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> 한국일본어교육학회 > 일본어교육 > 67권 0호

『마음』 에 나타난 「선생(先生)」의 윤리성과 「사(私)」의 위치

김광수

- 발행기관 : 한국일본어교육학회

- 발행년도 : 2014

- 간행물 : 일본어교육, 67권 0호

- 페이지 : pp.103-119 ( 총 17 페이지 )


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초록(외국어)
近代科學の生んだ自己肯定的な知識人の典型的な姿を描いた行人の後に發表された『こころ』(1914)は自意識の强い近代知識人の自己否定への過程を先生という主人公を通して見せてくれた夏目漱石の代表作である。信じていた叔父から騙されて深刻な他人不信の中に閉じ入められていた先生は、親友のKの自殺をきっかけにして自分も利己的で醜い叔父と同じ人間であるという自己不信の沼に落ち入んでしまう。こういう生き方は時の流れと共に人間全體への不信となる。西洋のように絶對者への信仰をもっていない日本人にとって自殺は罪でなく、自分の罪の淨化であり、自らを納得させる贖罪の有效な方法である。先生のような自己不信は存在論的懷疑になりやすいので、生きていくのが死ぬことよりもっと脅威的な狀況のなかで、自己慰勞能力の欠如していた彼の自殺は必然的結果であり、唯一の解決策であった。遺書を私に殘して自殺した彼において私という存在こそ自殺の意味であった。言ってみれば自分の生の痕跡を若い私の頭のなかに殘せるという確信をもって自殺が斷行できたのである。私は先生の自殺の前提條件であって、彼の希望でもあった。したがって、「私はこの作品の中で先生と對等な位置を占めている存在といえる。先生は自ら倫理性の强い人だと信じて、またその故自殺もしたと評者からも言われているが, 叔父とKとの關係、「私」への接近、自殺などで見せてくれた彼の行動と判斷は一般的に解釋されている倫理的な生き方でなく、自意識の强い近代知識人のエゴイズムが生んだ自己否定の不幸な生であったと言えよう。

논문정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 발행기관 : 한국일본어교육학회
  • - 간행물 : 일본어교육, 67권 0호
  • - 발행년도 : 2014
  • - 페이지 : pp.103-119 ( 총 17 페이지 )
  • - UCI(KEPA) : I410-ECN-0102-2015-700-000617247
저널정보
  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기 : 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 수록범위 : 1985–2021
  • - 수록 논문수 : 1232