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> 한국일본어교육학회 > 일본어교육 > 44권 0호

일본 근대문학에 나타난 조선인식

윤명로

- 발행기관 : 한국일본어교육학회

- 발행년도 : 2008

- 간행물 : 일본어교육, 44권 0호

- 페이지 : pp.67-87 ( 총 21 페이지 )


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초록(외국어)
日本近代文學史上幾多の對朝鮮認識が見られるが、特に 森鷗外、夏目漱石、石川啄木、宮澤賢治における生存時代狀況と個人的趣向とがいかに朝鮮認識に影響したか、作品を通して比較檢討した論文である。森鷗外は卓越した知性で、日淸·日露戰爭中、朝鮮を直接?驗した軍人として彼の朝鮮人像を軍事、實務の立場で彼の從軍日記に書き殘した。知識人として世界史的意味から朝鮮の現實を把握していたが、過激な政治論理は排除し、客觀的立場にいた。彼は歷史小說という新しい分野への開拓をし、多くの資料を參考にした朝鮮と關連がある小說「佐橋甚五郞」もある。夏目漱石も當代の知識人として滿州、朝鮮を旅行をしながら、山野と民俗そして高麗磁器など、文化遺産に接しながら、文化的朝鮮觀の持ち主であった。日本の急進的西洋化には批判的であった彼が、比較的冷靜な態度から朝鮮をみているが、朝鮮での日本人高利貸しには顔をしかめたりする。その一方、朝鮮侵略の現場に立っていた日本人の積極性、經營能力、節制ある生活など、高く評價する一般の日本人と同じ姿勢を見せている。石川啄木の短歌「地圖の上 朝鮮國に くろぐろと 墨をぬりつつ 秋風を聽く」はあきらかに日本の朝鮮侵略を批判する歌と受け取られる。ところが、これに先立つ伊藤博文のハルビン驛暗殺事件については「誰ぞ我に ピストルにても 擊てよかし 伊藤の如く 死にて見せなむ」という伊藤の英雄的な死に對する追慕の歌を殘している。この二つの短歌の?む二律背反性は日本人の民族的特性、すなわち矛盾した思考方式にも見える啄木は異鄕を彷徨しながら、生活は貧困、社會主義への憧れ、特に大逆事件は彼を現實改造に專念するようしむけた。啄木の朝鮮觀は現實的で、政治的であったと思われる。一般に明治の作家は國家と個人が常に彼らの念頭にあったことが森鷗外、夏目漱石、石川啄木にも例外ではなったことがわかる。大正の作家宮澤賢治は1929年作と推測する口語詩「鮮人鼓して過ぐ」を發表し、次いで文語詩「鼓者」、さらに「いたつきてゆめみなやみし」に改作された。病床の身の賢治は一列の軍隊(朝鮮農樂隊)への關心を表明した。生まれつきの同情心、正義感、法華經精神による人間平等の思想、博愛精神がこれらの詩に迂められている。つまり、賢治の朝鮮觀は同情的、文化芸術的である。以上、部分的に四人の作家の例をあげたが、果たしてすべての日本人作家に擴大しても良いか。筆者はこれを肯定的に理解する。文人達の朝鮮認識それは一般の日本人のそれとほぼ同一だと思われる。

논문정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 발행기관 : 한국일본어교육학회
  • - 간행물 : 일본어교육, 44권 0호
  • - 발행년도 : 2008
  • - 페이지 : pp.67-87 ( 총 21 페이지 )
  • - UCI(KEPA) : I410-ECN-0102-2009-730-008446838
저널정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기 : 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 수록범위 : 1985–2021
  • - 수록 논문수 : 1232