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> 한국일본어교육학회 > 일본어교육 > 44권 0호

지카마쓰의 세와모노에 나타난 가족애(家族愛) -<부성애>를 중심으로-

로현미

- 발행기관 : 한국일본어교육학회

- 발행년도 : 2008

- 간행물 : 일본어교육, 44권 0호

- 페이지 : pp.51-65 ( 총 15 페이지 )


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논문제목
초록(외국어)
今まで近松が世話物の中で片父,、片母、養父、養母という趣向をどの程度まで意識しながら設定したのかはわからないが、世話物の悲劇性の核心を極大化するのには十分な要素だと思う。また、近松はどうして父親が善人で、母親が惡人という設定で描寫したのだろうか?近松はどうして嚴父慈母という設定で描寫しなかったのだろうか?先行硏究ではその根處が明らかでなく、本硏究ではこの点に着目して考察を行う。まず始めに‘嚴父慈母という趣向’はきわめて常套的ながら儀禮的で、常識的なのでこの常識を覆すような設定で讀者あるいは觀客の反應を察しようとしたのではないか。二つ目に‘嚴父慈母という趣向でない’題材こそ近松の近代性が感じられる部分ではないか。すなわち、封建時代は頑固な父親と慈愛の母親が一般的で、特に武士の場合は家族の安慰よりも主君の安慰が優先視されて、いつでも家族の首が切られる狀況だった。町家の主人や奉公人達も一分を最優先視され、その一分が廢った時は心中したりした。このような實生活での‘嚴父慈母’の姿を近松は作品の中で優しくて慈愛の父親として再創造して母性の欠落を埋めようとしたのではないか。この点こそ近松の近代性が感じられる部分であり、またこういう近代的な題材は近松の父性愛という名で再誕生したとも言えよう。三つ目に河竹繁俊によると近松は幼い時から惠まれていない家庭環境で育ったので子供達に特別な愛情があり、やさしくて慈愛深い近松自分自身の投影だと思われる。つまり、近松の世話物で見られる父性愛は二つの類型で、そこには二つとも盲目的な愛がその根幹になっており、一見子供には冷靜で、頑固のように見えるが、內面的な愛情をもった父性愛的類型と纖細で思いやりがあって優しい父性愛的類型で分けて見ることができた。

논문정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 발행기관 : 한국일본어교육학회
  • - 간행물 : 일본어교육, 44권 0호
  • - 발행년도 : 2008
  • - 페이지 : pp.51-65 ( 총 15 페이지 )
  • - UCI(KEPA) : I410-ECN-0102-2009-730-008446272
저널정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기 : 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 수록범위 : 1985–2021
  • - 수록 논문수 : 1232