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> 한국일어일문학회 > 일어일문학연구 > 33권 0호

모리 오가이 ( 삼구외 (森鷗外) )의 역사소설 - 『 아베 (阿部) 일족 (一族) 』 의 순사 (殉死)를 중심으로 -

A Study on the contradiction of the self-immolation shown Moriougai's historical novel

송현순(Hyun Soon Song)

- 발행기관 : 한국일어일문학회

- 발행년도 : 1998

- 간행물 : 일어일문학연구, 33권 0호

- 페이지 : pp.433-462 ( 총 30 페이지 )


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초록(외국어)
森鷗外の歷史小說は,「明治天皇」に殉死した「乃木大將」への感動によって, 封建社會における美しい君臣の關係を試みようとする意圖から始まっ ている. そのためか, 第一作の『興津彌五右衛門の遺書」では殉死とは美しいものと讚美するばかりであった. が, 第二作である『阿部一族」にいたっては, 作者の客觀的な目をむかせ,「殉死」とはそれをせざるを得ない狀況にまで追いつめられた結果として出たものの, その中にはいろんな葛藤が潛在していると暴露している. それを明らかにするために, 『阿部一族』に設定したのが「殉死の정」である. すなわち, 殉死とは自分かってにするものではなく, 必ず主君の許可がなくてはいけないという「主君許可制」である. 『阿部一族』の悲劇は, この殉死の主君許可制から始まっているといっても過言ではない. 主君の後を追って殉死するにも主君の許可が必要で, それがないのに死んだら, それは犬死である. 武士は名聞を大事にするから犬死はしない. 武士としては殉死の許可を得るしかないわけである. しかし, 本來美しい忠誠から出るはずの殉死が「主君許可制」によるものであるなら, そこにはすでに純粹さがあり得ない. ということで, 本稿では殉死を許す主君側と殉死を許してもらう家來側の對立構造に焦点を合わせ, なぜ彌一右衛門のみ「犬死」になるのかを考察してみた. いくらかたい信賴と忠誠とに結ばれたとしても, 人間である限り, 嚴しい封建社會セの身分體制では一方的に破れやすいものが君臣關係であったのである. それから, 長十郎の心理分析を通して, 殉死が必ずしも自然の「報謝と賠償」として行われたのではないという殉死の實相を考察してみた. おそらく, 鷗外は「主君許可制」を通して, 殉死の實相を明らかにすることによって, 武士社會における構造的矛盾をあばき出したかったのであろう, だから, 鷗外の歷史小說の意味は歷史の奧に隱されている「眞實」を描き出したことにあるわけである.

논문정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 발행기관 : 한국일어일문학회
  • - 간행물 : 일어일문학연구, 33권 0호
  • - 발행년도 : 1998
  • - 페이지 : pp.433-462 ( 총 30 페이지 )
  • - UCI(KEPA) : I410-ECN-0102-2009-730-006473648
저널정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기 : 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 수록범위 : 1979–2022
  • - 수록 논문수 : 3241