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Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 61권 1호 (2007)

ノ格の名詞修飾節に關する一考察 - 複合語との形態的な平行性を中心に(1) -

시산록 ( Seyama Miidori )
한국일어일문학회|일어일문학연구  61권 1호, 2007 pp. 177-196 ( 총 20 pages)
6,000
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影山(1997)는 ノ格의 名詞修飾節이 어휘적 복합어와는 異質로, S구조 복합어와의 平行性을 주장했지만, 그러면 충분히 설명할 수 없는 용례가 존재한다. 그 때문에 본고에서는 신문의 칼럼, 신서, 주간지에서 용례 조사를 실시해 ノ格의 名詞修飾節과 後項이 和語인 복합 동사, 및 단순 동사와의 形態的な平行性이 어떠한 경우에 일어나는지, 어떠한 경우에 일어나지 않는지를 조사·고찰했다. ① 後項이 和語인 복합 동사의 경우 <形態的な平行性을 볼 수 없는것> A. 자동사 전반, 및 대상이 아닌 항과 타동사의 結びつき. B. 타동사와 그 대상의 관계 중에서도 의미 변화에 의해서 대상과 타동사라고 하는 관계를 유지할 수 없는 것. <形態的な平行性을 볼 수 있는 것> A. 단독의 ノ格으로 결합되는 타동사와 그 대상으로, 前項이 漢語인 것. B. 대상이 단독으로 있는것. C. 修飾節이나 接頭語·接尾語로부터의 영향이 없는것. D. 多重의 結びつき를 가지지 않는것. ② 後項이 和語인 단순 동사의 경우 <形態的な平行性을 볼 수 없는 것> A. 非能格自動詞와 그 主體의結びつき. B. 동사의 名詞化, 接頭語·接尾語, 및 ノ格의 유무에 의해서 의미 변화가 일어 나는것. <形態的な平行性을 볼 수 있는 것의 경향> A. 전체를 수식하는 修飾語, 및 後項을 수식하는 修飾語가 없는것. B. 前項·後項의 拍數의 합계가 5拍으로부터 7·8拍의 名詞修飾節이 ノ格의 삽입·생략이 하기 쉬운 경향에 있다. C. ダ계, ノ格 없음의 名詞修飾節은 ノ格을 삽입하기 쉽다. ノ格의 名詞修飾節과 복합어의 形態的な平行性을 충분히 설명할 수 없었던 부분을 해명하기 위해 향후 고찰 방법과 의미 변화, 동사 분류, 자료 수집 방법을 검토할 필요가 있다.

使役受身文に關する一考察 - 人間の人間による使役文(意志動詞)からなるもの-

산내윤자 ( Yamauchi Junko )
한국일어일문학회|일어일문학연구  61권 1호, 2007 pp. 197-214 ( 총 18 pages)
5,800
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使役受身文の基本的意味である<强い迷惑>は、使役主による使役主のための≪指令≫を、第三者である動作主が嫌嫌ながら行うところにあらわれる。本稿では、その基本的意味は『動作の利益性のありか』が『使役主』にあるときのものであり、そのありかが『動作主』に移ることによってずれが生じることを述べた。『動作の利益性のありか』が『使役主』から『動作主』に移ると、<强制>は、<ありがた迷惑>に移行する。そして、それぞれの否定文の文法的意味も變化を見せる。<强制>の否定は今回デ一タ不足により滿足に촉れられなかったが、<安堵>のようなものが推測される。また、<ありがた迷惑>の否定は、『使役主が動作主(通常自分)のためにさせるべきことがらが未遂である』ことに對する<不滿>をあらわすということを明らかにした。この分類は、<迷惑>の受け手が動作主であるか否か等により、再分類、または下位分類がありうるが、それらについては今後の課題としたい。また、それぞれの文法的意味をあらわす使役受身文には、どのような構文的特.が見られるかという点で、類型論における、동きかけの『間接性』と『直接性』という槪念を導入した。

"やる類"(やる,あげる,さしあげる)의 대우표현 - 메이지 언문일치기의 작품을 중심으로 -

양정순 ( Jung Soon Yang )
한국일어일문학회|일어일문학연구  61권 1호, 2007 pp. 215-233 ( 총 19 pages)
5,900
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現代日本語の授受動詞の``やる類``は、非敬語として``やる``と``あげる``、敬語として``さしあげる``があげられているが、授受動詞の待遇關係は時代を遡ると現代の待遇關係とは違うと思われる。本稿では言文一致期の『當世書生氣質』『浮雲』『夏木立』『多情多恨』の授受動詞の待遇關係について述べた。``受手``が目上である場合、1880年代の『當世書生氣質』では``さしあげる``より``やる``と``あげる``の尊敬型の表現が見られた。1880年代の『浮雲』では``さしあげる``, ``やる`` と``あげる``尊敬型の表現が見られた。1880年代の『夏木立』、1890年代の『多情多恨』では``さしあげる`` ``あげる``が見られたが、``やる``の尊敬型の表現が見られなかった。``受手``が對等關係である場合、『當世書生氣質』『浮雲』『夏木立』『多情多恨』では``やる``が使われた。``受手``が目下である場合、『當世書生氣質』『浮雲』『夏木立』『多情多恨』では共通的に``やる``が使われた。1890年代の『多情多恨』では受手が目下であっても、``あげる``の使用がよく見られた。``やる類``の``やる`` ``あげる``の敬意度は『當世書生氣質』『浮雲』より『多情多恨』のほうが低くなったのが分かった。``あげる``の敬意度が低くなり、``さしあげる``の使用は增えたのが分かった。

일한 번역의 번역투 고찰 - 텍스트 번역 실험 결과를 중심으로 -

오경순 ( Kyoung Soon Oh )
한국일어일문학회|일어일문학연구  61권 1호, 2007 pp. 235-258 ( 총 24 pages)
6,400
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本稿は飜譯スタイル(translationese)の槪念を槪觀し、日韓飜譯の過程で現われる飜譯スタイルの類型を實際の飜譯實驗の結果に沿って分類し、代案となる飜譯例を提示することで窮極的には飜譯能力の向上をはかるための一つの具體的な試みである。各被驗グル一プごとの日韓飜譯の飜譯スタイルの評價の結果、通譯飜譯大學院生グル一プと專門飜譯家グル一プにおいても、飜譯タイルの面では一般大學院生グル一プととりわけ差が見られなかった。これは比較的に生硬な飜譯の問題を、普段から三つの各グル一プはあまり意識しないで飜譯して來たという證據だと思われる。本稿では飜譯スタイルという用語を、原文の言語構造に影響されて直譯式として固まった、決まりきった不自然な外國語的な表現として定義した。飜譯スタイルは單純な間違いの次元ではなく、飜譯敎育の現場で活用できる立派な敎育資料であり、窮極的には飜譯能力の向上と實際の飜譯作業に寄與できる大事な敎育資料であるとも言える。各飜譯スタイルの成立の要因を把握し、それを自然な母語の文體に切り換えられる體系的な敎育方案が提示されれば、飜譯の敎育現場で『より滿足のいく飜譯』のための新しい方法論として作用するものと期待される。
6,100
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本硏究の目的は日本語能力の自己評價と各屬性との關系を分析したうえで、日本語能力における自己評價と日本語のコミュニケ一ション不安(以下CA)との關連性を考察し、自己評價に關連して生じるコミュニケ一ション不安を管理するために考慮すべき点を抽出することとする。韓國人大學生105名を對象に2006年3月末から4月初旬にかけて調査を行なった。その結果、論理性、正確に聞き取って簡潔に返答、發音·アクセント、終助詞、友だちことば、發話速度、重文·複文のテキストの型における自己評價とCAとの間に相關があることが明らかになり、これらの自己評價が低い場合に、CAが高いことが明らかになった。特に發話速度は社會經驗の無い者と日本滯在經驗の無い者の方が、有る者より自己評價が低く、有意差があることも明らかになった。發話速度と自己評價とCAの關連については、發話速度が遲いことが日本語能力の低い自己評價につながり、それが高いCAに關連することが示唆されたが、速度だけが速くなったとしてもそれが日本語能力に直結するわけではないことを適切に强調し指導する必要がある。また、テキストの型が單文レベルであると自己評價する學習者の場合には、重文·複文レベルのテキストの型におけるCAと自己評價について調べたうえで、CAを高めすぎないように注意しながら、テキストの型をできるだけ重文·複文レベルにまで引き上げるように指導する必要がある。

『名詞+デハナイカ』をめぐって

유경희 ( Kyoung Hee Ryu )
한국일어일문학회|일어일문학연구  61권 1호, 2007 pp. 281-297 ( 총 17 pages)
5,700
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『デハナイ』は名詞の否定形であり、それを疑問化した形である『デハナイカ』は形態的に普通``否定疑問文``として扱われる。しかし、實際使用において『デハナイカ』の形式がそのまま使われるケ一スは稀れであり、『じゃないか』『じゃない』『じゃん』等の形でよく表れる。勿論、イントネ一ションにおける變化も多樣であり、いわゆる``否定疑問文``としての機能を果たしているのかという点で、經驗的にその形式化(文法化)を讀み取ることができる。本稿は、『名詞+デハナイカ』が名詞述語文であること、否定辭『ナイ』を含んでいることに焦点をおき、述語名詞の特質、否定辭『ナイ』の役割を檢討しながら、『デハナイカ』の文法化を천ってみることをその目標とした。分析結果、次の二つの点が指摘できると思われる。1.述語名詞の意味的なタイプが『デハナイカ』の形式化に影響を及ぼす。2.否定辭『ナイ』は疑問化という情報構造上異質的な要素と隣接し、前に來る述語名詞(句)の意味と連動しながら『デハナイカ』の形式化を促す。

バの『行爲誘導機能』とナラとの關係性

정상미
한국일어일문학회|일어일문학연구  61권 1호, 2007 pp. 299-316 ( 총 18 pages)
5,800
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本稿では、『文脈』の中でのバおよびナラの機能を考察するとともに、ナラとバとの關係を考えてみることにより、これらの表現の效果的な指導方法に關する提案をした。バの『行爲誘導機能』の場合、聞き手、あるいは、話し手自身の何らかの行爲を導くための內容がバの前件に示されるが、ナラの場合は、ナラの前件にそのような동きかけの內容が表れることはなく、主に、後件の동きかけ內容の前提や根據が述べられる。そのため、『行爲誘導機能』として用いられるバは、ナラとの置き換えの可能性がないように思われる。ナラは、聞き手に何らかの行爲を起こしたり、理解を促したりするための話題や根據を提供する機能を持つことから、『行爲誘導機能』として동くバ文の前に位置し、その前提、あるいは、根據を示すことができる。これまでのバの機能分類に基づき、本稿では、機能の『文脈具體化』という槪念をもって、その指導方法を模索した。『文脈具體化』とは、川口(2003:57~70)で『特定の場面において『誰が·誰に向かって·何のために』表現をするかを記述してみること』と定義した『文脈化』をより詳細化した槪念であり、バが持つ多樣な機能を具體化された文脈とともに提示することによって、學習者の容易な表現習得を促そうとするのがバの『文脈具體化』である。各表現が持つ機能を理解させるためには、學習者がその文脈を明確に讀み取れるような用例提示や解說、練習などが伴われなければならないというのが本稿の立場であり、このような一連の過程を機能の『文脈具體化』とする。また、バが談話に用いられる際に동く機能は、一つだけではないが、またその多樣な機能がすべてバラバラではなく、當該の談話において、各機能は關連性をもってそれぞれの役割を果たしていることはこれまで述べてきた通りである。他の表現との關係性をも念頭において、そのような多樣な機能を段階的に導入していくのも『文脈具體化』の重要な內容である。すなわち、各表現が持つ機能を詳細に分析し、その分析結果に基づいて學習者の學習レベルに應じて一つ一つの機能を提示し、積み上げていく過程が機能の『文脈具體化』であり、このような『文脈具體化』によって學習者の談話運用への應用につながる表現指導が實現できると思われる。

日本語の自動詞文と中間自動詞文

천호재 ( Ho Jaee Cheon )
한국일어일문학회|일어일문학연구  61권 1호, 2007 pp. 317-340 ( 총 24 pages)
6,400
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本論文の目的は日本語に自動詞文(非能格自動詞文、非對格自動詞文)と形態·統語·相的に區別される中間自動詞文1と中間自動詞文2が存在することを主張することである。第2節では自動詞文と中間自動詞文の形態·統語·意味·相的特徵を比較することによって、日本語では中間自動詞文が自動詞文から區別されるべきであることを論じている。第3節では中間自動詞文1と中間自動詞文2の存在は形態部門が文法モデルの中で統語部門の後に位置するという擴散形態論の妥當性を保證する決定的な役割を果たすことを論じている。本硏究は中間自動詞文と擴散形態論との關係からうかがえるように、中間自動詞文をめぐって數多くの言語學的議論が可能となると期待している。

메이지기의 번역어 성립과 한국 수용에 관하여 -[개인(個人)]을 중심으로-

최경옥 ( Kyung Ok Choi )
한국일어일문학회|일어일문학연구  61권 1호, 2007 pp. 341-357 ( 총 17 pages)
5,700
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本稿は近代の西洋思想の基礎的な槪念である[個人]が明治期の日本で飜譯される過程と、それが韓國に受容される過程を當時の韓國·中國·日本の資料の用例を中心に考察したものである。飜譯語の[個人]の西洋の原語である"individual"は、日本で飜譯の初期には"獨り""一人"などで飜譯されていた。しかし、西歐語のindividualは、神に對する對應槪念、或はsocietyの對應槪念を表わしてしたので、思想の神髓を表わすのに明治期の以前から日本で使われていた單語を用いることは限界があった。そのなかで當時の新文明論者たちは、1870年代に入って中國側の對譯辭典でのindividualの飜譯法を參照して、[獨一個人]という飜譯語を造り出す。以後、1880年代には[獨一個人]から``獨``が拔けた[一個人]の形態が使われ、1890年代には[一個人]から``一``が拔けた[個人]の形態が使用されるようになる。このように、1890年代、日本で使用された飜譯語の[個人]が韓國に受容されたのは、これより約15-20年後の1900年代の初め頃である。主として日本の影響が高かった學部編纂の敎科書を通じて浸透した。[個人]が韓國で一般化したのは1910年代の初め頃である。

한국, 일본, 중국, 미국인의 신체언어에 관한 대조사회언어학적 연구

홍민표 ( Min Pyo Hong )
한국일어일문학회|일어일문학연구  61권 1호, 2007 pp. 359-382 ( 총 24 pages)
6,400
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本稿は韓國、中國、日本、アメリカの大學生1369人を對象に12個の指を使うジェスチャ一の意味と使用頻度を調べ、その結果を對照社會言語學的な立場で考察したものである。まず、國別にジェスチャ一の意味をみると、四ヶ國がすべて同樣の意味で使われるものは小指を結ぶジェスチャ一と親指と人指し指で丸を作るジェスチャ一の二つだけであり、殘り十個のジェスチャ一は國や言語別に少しずつ違う意味で使われることが確認された。特に、兩手の人指し指を頭に立てて角の形を作るジェスチャ一の場合、韓國と日本では『怒っている』、中國では『角のある動物(牛、羊など)』、アメリカでは『惡魔』の意味でそれぞれ使われており、右手の指先を曲げるジェスチャ一は韓國とアメリカでは『曲げている』、中國では『九(數字)』、日本では『泥棒』の意味で使われていることがわかった。一方、兩手の人指し指を交差させるジェスチャ一は韓國、日本、アメリカでは『ダメだ』、『中止』、『間違えた』などの意味で使われているが、中國では『中止』の意味と共に『十(數字)』の意味でも使われており、右手を上げて下に向けて親指以外の4本の指を2-3回輕く動かす動作は韓國、日本、中國では『おいで』の意味で使われているが、アメリカでは『さようなら』の意味で使われていることがわかった。ジェスチャ一の使用頻度の男女差をみると、韓國とアメリカは差が見られないが、中國と日本では男性より女性のほうがジェスチャ一を多く使うことがわかった。特に、日本の場合、女性が男性より壓倒的にジェスチャ一を多く使っていることが明らかになった。ジェスチャ一にみると、右手を上げて下に向けて親指以外の4本の指を2-3回輕く動かすジェスチャ一と兩手の人指し指を頭に立てて角の形を作るジェスチャ一は男性より女性のほうが多く使っており、人指し指の指先を曲げるジェスチャ一と小指を立てるジェスチャ一は男性が女性より多く使う傾向がある。今回の調査は12個のジェスチャ一に限って行ったので、四ヶ國のボディ一ランゲ一ジがすべて明らかになったわけではないが、われわれが常識的知っていたジェスチャ一の意味と使用頻度を國別に數字で表せたのと、それを根據に比較できたのは大きな意味があったのではないかと考えられる。
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