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Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 76권 2호 (2011)
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本稿では、「桃太郞?」の前半に見える異常出生譚の話型が中國南方から來た可能性を信憑する?據として、朝鮮の隨筆文集「旬五志」に見える異常出生譚2話を提示し、その可能性を具體的に檢討してみた。その結果、「旬五志」に見える英雄の異常出生譚と類似する、川と姓氏に關連する異常出生譚が廣東省をはじめとする中國南方地域には豊富であることや、廣東省などに見える瓜關連の異常出生譚がいち早く日本と朝鮮にそれぞれもたらされていたことが分かった。そしてこれにより、「桃太郞?」に見える異常出生譚は中國南方から傳來してきた可能性がより高くなってきた。また、「桃太郞?」は東アジアにおける傳播過程で、庭の瓜から男の子が生まれたという中國の范杞郞傳說よりは後に發生したであろう「瓜子姬?」と交涉し合いながら成長してきたことも推察できた。「庭の瓜」からの異常出生譚が中國南方から日韓兩國にいち早く傳來し、その後、中國南方から川關連の異常出生譚が引き續き傳來してお互いに交涉しながら生まれたのがすなわち、「句五志」および1600年代に流布していた道詵傳說に見える異常出生譚であることが言える。そしてわれわれは、「旬五志」の類話新資料を通して、「桃太郞?」だけでなく、「瓜子姬?」をも含めたこの異常出生譚の話型の東アジアにおける傳播と共有の實態を知ることができるのである。「桃太郞?」が日本で初めて文獻に載せられる頃、この異常出生譚の話型が東アジアの他の地域ではどういうふうに流布していたかを推察する上で、「旬五志」に見える異常出生譚2話は欠かせない貴重な資料と言えよう。
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本稿では、林義端の浮世草子『玉櫛사』卷三の第四話「松永彈正墮地獄」について、これまでの先行硏究では「剪燈餘話」卷一の第四話「何思明遊풍都錄」が出典であると考えられてきたのに對して、實はそうではなく「伽婢子」卷四の第一話「地獄を見て蘇」と「太平記」卷二十の第十三話「結城入道墮地獄事」を出典とするべきであることを指摘し、それに加えて、松永彈正久秀に對する義端の評價、地獄譚における義端の作品構成方法の特徵について考察した。本稿で考察の對象にした松永彈正久秀は戰國時代の惡人として有名な人物で、義端はこのような實在の人物を素材にして松永彈正が地獄に落ちたという虛構の物語を構成している。まず、本話とこれまで出典とされていた「何思明遊풍都錄」の兩話の內容を比較した結果、死後地獄を經驗して蘇ることと、死んでも胸元が溫かいので葬禮を行わなかったということ以外はほとんど共通点を見い出すことが出來なかった。このような問題点を指摘したうえで、本稿では主人公が地獄に連れて行かれる過程と、地獄で自分の意見を主張する場面は「加婢子」の「地獄を見て蘇」からの影響で、地獄の官廳へと連れて行かれる場面と主人公が罪人と對面する場面は「太平記」の「結城入道墮地獄事」と「地獄を見て蘇」の描寫を混ぜたもの、苦痛を受けている罪人と對面する場面は「結城入道墮地獄事」から利用したものであることを指摘した。そして、松永彈正については戰國時代の惡人妻鹿田新介と、中國歷史史上最惡の惡人とされていた秦檜と同じような人物として評價しようとしたことが見受けられる。それから作品構成の方法について淺井了意の地獄譚「地獄を見て蘇」と比較すると、了意の場合、中國「剪燈新話」の「令狐生冥夢錄」を骨格とし、原話の展開に從って人物·地名·背景を日本のものに轉換する方法によって話を構成した。これに對して、義端の場合、「伽婢子」と「太平記」のような日本の地獄譚を中心にしてそれぞれのモチ―フを解體し、必要な部分を再構成して話を作り上げたという違いがある。

日本文學,日本學 篇 : 「源氏物語」における「氷」の表現性

김유천 ( Yoo Cheon Kim )
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本稿では、「源氏物語」を中心に「氷」に關連する表現が、物語の場面性や人物造型のあり方、さらには物語の主題性とどのように關わりながら、固有の樣相をみせているかについて考察を試みた。まず、三代集における「氷」の類型表現のあり方を、春歌と冬歌、戀歌に分けて檢討した。「氷」關連の歌では、「氷」が嚴冬あるいは早春の景物として詠まれ、凍るものとしての屬性と解けるものとしての屬性が表現の要となって、景物と人物の心のありようを象るものとして用いられていた。特に戀歌においては、「古今集」戀歌部の「君が心は我に解けなむ」と「夜の袂はなほこほりけり」の表現が、戀の比喩の類型として「後撰集」と「拾遺集」に受け繼がれていた。次に、三代集の表現を踏まえながら、「源氏物語」における「氷」の表現の諸相を探ってみた。死別·離別·時の推移に關わるものをはじめ、戀に關わるものとしては、<男が戀情を訴えるもの>、<女が戀の恨みを訴えるもの>、<男の戀の傷心を象るもの>、<男が女との愛情關係を壽くもの>、<男と關わる女の存在性が浮彫りにされるもの>などを確かめることができた。「源氏物語」の「氷」の表現は、三代集に比べて、死別離別などの悲哀や戀の苦惱を伴う場合が大部分を占め、春の到來や心の打ち解けてゆく喜びなどの明るい心情を語ることが少なかった。また、掛詞などによって<解氷·結氷>と<心>を結び付けたり、比喩したりする類型表現の形よりは、地の文や歌の中で心象風景として現れる場合が多かった。さらに、「源氏物語」の固有の表現性を探る試みとして、朝顔卷の紫の上の歌と、浮舟卷の내宮·浮舟の贈答歌を檢討してみた。紫の上の歌においては、「氷」の景と「月」の景の關係、<こほりとぢ石間の水はゆきなやみ>の表現性、「月のかげ流るる」の表現と「天の河」との關連などについて考え、敍景に人生への觀照的な姿勢が取り입まれていることに言及した。一方、?宮の歌では、その「氷」の表現の性格を探りながら、薰の歌との類似点などから非日常的な戀の情念が孕まれていること、都の男と宇治の女という關係性を呼び起こし、浮舟の不安定な存在性を際立たせるべき一面を有していたことを指摘した。また、浮舟の歌においては、「凍る雪」と「消える雪」との關係性に注目して、女三の宮の歌との類似性や「伊勢大輔集」所收の紫式部の歌などに觸れながら、その表現構造と浮舟の存在性との關連を探ってみた。

日本文學,日本學 篇 : 幻卷における光源氏の實像 -罪と悔恨を中心に-

김홍래 ( Hong Lae Kim )
6,100
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本稿は幻卷末の「昔の御光にもまた多く添」う光源氏の實像を論じたものである。幻卷にはご都合主義的ともいえる獨自な思考に寄り添うように道心を深めながら、その一方で、紫上を傷つけていた若き日の行爲を後悔する晩年の光源氏が印象的に描かれている。その中で紫上に關わる過去の回想は目の前の景物や人物から紫上に對する回想へと自然に태っていく、回歸的回想形態を見せている。このように眼前の景物や人物から紫上追慕へと태されていく光源氏を描くことは、紫上を光源氏が生涯最も愛した女性へと作り上げる作者の構想である。一方で女三宮が降嫁した雪の後朝の回想は紫上に對する光源氏の「罪」意識を垣間見せる。朝顔卷や若菜上卷の「罪もなしや」の會話文に見られるように、光源氏は朝顔と結婚しようとしたことも、女三宮を六條院に迎え入れたことも、「罪」として意識しない。しかし、朝顔や女三宮の場合は、その高貴な身分故に、結婚という社會の規範に關わるものであり、その內實は自ずから異なる。また、朝顔との結婚が實現しなかったことからすっかり安心していた紫上からすれば、女三宮降嫁は彼女の信賴を光源氏が裏切ったものである。光源氏はこのような昔の過ちを思い出して悔い改めている。幻卷は物語の進展のない、光源氏の晩年を傳えるものとして考えられてきた。しかし、單調に流れる四季の移り變わりとは對照的に、紫上回想と悔恨、人人への執着のように、光源氏の心內は激しく搖れ動いており、物語の進展が全くないとはいえない。幻卷末の光源氏の「光」は、深い道心を持った求道者の贊美であると共に、最愛の女性の死を哀悼し淨化する、希有な「色好み」の美しさでもある。

日本文學,日本學 篇 : 「西行法師家集」本文考 -現行流布本と近似する本文系列-

배경아 ( Kyoung Ah Bae )
한국일어일문학회|일어일문학연구  76권 2호, 2011 pp. 89-106 ( 총 18 pages)
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「西行法師家集』の現行流布のテキス卜の信賴性の問題をめぐって、本稿では、調査できたこの集の諸本について、本文校訂のための傳本分類として四系列分類の試案を提示した。また、四系列のうちの李花本と近似する本文系列の諸本とその本文の性格について、歌本文の獨自異文のバリエ―ションを具體的に比較吟味した。とのような檢討を通じて、現行流布のテキス卜である李花本について、信賴し得る本文への校訂と關わって、目安の立った事柄をまとめてみると、以下の通りである。(1) 李花本を底本とする本文校訂に有效な傳本分類を試みると、管見諸本は、現行流布本系列·後出本系列·異本Ⅰ系列·異本Ⅱ系列の四系列に分けられる。(2) 李花本の本文校訂のためには、ます李花本と近似する本文系列である現行流布本系列の諸本間の本文變化のバリエ―ションの有りようを明らかにする必要がある。 (3) 現行流布本系列の諸本のうち、李花·國學·共立本は奧書の点で合致し、周嗣書寫本群として下位分類できる。 (4) 李花本には誤謬または意改の獨自異文がなくない。それらの多くは同群の他本または同系列の他本によって妥當な本文に改めることができる。 (5) 國學本は、李花本に比べて獨自異文や誤謬が少なく、李花本の異文に對して妥當な本文を持つことが多い。尤も獨自の意改異文はその位置づけをしておく必要があるが。(6) 共立本は、李花·國學本に比べて誤謬の異文がかなり生じている。但し、李花本や國學本の異文に對して妥當な本文を持つことがある。(7) 周嗣書寫本群と本文が近似する葉室·東大甲本は、それぞれ獨自異文があるが、周嗣書寫本群の本文の搖れに對して、妥當な本文の判斷の目安となるばあいがある。 (8) 天理本と中央本は、それぞれ意圖的な本文改變として判斷される獨自異文がかなりある。現行流布本系列の本文の享受の在り方の一端が伺え、注目される。
5,800
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「和韓拾遺」の諾本は、1764年寶曆使行の歸路の大坂で起きた崔天宗殺害事件をテ―マとして作られた實錄で、全體的に「寶曆物語」と內容と構成が似ている體制になっている。旣存の先行硏究にしばしば引用される「寶曆物語」は、「和韓拾遺」の諸本の內容をほとんど含んでいて文脈も自然であるが、これとは異なり日本東京都立中央圖書館<特別買上文庫3908>は、ほかの實錄に共通して登場する崔天宗が對馬に着いて見た"都訓導の奇夢之事"や、或いは"信使歸坂、幷、四月七日夜珍事"という主題として紹介している"鈴木傳藏が崔天宗の部屋まで忍び입む話"などが見えず、文脈の不自然なところが多い實錄である。つまり日本東京都立中央圖書館藏<特別買上文庫3908>は、殘りの三つの實錄とは系列が異なる寫本の可能性がある。
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文學が現實を再構成することによって人間の欲望と現實認識を表すとすれば、稚兒物語は僧侶側の性幻想の投影から成ったものであると言える。つまり、稚兒物語は寺院の社會的な機能及び位相の變化、獨自な敎義の確立など、中世の時代相を背景に僧侶の情念と宗敎的な敎義の接点を追求したものである。本稿では室町時代物語tこおける稚兒物語の代表作と言われる「秋夜長物語」と「あしびき」を對象に、物語に仕組まれた現實の再構成の樣相について考察した。すなわち「煩惱卽菩提」という敎義のもとで主に稚兒の神性(觀音の化現)による僧侶の救濟の有樣を說き明かした旣存の硏究とは異なって、本稿では僧侶の欲望と性幻想から作り上げられた稚兒のイメ―ジ及び父權の拘束と順應の樣相を探ってみた。中世時代、寺院における僧侶と稚兒の間柄は權力者である僧侶の稚兒に對する一方的な人格の支配ないし隷屬關係であったと言える。ところが物語では僧侶と稚兒の契を描くにあたって、二人の相思相愛と稚兒の積極的な純愛の行動を强調している。このような現實の再構成によって物語は二人の愛を情緖の交流、あるいは至極の愛に位置づける。一方、稚兒と僧侶のそれぞれの父親は遺言ないし直接の介入をもって息子の運命を拘束し、その結果、物語は父權への順應と家の繼承として締めくくられる。
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本硏究は、2009年に韓國國內で發見した日本の俳諧關連資料に關する報告と基礎調査である。資料の出所と元の持主についての詳細なことは知らないが、現在の持主から植民地時代、木浦で活躍した日本人から入手した資料であることだけは分かった。朝鮮で日本近世韻文文學の主琉である俳諧關連資料が多數發見されたことに對する鷲きとともに、一體植民地時代、どのように俳諧活動が行われたか、氣になるところである。今回はその初めての作業として掛け軸と短冊、總7点について俳人及び作品について檢討し、俳諧文學史において各俳人の位置付けと作品の成立過程、そしてその作品の意味を考察することができた。しかし、日本ではなく韓國で發見されたこれらの資料が持つ多樣な意味については、これから一層詮索すべきである。植民地時代、日本人移住民によって作られた日本人村では、彼らの鄕愁を慰めるため頻繁に俳句活動が行われていたことは先行硏究からも窺い知ることができたが、本硏究で紹介した諸資料はその人人を指導していた俳人が收集し、句會がある時ごとに參加者に紹介するために個人的に保管していたものではないかと考えられる。そういった役割をしていた日本人の一人が、まとめで紹介した「奈良次郞」という木浦財界一の人物ではないかと考えられる。
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「オキナガタラシヒメ」の周邊人物中で、傳承成立助力した人物、特に「タケウチスクネ(建內宿니)」の步みを?っていって、ある時期にどのような形で結びつけられて「オキナガタラシヒメ」傳承に編入されることができたのか考察しようと思った。「古事記」「仲哀記」では「オシクマ(忍熊)王とカゴサカ(香坂)王の謀逆」の部分を除いて、1·2次の託宣部分から應神天皇の계と酒樂歌の部分まで「タケクチスクネ」だけが助力者で登場している。これに比べて「日本書紀」は多樣な人物らを出現させることによって傳承に活力を吹き입んでいる。本稿は「タケウチスクネ」の300年という長壽記錄を、「古事記」と「日本書紀」の中でその一族が勢力を鳴り響かせた時間だと理解する。つまり、仁德天皇は「タケウチスクネ」について「..汝こそは世の遠人 汝こそは國の長人...」と語っているが、とれは「タケウチスクネ」が言葉通り長壽したという話ではなく、彼が300年という長い間, 勢力を張ったということを示すメタファ―だと思う。「タケウチスクネ」は一、成務天皇と同日に出生して、「オキナガタラシヒメ」の傳承で「オキナガタラシヒメ」の助力者として活躍した葛城臣の祖である者、二、天皇家の外祖で蘇我巨の祖である者、そして 三、仁德天皇と同日に出生した平群臣の祖である者が、各各の時代に活躍して、彼ら一族の祖先や, その一族が崇めた人物に對する敬稱として「タケウチ」を使っただろうと推察してみる。
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本稿は、「源氏物語」の韓國語譯を、底本と文體、卷名·人物名·地名などの固有名詞の表記、和歌と引歌の飜譯、草子地の飜譯、敬語の飜譯などを分析することによって、金蘭周譯「ゲンジイヤギ」の特徵と問題点について考察してみたものである。洗練された文體と卷名の由來に近い飜譯、卷名の意味と由來についての說明、語句解說と引歌を卷末に收錄し、韓國讀者の理解に役立てた点などは金蘭周驛「ゲンジイヤギ」の特徵と言えよう。しかし、金蘭周譯「ゲンジイヤギ」は、瀨戶內寂聽の現代語譯をそのまま韓國語に譯した点で、寂聽譯の抱えている問題もそのまま金蘭周譯「ゲンジイヤギ」の問題に繫がるしかないであろう。そのため、金蘭周も「譯者のエピロ―グ」で、日本語の言語遊戱を充分生かせなかった点、底本が瀨戶內寂聽譯「源氏物語」とはいえ、現代の日常で使われる日本語ではない点、數數の古語、服飾に關する用語など、現代の韓國語に譯せない難しい用語、引歌における古語、主語が明確ではない文章などを、飜譯の難關として提示してはいるが、何よりも誤譯と欠落を無くし、和歌の音數律、歌枕の?譯、敬語の飜譯など、テキストの意味·內容に卽したより充實な飜譯は解決すべき問題点と言わざるを得ないだろう。
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