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> 한국일본어교육학회 > 일본어교육 > 27권 0호

개천문학에 있어서의 변용 -『東洋の秋』를 중심으로-

Transfiguration in the Akutawa`s literature-foucused on "Toyonoaki"

김명주 ( Kim Myeong Ju )

- 발행기관 : 한국일본어교육학회

- 발행년도 : 2004

- 간행물 : 일본어교육, 27권 0호

- 페이지 : pp.183-204 ( 총 22 페이지 )


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논문제목
초록(외국어)
本稿は芥川文學の變容を「東洋の秋」を對象にしてその當爲と共に考察したものである。大正9年4月「沼」と倂載され、同じく大正7年3月という日付が施されながらも、思想的基調において二作が全く異質的な樣相を見せるということを手掛かりにしている。 まず、自筆原稿からすると發表日である大正9年頃のものと字體が多いに類似しており、それに草稿とされる「寒山拾得」も大正8年頃のものと見なされ、その時期的な開きが問われる。 文體的な面からは、中期への確かな轉換を示ずものとされる、大正8年5月に發表された「蜜柑」と對照していく。それらには「云ひやうのない疲勞と倦怠」という表現がほぼ同じ形で示されており、それから、「賣文生活」という語も見える。それから感動の場面の系譜に入れて考えると、それらの表現がほぼ類似しており、また感動の對象、程度なども等質のものに見え、少なくとも大正8年以後のものに見合うものと推定する。 思想的な面においては、「寒山拾得」と對照しながら、漱石により始まった東洋藝術への進展とこれまでの西歐文學への懷疑という藝術觀の根本的な變化を描出したものと見なす。 それから<秋>という李節感に注目し、同じ時期に發表された「秋」や「舞踏會」などを拳げつつ、それが東洋的諦觀の境地を效果的に完成するためのモチ-フと見なす。 最後に日付謎に迫リ、ではなぜ大正7年と記したのかという疑問を示す。これについてはまず森鷗外との關係を問う。鷗外は大正5年「寒山拾得」という作品を出していうからである。そこで鷗外に對する心境の變化を徐??タに追っていき、それが<歷史小說>や<歷史物>と呼ばれる二人の作家の器量の差だけでなく、芥川自らの根本的な文學的變容に起因するものとしながらも、大正8年頃の、ある事件に注目し、その以後二人の間に變化が生じたと見定める。それに日付の記された大正11年の『沙羅の花』の出版とほぼ同じ時期に鷗外が死んでおり、そういう中で日付は決められていったと推察する。つまり、鷗外との關連性を突き放す形で、己の文學的原点とその營爲を師の漱石に起因させようとする芥川の意志の表れが日付ではなかろうかと結論付けるには至らず、心底は謎のままにしてあかなければならない。

논문정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 발행기관 : 한국일본어교육학회
  • - 간행물 : 일본어교육, 27권 0호
  • - 발행년도 : 2004
  • - 페이지 : pp.183-204 ( 총 22 페이지 )
  • - UCI(KEPA) : I410-ECN-0102-2009-730-002394382
저널정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기 : 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 수록범위 : 1985–2021
  • - 수록 논문수 : 1232