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> 한국일본어교육학회 > 일본어교육 > 39권 0호

아쿠타가와와 이상문학에 나타난 기독교적 양상

김명주

- 발행기관 : 한국일본어교육학회

- 발행년도 : 2007

- 간행물 : 일본어교육, 39권 0호

- 페이지 : pp.117-138 ( 총 22 페이지 )


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논문제목
초록(한국어)
芥川文學と李箱文學には、キリスト敎的イメ-ジにおいても、多いに類似性が認められる。そこで、本稿では<クリスト><マリア><宗敎性>という三つの項目に分け、その內實を確かめてみた。まず、<クリスト>において、李箱文學のクリストのイメ-ジは斷片的で詩的象徵性に滿ちており、意味自體は果たして難解である。ところが、芥川のクリストは救い主としての全人的な面貌をある程度備えており、兩者はイメ-ジ上果たして異質的といえる。しかしながら、兩方とも、捨て子及び養子體驗に基づいた、養父や實父との關わりからく る、ある種の同質性を示していることも分かる。 <マリア>においても、李箱の場合はグロテスクで歪んだイメ-ジの羅列に止まっており、反面、芥川の場合は、悲しい母性の美しさに槪して焦点を當てており、表面からしてはそれほど呼應することはない。が、そこには、兩者とも各各における實母の體驗が、逆說的に、違う形をもって示されているものと推察される。 次の<宗敎性>においては、兩方とも無神論者ではあるものの、神に對する畏怖や輕視の念が入れ混じった形で示される。 こうして、全體的な樣相からいうと、兩者は果たして異質な形を示しているものの、その內實においては、照應するところがあり、特に云記的な事柄をもって深いつながりを見せていることが分かる。しかし、芥川文學は全人的なクリスト、マリア像を描き、ある程度思想的な展開を示しているのに對して、李箱の場合は、斷片的で、修辭的な裝置に過ぎないというのも指摘しておかなければならないのであろう。つまり、李箱文學におい て、芥川文學に認められる全人的な形を示すまでには、少し時間を待たなければならなかったのであった。

논문정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 발행기관 : 한국일본어교육학회
  • - 간행물 : 일본어교육, 39권 0호
  • - 발행년도 : 2007
  • - 페이지 : pp.117-138 ( 총 22 페이지 )
  • - UCI(KEPA) : I410-ECN-0102-2008-730-002568802
저널정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기 : 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 수록범위 : 1985–2021
  • - 수록 논문수 : 1232