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> 한국일본어교육학회 > 일본어교육 > 42권 0호

한일(韓日) 여류(女流) 일기 문학의 자전적(自傳的) 성격 -청령일기(日記)와 한중록(閑中錄)을 중심으로-

박윤호

- 발행기관 : 한국일본어교육학회

- 발행년도 : 2007

- 간행물 : 일본어교육, 42권 0호

- 페이지 : pp.127-149 ( 총 23 페이지 )


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초록(외국어)
청령日記と閑中錄、自分しか經驗しなかった數奇な運命を基盤で、自己告白的でありながら內面の心理描寫を付け加えた獨創的な技法の創作物という共通点を持っている。二つの女流文學の時代的背景も非常に似ている。청령日記の場合、假名が共用文字で漢字の代わりをして實質的に日本の國字で地位を獲得して普及された貴族社會で、女性の眩しい進出を背景にしている。閑中錄もハングルの普及壬辰倭亂·丙子胡亂が引き起こした朝鮮朝後期の社會的精神的な變革が持って來た結果物であった。朝鮮後期の個人の意識が發達してこれを表出する欲求も强まって頭をもたげ始めた個人、特に女性の自覺が、日記紀行文學類を産出するようになった背景である。本論文では類似の背景と特徵を持った朝鮮朝實記文學と平安朝日記文學の樣式論的な特性を考察しようとした。平安朝女流日記文學の嚆矢に知られた청령日記と朝鮮朝後期の自敍傳的な回顧錄と知られた閑中錄の特性把握に限定して、二つの作品が持ったジャンル的な性格を抽出しようとした。以上の考察によって、청령日記と閑中錄に代表される平安朝と朝鮮朝の女流文學の本質を追い求めることと同時に、日記文學ないし實記文學を理解する一つの時点にしようとした。청령日記と閑中錄は、日本と韓國文學の中で西歐の自敍傳の槪念に一番近接した最初の作品であることに間違いない。청령日記の序文で作者は、僞りの多い古物語に對してそういう僞りを排除して謙遜を內包した平凡な身上の眞實を書くという点に相當な自負心を持っている。新文學の創始の意志が作者の心中にあったのに間違いない。また、作品公表の意志が强かったことも分かる。一方、閑中錄は청량日記のような直接的な執筆意圖は見えない。宮廷の法道である洗草によって殘っていない自分の手迹を、甥の請いによって追慕之痛の恨を書いて子孫に傳えてもらうことだけを書いている。しかし、閑中錄も一生の問積もって來た作品執筆の意志と子孫に傳える自分の手迹に對する自負心が確實に感じられる。洗草と言うのは元元朝鮮歷代の王の實錄編纂が完成されてからはその草稿として使って原稿を水で洗って墨で使った內容を消してつぶしてしまうことを言う。ここでは世子嬪に實家安否のような私的な內容の文を殘さないという士丈夫家の法道として定着されたことが分かる。このような洗草という內容でみると、世子嬪の位置で個人的な文を殘すこと自體が正しい事ではなかった。また小學を中心にした傳統的な敎養授業でも女として文を書いて傳えることを禁忌した。それに女として守る道德律が嚴格な儒敎社會で悲劇的な家族史に對して記錄するということは類例のない創作的で挑戰的な試みだった。一般讀者を意識した執筆ではなくて、もちろん嫁女である嘉順宮(正祖の嬪)に極秘裡に任せながら後日純祖に傳えようとする意圖だったが、自分の生の敍述に前提される韓國傳統社會の慣習的な制約を乘り越えて執筆が成り立ったのである。この点には閑中錄も、西歐の自傳及び日本の日記文學が獲得した獨自的なジャンルの先驅け的な役目を成した作品である。청령日記と閑中錄は、西歐の自傳契約に基づかないとしても、自分の生の軌跡を中心にした人性の歷史を、回想的な手法によって書いた意圖的で創作的な書き입みの結果物である。

논문정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 발행기관 : 한국일본어교육학회
  • - 간행물 : 일본어교육, 42권 0호
  • - 발행년도 : 2007
  • - 페이지 : pp.127-149 ( 총 23 페이지 )
  • - UCI(KEPA) : I410-ECN-0102-2009-730-008446414
저널정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기 : 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 수록범위 : 1985–2021
  • - 수록 논문수 : 1232