문학회|일어일문학연구  75권 2호, 2010 pp. 107-123 ( 총 17 pages)
5,700
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エロス(Eros)とタナトス(Thanatos)に關する本格的な論議は、ジ―クムント·フロイト(Sigmund Freud)と共に始まったと思われる。『母を戀うる記』は夢という二つの本能がすれ違う狀態で始まり、二つの空間で設定される。タナトス的樣相を表すものとして、「暗黑の世界」、「沼」、「カサカサしている蓮」、「老いて醜いおばさん」などが拳げられ、エロス的樣相を表すものとして、「月」、「海」、「三味線の音」、「狐」、「若くて美しい母」などが拳げられる。「沼」は地でもなく、水でもなく、また、川でも海でもない、中間形態の空間である。それは、淸く透明でないものであり、固くて固着化した性質を持っていない、流動體の狀態を意味する。それとは違い、「海」は地上と天上、誕生と消滅、明るさと暗さなどの象徵的意味を持っている。「沼」が悲しみの情緖ならば、「海」はその悲しみを積極的に受容し、擴大することにより、悲しみを絶望ではなく、復活の空間として昇華させる役割をする空間と見られる。『母を戀うる記』に登場する二人の女人の中で、エロスを代表する人物として「若くて美しい母」、タナトスを代表する人物として「老いて醜いおばさん」が拳げられる。エロスとタナトスの存在が一つであるように、作品の中の二人の女人の存在は、結局同一人物であり、否定したい母と、永遠に保ちたい母の姿を表現したものとされる。生と死、美しいものと醜いもの、希望と絶望などの二項對立構成は、結局、エロスとタナトスの內的分裂における對極構造なのだ。

日本文,學日本學 : 「大和魂」考

김정희 ( Jung Hee Kim )
한국일어일문학회|일어일문학연구  75권 2호, 2010 pp. 125-145 ( 총 21 pages)
6,100
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本稿は、「大和魂」について中古から近世までの作品や、源氏物語の注釋書を中心に考えてみたものである。「大和魂」といえば、日本の軍國主義と結び付いて思い浮かぶ言葉である。しかし、「大和魂」は元元そういう意味合いを帶びた言葉ではなかった。源氏物語をはじめとした作品の用例を調べてみると、その意味は先行硏究においても明らかにされているように、現實における判斷や知惠といった意味を持っている。のみならず、この「大和魂」という表現を考えるに當たって注意しなければならないのは、この語が儒學を意識して用いられている点である。平安時代における政治の形は攝關政治である。儒敎による文章經國を理想とした平安時代初期が過ぎると、攝關家による政治が行なわれることになる。その政治の形態は民のための思想をもとにしたものではなく、現實的な思慮判斷によるものであった。源氏物語において「大和魂」という表現を含んだ一行は、こうした政治に對する判斷を表したものであるにほかなるまい。「大和魂」が中國を排斥する槪念ではなく、日本に多大なる影響を及ぼした漢學を重視するものとして使われていることに注意すべきである。中世以後の「大和魂」の例を見てみると、その中で目を引くのは『詠百寮和歌』である。ここにおける和歌は、大和魂があればこそ、漢籍の意味が理解できるというふうに解釋され、源氏物語の例と「大和魂」の位相が逆轉してしまったことがわかる。また、中世における源氏物語注釋書『河海抄』や『花朝余情』においても「大和魂」の意味は變っていることが確認できる。近世においては源氏物語の注釋に携わった賀茂眞淵や本居宣長によってこの「大和魂」の語が中國風の排斥を代表する理念になっているが、しかしながら、當時これらの主張に反對する動きもあったことに注意したい。とくに村田春海の國學者と漢學者に對するそれぞれの批判の中には、平安時代において追究された儒敎的な敎義主義と通じるものがあり、日本文學における漢學の價値を考えるに當たって重要な示唆を與えている。

日本文,學日本學 : 心理小說、あるいは經濟小說としての「寢園」

김태경 ( Te Gyung Kim )
한국일어일문학회|일어일문학연구  75권 2호, 2010 pp. 147-166 ( 총 20 pages)
6,000
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橫光利一(1898-1947)最初の新聞連載小說「寢園」(1930、32)は、いわゆる新心理主義文學の代表作である。新聞連載開始前の昭和五年(1930)九月に發表している「機械」の流れに位置させられ、新心理主義文學の線上で讀まれてきた。なかでも、女主人公·奈奈江の心理の推移には多大な注目が集められてきたし、夫の仁羽の絶對的存在に言及された論考も少なからずあった。本稿は、これまで「寢園」論の分析對象から外されていた、もうひとりの主人公·梶に焦点を合せ「寢園」を讀みなおしたわけだが、梶の心理と行動を分析するということは「寢園」に描かれている社會的、經濟的な事がらを問題にすることをも意味した。本稿は「寢園」が小說執筆と同時期に進行していた昭和恐慌を問題にしている經濟小說であることを明らかにしている。第一次大戰後の不良債權處理問題(「不良借」)に加え、最も遲れた金本位制復歸(「金融逼迫」)が世界恐慌(「恐慌」)に卷き入まれることによってより深刻化したプロセスが作中人物である梶が行う株の取り引きの問題に集約され、順次に語られていることを確認できた。それは、勞農派·猪오津南雄の「恐慌論」と符合するものでもあった。しかしながら、「寢園」というテクストはそれに收束されるようなものではなかった。いったん發生した梶の恐慌的意識は、もはや經濟的論理だけでは解決不可能なものであった。そこにはやはり經濟的な論理だけでは說明しきれない何か、「經濟外的强制」が作用していたのである。勞農派的な「恐慌論」のフレ―ムを援用しながらも、經濟的論理を無視する經濟還元論に對してはその修正がはかられる。梶の恐慌的意識や心理に焦点を當てたということから「寢園」は確かに心理小說であったと言えよう。このような二面を持ち合わせていた橫光利一「寢園」はまさに新心理主義文學であり得たのである。

일본문학(日本文學),일본학(日本學) : 라이트 노벨의 시각적 재현의 매커니즘 -맥락의 의미와 기능을 중심으로-

박전열 ( Jeon Yull Park ) , 전태호 ( Tae Ho Jeon )
한국일어일문학회|일어일문학연구  75권 2호, 2010 pp. 167-185 ( 총 19 pages)
5,900
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最近ライトノベルという小說が日本はもちろん、韓國の10代や20代に廣く讀まれている。ライトノベルとは「light novel」卽ち輕い小說という意味で、漫畵やアニメ風のイラストが表紙と揷繪を飾るエンタ―テインメント小說を指す。本稿ではライトノベルという媒X體が持つ固有の特徵を考察しようとする。映畵やアニメなどの視覺的な再現が重視される現代社會のコンテクストに照らして、ライトノベルが持つ視覺的特性に注目したい。ライトノベルの視覺的再現體系は第一に、視覺的な快感を與える記號的敍述をする代わりに描寫の比重を減らすことであり、第二に、イラストを通じてキャラクタ―像を提示することで成り立っている。このような要素は作品の內容とは別個で一般的な小說と「何かが違う」、あるいは「漫畵みたいだ」というイメ―ジを與える要因になる。本來小說は文字を利用した「讀む」媒體であり、自由度が高くコンテクスト性は低い。しかしライトノベルは「讀む」媒體ながら「見る」媒體でもある。これはまたマンガのように描寫文を通じてキャラクタ―を頭の中に描くことができるはずであり、その役目をイラストが代わりをしているのだ。これでライトノベルのコンテクスト程度が高いという事實が分かる。したがってライトノベルの特徵をキャラクタ―のデ―タベ―スで探すより、このような媒體の固有の特徵を先に注目しなければならないことをもう一度强調したい。そして東浩紀が言ったポストモダンな社會が現代の日本社會であるなら。社會全體を支えるハイコンテクスト的な文化は崩れ、多樣化されるとも言えるだろう。代わりにそれぞれの領域(すなわちっサブカルチャ―)では彼のみの世界觀の中に固着して、ハイコンテクスト化する現像を私たちはこれから見ることができるはずだと注意深く推測してみる。

日本文,學日本學 : 『西行法師家集』本文考 -本文異同からの諸本大別-

배경아 ( Kyoung Ah Bae )
한국일어일문학회|일어일문학연구  75권 2호, 2010 pp. 187-204 ( 총 18 pages)
5,800
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『西行法師家集』の作者原本はどのような本文であったのか、現在のところ判然としない。しかしながら、作者原本以降のその本文の變化の實態を明らかにしておくことは、作品批評に不可欠である。その檢討の一貫として、本稿では、管見に入った『西行法師家集』諸本間の本文異同について、諸本大別グル―プ分けに關わる異文を取り上げて檢討した。その結果、諸本は歌本文の異同から次の三つのグル―プに大別できる。○A群: 李花·國學·葉室·東大甲·共立·天理甲·慶應·中央 ○A`群: 內閣甲·三原·東大乙·石川·岩國·犬井·河野·版本 ○B群: 資料·細川·天理乙·伊藤·內閣乙·久保田·日大·東與·書陵(*大東急本). A群とA`群の本文關係はA群からA`群へとその流れが想定できる。A群の本文に對してA`群が異文を持つ箇所は、量的には多いが、質的には小異と見てよい。それらの大半が不注意または誤讀·誤解による誤寫·誤脫などが生じた誤謬の本文であるからである。A群とB群の本文關係は、量的には多くないが、質的には大異のあるものがある。いずれの本文によって讀んでも歌意が取れるものが殆んどで、いずれの本文がこの集として本來のものかは、輕輕には決められない。A群は、李花·國學·天理甲·東大甲本が室町期の寫と言われる。李花·國學·共立本が1351年(觀應2年)の頓阿及び周嗣の書寫與書を有する。一方、B群は、久保田·日大本が室町期の寫と言われる。東與·書陵本が1348年(貞和4年)の頓阿の相傳與書を持つ。この書誌的事項からすると、『西行法師家集』は、南北朝期において、旣にA群とB群の二樣の本文を以て讀まれ、享受されていたことが推測できる。いまのところ、A群かB群か、二者擇一よりも、A群はA群として、B群はB群として、それぞれの信賴し得る本文を定めることが肝要であると思われる。なお、大東急本は混合本であると見て、グル―プ分けには參加させない。
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