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  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 반년간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1598-4990
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 14권 0호 (2010)
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本稿は日本語史的な觀点から世話淨瑠璃、上方繪入狂言本などとともに近世前期の代表的な上方語資料である版本狂言記に見られる使役表現の四段化の傾向について考察したものである。特に万治~享保期の版本狂言記4種(『狂言記』(1660)『續狂言記』(1700)『狂言記外五十番』(1700)『狂言記拾遺』(1730))の四段化の實態の分析結果に基づいて、世話淨瑠璃及び上方繪入狂言本の傾向と比較しながら單語、活用形、文體、時期による遲速差とその原因を檢討してみた。その結果、會話文を中心にして幾つかの特徵的事實が分かるようになった。まず先行硏究によって指摘された世話淨瑠璃及び上方繪入狂言本の傾向と大體一致する事實をまとめると、次のようである。①單語別に見ると、使役助動詞する、さする、使役動詞さするの順に四段化が進んでいる。②文體的な面から見ると、會話文の四段化は地文の四段化よりはやい。更に、本稿の考察を通して新しく分かった事實をまとめると、次のようである。①活用形別に見ると世話淨瑠璃及び上方繪入狂言本の傾向、卽ち未然形の四段化が連用形の四段化よりはやい傾向とは異なって命令形、終止·連體形、連用形、未然形の順に四段化が進んでいる。②万治期と元祿期間による四段化の遲速が見られる。③同じ時期の上方繪入狂言本の四段化率とはほとんど同じであるが、世話淨瑠璃の四段化よりは高い。つまり、このような考察を通して版本狂言記に見られる使役表現の四段化は單語、活用形、文體、時期によっていろいろな遲速差を見せながら進んだということが分かった。また世話淨瑠璃及び上方繪入狂言本の傾向との共通点と相違点も分かった。
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本稿では、日本の文學にそのまま取り入れられた中國俗文學の形式について考察した。特に、回目という小說の始まりの部分と章回の終りの部分に注目した。中國俗文學の大きな特徵は章回小說である。章回というのは、各小說の目次が章や回になっていることである。この章回小說は、日本には中世までは中國俗文學のようなものはなかった。中國では卷のものもあるが、時代の流れにより回や章になっているものが增えていく。さらに回目(目次)のように、二行からなる目次が流行する。こういうスタイルが日本にも傳えられ、讀本、通俗和譯本、日本人作白話文、漢文戱作の一部、明治期の文學にも影響を及ぼしている。回そのものは、言文一致の創始期の作品にも現われているが、二行の回目は用いられなくなる。さらに、章回の話の導入部に話說·却說·閑話休題のような話題轉換語も多數用いられ、中國俗文學の體裁を帶びている作品が多く見られる。中國俗文學における章回の終りの部分には結びの常套語が用いられる。これは、一般的には畢竟を伴いつつ且聽下回分解をもって結ぶという形式である。且つ下回の分解を聽けの意味で、また次の話が續くことを語り手が示す方法である。日本の文學にもそのまま受入れられて、近世の讀本、極一部の通俗和譯本、日本人作白話文、明治期の漢文小說の一部にも用いられているが、特に、明治期の飜譯·政治·講談などの文學作品に多數用いられている。明治期の場合は20年代以前の作品に集中していて、且聽下回分解のような原形を保っているものもあれば、看官次回次卷次編のような指標を用いる場合も多い。このように、中國俗文學の形式をそのまま日本文學に導入している作品が多く、中國俗文學が近世や近代の日本文學に影響を及ぼしていることが分かった。しかし、日本における章回小說の回目や結びの常套語は、言文一致の創始期である明治20年代以後は特殊な資料以外には用いられなくなり、一時的な流行であったことがわかる。
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推量·予想勸誘·期待·命令意志·決意·希望反定·婉曲の意味用法を擔當した古典語推量の助動詞むの表記は周知の通りんを經てう·ように變化し、現代に至っている。んの表記變遷に關する從來の硏究では、んがうの發音に似ているので自然にうに移行したという音韻論からの解釋が中心である。しかしながら、ん表記の變遷を音韻變化のみで說明しようとするのはう發生について充分に把握し切っていない側面があり、表記形態の變遷を詳しく把握するためには他の角度からのアプロ―チが必要である。このような問題意識から本稿では、同じんの形態で使われていて、現代語にも殘っている打消の助動詞ずの終止形·連體形の表記んと比較、分析して助動詞うの表記が成立する背景について考察を行った。分析對象は口語と文語の區別がはっきりしている近世後期の口語資料で、灑落本の『遊子方言(1770)』、『辰巳之園(1770)』及び人情本の『春色梅兒譽美(1832~33)』である。その中から推量の助動詞ん· うと打消の助動詞ぬ· んの用例を檢出し、會話文と地の文に分けて使用頻度と使用樣相を調査した。そしてそれぞれの文體の特徵について檢討した。その結果、打消の助動詞んの方が推量の助動詞んより言語の運用性が高く、影響力が强いことが明らかになった。その理由としては三つのことが擧げられる。第一、推量の助動詞んは文語の性格が强い文體で、ほとんどが地の文に用いられており、會話文の場合も一部の文章だけに表れるという特徵がある。したがって口語體が增えるにつれ姿を消すようになる。反面、打消の助動詞んはぬに比べて口語性が强いので文の中で使用の制約が少なく、そのことから使用範圍がだんだん廣くなった。第二、打消の助動詞んはますやございますなどに接續しません、ございませんの形態として使用が擴大し、普遍化した。第三、打消の助動詞んは多樣な品詞に接續して使われたが、推量の助動詞んは一部の品詞のみに接續して使われたので運用性が低かった。以上の理由とともにんがうに發音しやすい側面があったので、推量の自動詞んの表記は自然にうに移行したと推論できる。
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本稿では日本文學におけるマイノリティ文學を取り上げ、どのようなマイノリティ文學が存在するのかを說明し、その意味と問題点について檢討する。多數派の反對側に位置する少數派はどの時代にも存在した。ところが、その少數派の聲に耳を傾けはじめたのは、それほど歷史が長くない。最近、文學の近代性に關する再評價と共にマイノリティ性についての關心が高まりつつあるが、本格的な硏究はまだなされていない。マイノリティ文學は多數の言語を以て少數性を實驗する文學である。つまり少數派の言葉で試みられるものではなく、多數が構築した空間の中で、主流や權力の言語內部に屬する。多數の政治性を批判し、植民地政策に反對するマイノリティ文學といっても、その聲を發信するためには、主流の文壇に從屬しなければならない生まれつきのジレンマを抱えている。もっと直接的に言えば、主流文壇の芸術的な基準によって價値が認められた場合でないと、マイノリティ文學として獨り立ちできない。しかし、むしろこういった構造におかれているからこそ、マイノリティ文學は多數の秩序を貫き、再構築できる可能性を內包する。マイノリティ文學と主流文學は相互依存的で、補完的な關係にある。マイノリティ文學は多數の中で少數性を追求することで多數を變化させる力が發揮できる。そして、支配秩序に對するマイノリティ文學の異議提起は、結果的に支配秩序の透明性を保證する道具として動く。本稿でマイノリティ文學として取り上げる沖繩文學も、在日韓國人·朝鮮人文學も例外ではない。琉球人在日といった少數集團の意識は、中央日本と違う自らの感覺、傳統性、被害の記憶と一緖に現代日本文學の一部として位置づけられている。主流の日本文壇にとって彼らの存在は余計者ではない。むしろ旣存の日本文學が把持できなかった文學の社會性や政治性を達成した点で、新しい日本文學の可能性を見出している。マイノリティ文學がマイノリティ性を無くした途端それは忘れ去られるだろうが、マイノリティであるかぎり、マイノリティ文學は多數にはない、マイノリティ文學獨自の可能性を提示し、主流を刺激しつづけることができる。
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