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Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 76권 2호 (2011)

日本文學,日本學 篇 : 橫光利一「機械」と朴泰遠「距離」の比較

강소영 ( So Young Kang )
한국일어일문학회|일어일문학연구  76권 2호, 2011 pp. 197-216 ( 총 20 pages)
6,000
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橫光利一「機械」と朴泰遠の「距離」は、語り手「私」を通じて、心理を描く方法を驅使することで、スタイルと內容をともに確保しようとした作品という共通点を持つ。朴泰遠は1930年から1年間の東京留學の時、同年9月に發表された「機械」の實驗的な文體に觸れ、1936年に發表した「距離」にその文體を活かした。內容面において、「距離」の<部屋>と「機械」の<暗室>という背景空間は、世の中の相對的價値を生み出す二面性を表す技巧として使われており、兩方とも人間存在の不安感を象徵していると見られる。「距離」は韓國の傳統的な儒敎價値觀が崩れ、物質が人間を支配し始める移植された近代都市ソウルのなかで、<距離>という象徵的な單語で表現された物質と人間關係との相對的力學を描いた。結束で外界に距離をおいた逆立ちする友人は神經衰弱にかかっており、「私」は友人を「憂鬱に見守っていた」。そこで人間關係での距離の必要性という「私」の姿勢は長く續かず、より開かれた心の疎通の可能性が暗示されている。一方、「機械」は人間の人格を描くのではなく、機械的力學關係のなかで振り回される相對的人間關係を描いている。「機械」は、語り手「私」を通じて人間心理を科學的に描く「芸術の科學化」を試みたが、その價値も相對的であり、結局結末で語り手は何もかもが判斷不能に陷る。朴泰遠の「距離」は、橫光から文體の影響は受けたものの、內容面では當時の植民地下の韓國的現實を反映している。彼の技法への關心と變革の試みは植民地時代の生に對する新たな認識を前提にしたものであった。
5,800
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本硏究は、宮澤賢治の「農民藝術槪論綱要」(以下、「綱要」)を中心にその構成內容、および特性を當時の「農民」一派とプロレ夕リア同盟者文學としての農民文學を踏まえながら求めた。宮澤賢治の「農民藝術槪論綱要」は1926年一月から三月にかけて、岩手?國民高等學校で行われた講演を元にしたものである。賢治は「綱要」の序論で振れているように彼の農民藝術論は世界全體が宰福になる道を探すための一つの試みであった。特に、賢治においてそれは岩手?の農民を對象に行われた。「綱要」において、重要なところは個人と全體の幸福は宇宙意志を心の中に持つことであって、それは、彼が信じていた法華經の大乘佛敎の思想に基づいている。又、賢治は四次元の芸術の産者として主體的な農民像を提示している。新しい農民である宇宙感情の地人は、「綱要」で求めている主體としての農民である。以上のまとめから、賢治の農民芸術論は、都市と二項對立として農村自治を唱えた「農民」一派とも、異なっている。しかし、農民文學の主體は農民であると主張したプロレタリア文學論者とは同じ視座ではあったが、彼らとも異なったところは、賢治の藝術論は無産者革命を圖るより、農民の生活をもっと明るく、生き生きとしたものにする生活においての藝術を唱えたのである。
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作品の冒頭、<地鳴り>とでも言える<魔が通りかかって山をやらしたかのような山の音>は主人公信吾にとって<お迎え>のように思われ、<死の宣告>として作品全體において死の蔭を漂わせる作用をすることとなる。死への恐怖は永生不滅への憧れと、また生きていることへの躍動的感覺の代表格とも言える性的欲求へと繫がっていく。作中、自然の生命力に絶え間なく視線を向けている信吾は、永生不滅に對する希求を念願していると取られ、又それと同時に信吾に性的欲望の渴望が自然物によって象徵的に表現されていると見える。信吾の「美への追求」の元である憧れの女性(妻保子の姉)の媒介者である嫁の菊子は次第にその役割から離れて行き、獨立的な女性として信吾の性的な欲望の對象となって行く。「山の音」において信吾の反倫理的、反社會的な背德の欲望は菊子と信吾の關係において一番著しく表われている。菊子は信吾の回春を誘導する役割を果たしており、それと同時に信吾の魔性(道德の打破と反倫理のような反社會的欲望)を呼び起こす對象でもあるのだ。しかし、現實世界では常に倫理の抑制が作用しているため、信吾の欲望を露わにできないまま、妻の保子などにより深層の底へと沈められてしまうのであった。?在意識の中に沈められた菊子に對する欲望は、理性の規制から自由である夢の世界によってその姿を現している。夢の世界では回春の欲求が高まり、「時間逆行」を完成させ若返り、ついに菊子の化身である處女の女性と肉體關係を結ぶことになる。「時間逆行」を果たし、若さを取り태した信吳は望みどおり、思想の女性である菊子を處女に變え欲望を達成しているのである。信吾は夢で菊子に自分の思想の子(蛇の卵)を産ませ、子孫の繁殖(一種の轉生)のように、夢の中で理想的な女性によって「本當の愛しい子」を殘すことで死の恐怖から解放され、死を克服することになる。しかし、信吾の魔性はあくまでも夢の中(非現實)でしか現れず、現實では理性が동き、踏み止まることで魔界は現實に具現化されていない。作中の「魔」のうち一回目の「魔が鳴らしていった山の音」での「魔」は回春への希求と性的欲望へと繫がるからして、<魔界>への進入を誘導している。二回目の「魔もの」は信吾の欲望を抑制させている。つまり、作品に出現する「魔」は統一性が足らず完全ではないことがわかった。以上により、「山の音」は本格的な<魔界小說>とするには多少不足しているが、現實世界での欲望を夢にまで送り出すという强い執着や、信吾の感情の搖れにおいて非現實世界と現實世界が絶えず影響を及ぼしあっていること、そして現實世界での「魔もの」の出現などからして、魔界の礎石を示した作品として位置づけることができるであろう。
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The suspension of the Korea-Japan conference was a burdensome incident to both countries. The Japanese Diet`s internal record on Dokdo is an important source that shows Japan`s responsive policies to Korea at that time. During the process of the Korea-Japan conference, oral arguments over the right of claim led to suspension of the conference. It took four years and six months to restsart the Korea-Japan conference, and during the suspension, The Japanese Diet discussed a variety of policies regarding the Korean peace line and Dokdo issue. There were strong voices claiming that Korea`s peace line issue should be solved by military power, and the Dokdo issue by the ICJ. The Korea-Japan conference suspension, however, was not the problem of only Korea and Japan, but also the problem of the U.S. which had deep interest relations in East Asian security issues within the Cold War system. Thus, the Japanese Diet`s policies toward Korea do not progress as planned, and the decreased importance of the Japanese Department of Foreign Affairs due to the discontinuity of Korea-Japan conference is on cause of this poor progress. As communication between Korea and Japan becomes difficult due to the cease of the conference, the Japanese Diet claims that Japan take the Dokdo issue to the ICJ and form a stronger claim over Dokdo sovereignty. This research paper is constituted of the following four chapters. The first chapter explains this research`s difference from previous ones and this research`s contribution to the academic field. The second chapter analyzed the Korea-Japan conference suspension and the Japanese Diet`s response, and the third chapter analyzes the Korean lighthouse establishment in Dokdo and the Japanese Diet`s response and limits. Finally, the fourth concluding chapter analyzes why Dokdo is Korea`s territory, and the limits of Korean Dokdo policies according to the Japanese Diet.

日本文學,日本學 篇 : 日本思想史學の方法と「宣長問題」

배관문 ( Kwan Mun Bae )
한국일어일문학회|일어일문학연구  76권 2호, 2011 pp. 271-291 ( 총 21 pages)
6,100
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本稿は、本居宣長が「皇國」至上主義の代表として、また近代において「日本」論の原型として利用されてきた、いわゆる「宣長問題」と呼ばれる問題を再考するものである彼は確かに「皇國」という語を自覺的に選擇し頻繁に使用した。しかし、彼が最初から「皇國」を用いたわけではなく、それは彼の大著「古事記傳」の段階において、すなわち「古事記」注釋の過程のなかで意識され始めたものと見られる。一般に、宣長の偏狹で信仰的な「皇國」主義と「古事記傳』における緻密な學問的態度とは矛盾するように峻別して評價されてきたが、そういった視点は宣長理解ないし宣長批判としても正確ではない。具體的には、宜長が自國をあらわす用語を「御國」から「皇國」へと書き替えたことに注目し、そして、そこにおいて荻生조徠の「皇和」という語の發見が前提になっていることを指摘した。よって、조徠の中華至上主義と宜長の「皇國」至上主義といった圖式的な理解は、いずれもあくまで現代の國家意識を持ち입んだ議論に過ぎないと批判することができる。論旨を展開するにあたって、順序としては逆のようだが、近代日本の代表的な宣長言說から論じ始めた。主に村岡典嗣と丸山眞男の宣長論に觸れたのは、第一に、兩者が日本思想史の構築という同時代の問題意識をもって、思想史學の方法論を宣長に求めた点、それ故に宣長の神話解釋に依據してしまった点を指摘するためであった。第二に、兩者により定說となった조徠學と宣長學の影響において、とりわけそれは歷史認識を規定する古文辭學の方法の側面であったが、實はそれ以上に、「皇國」という語の選擇をめぐっても深い關連が確認されるからであった。その点が他ならぬ조徠や宜長にとっての現代的な課題であったと考えられる。

일본문학(日本文學),일본학(日本學) 편(篇) : 「남자는 괴로워(男はつらいよ)」에 나타나는 여성 이미지

임찬수 ( Chan Soo Lim ) , 최중락 ( Joong Rak Choi )
한국일어일문학회|일어일문학연구  76권 2호, 2011 pp. 293-310 ( 총 18 pages)
5,800
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映畵<男はつらいよ>は當時の時代の姿を投映することは勿論であり、同時に一般大衆に映畵の中のイメ―ジを投射して日本人の考え方に大きな影響を與えた作品である。登場人物「さくら」と「マドンナ」という女性たちのイメ―ジは時代狀況の中で男性たちをもっとよい方向に導く役割を果たしている。もちろんこれはお母さんの投割とは完全に一致することではないが、女性と男性の平等を目指した社會狀況とは異なる女性の犧牲を强調している。特に映畵は繰り返されることによって觀客に自然にイデオロギ―を受け入れるような效果を果たす。男性は公的空間で汗を流しながら仕事に夢中になってお金を稼ぐ、また女性は私的空間である家庭の中で幸せをを搜すという家族主義的なイデオロギ―を見せてくれる。このような意味作用は觀客に「現代の神話」として동き掛けることになる。「現代の神話」を明らかにすることによって映畵の中のイメ―ジが觀客にどんな影響を與えるのかを判明することができる。
5,900
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今までの茶道硏究では、千利休に注目して、「侘び茶」は名物がない無一物の精神的なイメ―ジとして解釋されてきたが、本稿は「侘びの文」を通して、師紹鷗の侘數寄に對して考察した。紹鷗は當時上流階層が樂しんだ和歌·連歌の美意識を茶道に借用し、日本茶道の價値を設定した重要な人物である。「侘びの文」は利休へ宛てる敎訓として、侘びの定義·茶事の根源·侘びの構造や茶の湯の未來に對する懸念まで書かれていた。「侘び」の定義では正直と愼みを强調し、茶事には隱遁と閑居、ありのままもてなす自然さを言っている。そして、侘びの根本を日本信仰の神道から探そうとする日本的な意識を持っている。和歌の敎本である「詠歌大槪」の序文では、歌は古い形の中で、新しい作爲を持って作るように敎えているが、紹鷗はこの序文を自分なりに解釋し、茶道具に對する態度として、珍しい道具を求めず新しい道具も求めないように敎えている。紹鷗の「侘び」は、唐物所持の書院茶を味あわないと、對極にある草庵茶を設定できないので、もしかして贅澤で豊かな世界かもしれない。俗世から離れた隱遁が必要し、歌道や佛道に共通する心の姿勢が茶にも通じる。珠光が自慢は惡いですが、向上心は重要だと言っているのに比べて、紹鷗は世の中との距離を保ち、身分を控えて、珍しい物や新しい物も求めず有りのままに滿足しないといけないという知足を言っている。彼の茶風を例え、吉野山の滿開した春を過ぎて夏も越えた後、秋の夜空の月、その月光に映っている紅葉と似ているという。この表現は彼が死んだ時期と通じる。また紹鷗が目指した茶の湯の境地とは「枯れかしけ寒かれ」であったとされる。これは木が冬に向かってすべての葉っぱが落ち、枯れた物理的な狀態を表す。卽ち、悟りの境地、欲を捨てた姿を意味する。兩方とも華麗な經驗を經て、愼んでいる姿だと思われる。紹鷗の茶は唐物を大事にしながらも、名物を自慢して飾るのではなく、一品だけを飾る一品名品主義ではないかと思う。不幸に息子と?の間の資産紛爭のせいで、紹鷗は唯侘び茶の展開者として決められているのがもどかしい。彼はお茶に珠光の調和の精神を受け入れながらも、日本的な和物の强調や自己省察を探そうとした。
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本硏究は日本の韓日協定の批准國會における平和線をめぐる論議經過を分析して日本政府のいう通り‘李承晩ライン``が撤廢されたのかを考察したものである。まず、最近公開された韓日協定關連文書から檢討した結果、旣存の平和線の地位から讓步した部分はあるものの、平和線が撤廢されたわけではないことが明らかになった。第2に、日本政府が‘李承晩ライン``が撤廢されたという主張は事實ではなかった。ただし、韓國政府が平和線の內側に共同規制水域を決めて一定量の日本の漁業を認めたものであった。第3に、韓國政府が平和線は撤廢されなかったという主張は正當である。しかし從來の平和線の地位から多く謹步して旣存の地位を守らなかったことについては認めなければならない。第4に、韓國政府が從來の平和線の地位から讓步したのは、經濟支援という日本政府の政治的決斷によるものである。韓國政府は12カイリの專管水域を確保することによって最小限の權益確保として獨島の主權を守ったわけである。これは韓國の外交的失敗であろう。
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