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Journal of Japanese Language Education Association


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 26권 0호 (2003)

특별기고 : 학습용 사전에 대하여 (일본어)

옥촌문랑 ( Og Chon Mun Lang )
4,500
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특별기고 : 학습용 사전에 대하여 (한국어)

타마무라후미오 ( Tamamura Humio )
4,500
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초급학습자를 위한 문법지도 방법

윤강구 ( Yun Gang Gu )
한국일본어교육학회|일본어교육  26권 0호, 2003 pp. 15-40 ( 총 26 pages)
6,600
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本稿は、有暢性開發のための文法指導方法を提示することが目的である。目的を達成するためには、次のような指導方法が有效である。 (1)注目させる活動 これは文法要素を見つける過程である。學習者が文法要素を見出すということは意味があることなので、出きれば目に付かせるようにする。文法的な特徵がよく現れる時、學習者が理解できる形態で表現される時、よく學習者の目につきやすい。つまり、注目させる活動は、文法要素を學習者にはっきりと認識させる活動であると言える。 (2)意識起こし(consciousness-raising) 學習者の文法的な特徵いを見つける方法には、意味起こしがある。この活動は、學習者に新しい文法的な特徵は注目させないが、學習者が自ら文法を見つけることができる。つまり、この方法では文法要素を明示的に與えなくても學習者に自ら學習する文法を發見させるようにする。注目させる活動では學習すべき文法を明示的に提示したが、この活動では明示的に提示せずに、學習すべき內容を出來事として扱って提示する。出來事を解決するうち、そこに文法的な要素が關與するということが分かる。 (3)構造化する活動 「注目させる活動」では、文法規則を發見するだけすぎない。文法を言語生活に利用するためには頭に一つの記憶として貯藏しなければならない。このために、ある決まった作業が必要であるが、それが「構造化する活動」である。發話は語彙と文法で構成されているが、初步學習者の場合、彼らが明確に文法要素を理解して使わなかったため、使われた文法は不正確であろう。明確に理解して使うためには定型化された練習が必要である。 (4)狀況に合わせて構成する活動 文法を會話や文で利用するためには單に文法知識は意味がない。文法知識が直ちにコミュニケ-ションに繫がるわけではないからである。文法をコミュニケ-ションで活用するためにはそれがどんな狀況で使われるかを理解しなければならない。つまり、文法が意味を持つためには實際の應用過程を經なければならない。その練習が文法を持って狀況に合わせて文を構成させる活動である。

일본어 교사에 있어서 일본문화교육의 인식에 관한 고찰

장용걸 ( Jang Yong Geol )
한국일본어교육학회|일본어교육  26권 0호, 2003 pp. 41-62 ( 총 22 pages)
6,200
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この硏究は日本の敎師が日本文化敎育についていかに認識しているのであろうか、ということに關して敎師を對象にして調査分析したものである。 國際化が90年代から韓國の社會でも大きな力を持つようになり始めた。日本の文化も徐??に顔を韓國の社會に出すようになったわけである。反日が韓國人のアデンテイテイを支えてくれる丈夫な柱であった雰圍氣を考sると、日本文化が韓國の社會に受け入れられることは奇跡であろう。とにかく、1990年代から日本の文化が受容され、それとともに1994年度からは日本の大衆文化が本格的に入ってくるようになったのである。その結果現在は韓國の靑少年たちの生活から日本の大衆文化の陰を消すことはできないだろう。このような現實のなかで韓國の靑少年たちに日本語の授業を擔當している日本語の敎師たちは果たしてどのように彼らに日本の文化を傳えるし、自分自身もどのくらいの知識を身につけたか、また日本の文化にどのように認識しているのであろうか。ということについて調査分析を通して次のような点を明確にすることができたのである。 日本語の敎育の目的は日本語を學生に敎えることが全部であると考えてきたわけである。しかし、今回の調査を通して以外に日本語の敎師の役割は日本の文化を學生たちに理解させることと、國際化に積極的に適應することが大きな割合を占めている。敎育の現場で日本語の敎師は日本語の敎育の目的が日本語を敎えることではなく、日本の文化を傳えることであることをはっきり證明したと言わざる得ないだろう。これかれは日本語の敎育のなかで日本語が全部だという認識はその姿を消すことになるだろう。それはやはり日本語の敎師が自分達の役割に對する認識の轉換と繫がると考えられる。 日本の文化に對してどのように認識しているが、という質問に對する答えは大衆文化、生活、禮儀文化の順である。以外に傳統文化への關心は低かった。そして日本の文化の受容しにしても、日本の大衆文化が日本語の敎育に有?であるえと認めらがらも、大衆文化を授業で利用するのはとても低かった。それよりは生活習慣、社會全般の順である。これは敎科書の內容が日本の大衆文化よりは生活とか社會あるいは傳統文化をおもに扱っているからである。また日本語の敎師の關心が大衆文化よりは日本人の生活、社會に傾いていることを意味するのである。たぶん日本語の敎師が大衆文化に對して肯定的な考えを持っていないと言えるだろう。たとえ、日本の大衆文化を受容するのは自然なことであるが、敎育を通して正しく受容するようにしなければならないという考えを持っていることである。從って、敎育現場での日本語の敎師は學生が日本の大衆文化に强い關心を持っているから仕方なく自分達もそれについて意識はしているが、實際授業のなかでは日本の大衆文化よりは社會、生活習慣などを利用していると言えるだろう。 日本語の敎師が日本の文化を習得する經路は日本での現地體驗という人が大部分で、これは現地體驗こそ日本に關する情報を得るのに一番有益なことであることを認めているというのである。しかし、實際には本を通して情報を得ているという矛盾が見えてくる。それこそ現在日本語の敎育の嚴しい現實を代弁してくれることであろう。 日本の文化に關する知識の場合は自ら努力が必要だと率直に認めている。そして何が不足なのかという質問にアニメと靑少年たちの文化であると答えた人が割合高かった。 授業の內容の場合は、日本の文化を授業の敎材に使用するのは必要と認めながらも、實際の授業では大きな意味を持っていなかった。日本の文化に關する報告書か課題を提出させたことがあまりないし、アニメと漫畵を利用した比率も低い。また日本文化敎育の目的は文化を傳えるよりは、日本語の授業に學生たちの興味あるいは關心を集中させるための道具として認識している。 以上のように、高校の現場で活躍している日本語の敎師において日本文化敎育に對する認識は理想と現實の兩極的な面を見せている。理想的な面からみると、日本文化敎育の目的がり文化の理解であるが、むしろ授業の興味とか關心を引くためがもっと重要であり、現在問題になっている日本の大衆文化に對する關心と敎育への活用は認めながらも、知識の面と授業の面では實踐されていないという事がわかったのである。

제7차 교육과정 고등학교 일본어 교과서 사용한자 실태조사 연구

이하자 ( Lee Ha Ja ) , 김경섭 ( Kim Gyeong Seob )
한국일본어교육학회|일본어교육  26권 0호, 2003 pp. 63-87 ( 총 25 pages)
6,500
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本硏究は第7次敎育課程高等學校日本語敎科書(『日本語Ⅰ·Ⅱ』全6種類)に使用される漢字の頻度を調査·分析し、6種類の日本語敎科書で共通に使われている漢字の特性を明らかにするとともに、敎科書の漢字の累積使用率が80%以上の漢字についてはその使用間隔を調査し、使用間隔が規則的でない漢字の場合、敎師は學習者にどのような指導をしなければならないかという問題も考察した。 硏究對象は、現行第7次敎育課程高等學校日本語敎科書である『日本語Ⅰ』,『日本語Ⅱ』を發刊(2003年7月1日規準)した出版社、6社の敎科書に使われる漢字とした。 硏究方法は次の5段階に依る。 1. 6種類の敎科書の、附錄を除く全ベ-ジの文字を調査原則にのっとり入力する。 (調査原則は[表2]參照) 2. 入力した內容を秀丸とリナックスによって處理する。 (コ-パスを構築し、自然語處理する) 3. 1字を1行として扱い、文字と漢字を抽出する。 4. リナックスでコマンドを利用し、同じ漢字の合計を出し、ソ-トし表を作成する。 5. エクセルで必要な數値を算出する。 硏究結果は以下の通りである。 1. 6種類の敎科書『日本語Ⅰ·Ⅱ』に使用されている漢字數(異なり字數)は704字であり、この704字を、韓國の表記用漢字と中學校漢文敎育用基礎漢字·高等學校漢文敎育用基礎漢字、日本の常用漢字と敎育用漢字に照合した結果、使用比率は次のようになった。 ◁표 삽입▷(원문을 참조하세요) 從って、使用漢字數からもると、常用漢字、敎育用漢字、表記用漢字、中學校漢文敎育用基礎漢字、高等學校漢文敎育用基礎漢字の順に使われており、高等學校日本語敎育においては日本の常用漢字が重要視されていると言える。 2. 敎科書の使用漢字頻度は各敎科書間の「總使用漢字數」(述べ字數)の最多、最小の差と、「個別使用漢字數」(異なり字數)の最多、最小の差も非常に大きい。これは各敎科書の構成內容の問題でもあるが、敎科書によっては、漢字よりも?名の占める率が非常に高いということがわかる。 現在日本語學習者にとって、情報化という時代の趨勢に從い、文字を書くよりも、讀む、またはタイプする學習の機會が多くなっているため、漢字を讀む力が重要となっている。したがって、敎育人的資源部が第7次敎育課程高等學校日本語敎科書に表記するよう制定した表記用漢字733字の全てを敎科書に提示し、學習者がより多くの漢字に解れられるよう配慮する必要がある。 3. 各敎科書に共通に使われている漢字は基本的な漢字であり、學習の重要度が高い漢字である。學習者がこれらの共通漢字216字を習得すれば第7次敎育課程高等學校日本語敎科書の漢字の80%程度は理解できることになる。また累積使用率80%に共通漢字が137字含まれていることからみてもこれらの漢字の重要度が伺われる。 特定の敎科書のみに使われている次のような漢字は表記用漢字、漢文敎育用基礎漢字と日本の常用漢字、敎育用漢字のいずれにも含まれ、よく使われる漢字である。このような漢字は全ての敎科書で使用し、表記用漢字として提示すべきである。 出版社     漢字 ブレックバックス 宮、品、絲、星 天才敎育社 才、愛、命、里 大韓敎科書 和、牛、制、果、馬 敎學社 科、現 志學社 個、苦、魚 進明出版社 毛、丸、門、法 4. 恪敎科書で共通に使われる漢字の中で「韓」(6種類の敎科書で291回使用。)は敎育人的資源部による高等學校日本語敎科書表記用漢字に認定されていない。「韓」は中學校漢文敎育用基礎漢字にも含まれており、高等學校敎科書表記用漢字にぜひ含むべき漢字である。また表記用漢字に屬さない漢字のうち、「畵」(5種類の敎科書で67回使用。)と「閉」(5種類の敎科書で12回使用。)はともに中學校漢文敎育用基礎漢字、日本の常用漢字、敎育用漢字に含まれるので、これらも高等學校日本語敎科書表記用漢字に採擇することが望ましい。 5. 各敎科書の使用漢字の頻度、使用率および累積使用率を調査分析した結果から、累積使用率80%に該當する漢字については、それぞれの使用間隔を把握した上で指導するよう提案した。敎科書での使用間隔が規則的でない漢字は、學習者に例文を通して適宜反復指導する必要があるからである。(漢字の使用間隔の類型による指導要領を適用)

일본어 교육을 위한 기본 어휘 연구 -기본 어휘 선정 기준과 외래어

송호 ( Song Ho )
한국일본어교육학회|일본어교육  26권 0호, 2003 pp. 89-103 ( 총 15 pages)
5,500
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本稿は韓國人のための日本語敎育の基本語彙の選定の方法についての一つの硏究である。日本語の語彙についての硏究方法は樣??である。最近の語彙硏究の流れはコンピュ-タ-の活用術と伴って行くようである。コンピュ-タ-は語彙硏究にあたって必要な語彙使用實態調査を簡單にできるようサポ-タになっている。さらにこのような影響で語彙使用實態調査のために必要な語彙調査資料もどんどん多量になっていく。そういうことで本稿でも自作の「每日新聞社說」と「朝鮮日報社說」を對象に調査を行う。 朝鮮日報社說と每日新聞社說のコ-パスの明細 ◁표 삽입▷(원문을 참조하세요) また、形態素解析プログラムは奈良先端大學大學院の「ChaSen2.3.3」と「IPADIC2.7.0」を用いた。外國語の累積使用率は語彙の頻度と擴散度をかけて使用度を求めてからその使用度で累積率を求めた。 さて、日本語には語の出自による四種類の語彙がある。和語、漢語、外國語、混種語である。これらの語は文字の緊密な關係がある。本稿は日本語の文字の一つであるカタカナを手係りにして、語彙調査をするための外國語リストを作成しようとする外國語は社會的な位相とか地域などのいろいろな要因によって使われると思われる。統計による基本語彙調査は一般的に頻度の縱軸が基本ベ-スになっている。だが、語彙の頻度と使用範圍は言葉を使っている人??の集團的な性格に依存していると思われる。すると、基本語彙の選定のプロセスで異なる集團の語彙をそれぞれ調査すべきである。 本稿では日本の「每日新聞社說」と韓國の「朝鮮日報社說」に現れた外國語の累積使用率による上位の二十位以內の語彙を對照比較して見た。兩方、使われた外國語は二十語中「ブッシュ、アジア」だげである。「每日新聞」は實際的なニュ-スを比較的に「朝鮮日報」より多く取り上げたようである。言い換えれば、「朝鮮日報」は韓國の國內ニュ-スを主に延べたようである。もう一つ焦点を浴びたいところは兩社の經濟用語である。「每日新聞」では「バプル」であるが、「朝鮮日報」では「スト」である。兩國のコ-パスを比較してみた結果、韓國の外國語と日本の外國語の使用度ははっきり異なると言うことすぁる。 「每日新聞」と「朝鮮日報」のコ-パスはそれぞれ調査すべきである。日本と韓國の外國語のニ-ズは違う。このニ-ズは日本語の基本語彙を選定するに必要な基準になろうと思われる。 今度の調査にはいくつかの問題点がある。重要なのはカタカナによる形式的な調査であったこと。カタカナ語には和語などが含まれていた。今後の調査は形式的な調査に加え、文法と意味による調査も倂用してみたい。

한,일 「일자한어」어휘의 어구성 대조 비교

전철 ( Jeon Cheol )
한국일본어교육학회|일본어교육  26권 0호, 2003 pp. 105-137 ( 총 33 pages)
7,300
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本稿は韓日兩言語の「一字漢語」語彙がそれぞれどんな語構成上の特徵を見せるかをより具體的に探るために比重が高い①「一字漢語」單獨語彙②「一字漢語」と名詞との結合③「一字漢語」と動詞との結合④「一字漢語」と形容詞との結合⑤「一字漢語」と名詞形との結合⑥「一字漢語」と外國語との結合⑦「一字漢語」と其他との結合の7個の結合形式で分けて調べて見た。その具體的な內容を整理すれば次のようである。 一番目で韓日兩言語で「一字漢語」單獨語彙の場合、日本語で993語(19.96%)が調査になって一番比重が高い語彙の數を現わしたのに對して、これに比べて韓國語では639語(19.07%)で二番目で多くの比重を占めた。 これは韓國語よりは日本語の「一字漢語」單獨語彙が意味機能を持つ單獨語彙として使用の頻度がもっと高いという事實が分かった。 そして名詞との結合においては、韓國語で1,377語、日本語で1345語という結果が出ており、兩言語で「一字漢語」は名詞語彙とよほど生産的であることが分かった。そして動詞との結合では全體的に日本語で387語(7.78%)、韓國語で474語(12.24%)という結果が出たが、日本語の場合「する」動詞の付いた語彙が大部分であり、韓國語の場合‘する’が連結になった語構成もかなり多い數の調査結果が出でおり、'する'以外の動詞も多くの數が連結になって活發な生産的を見せた。韓日兩言語ではこのように「一字漢語」と結合できる動詞で代表的なものはやはり「する」と‘하다(ハダ)’である。これは兩言語で「する」と‘하다(ハダ)’が單語の形成において非常に廣い分布領域と多樣な機能を持っているからと言えるでしよう。しかし、これは結局「する」と‘하다(ハダ)’が固有の語彙的に具體的な意味を持っていないからだと考えられる。したがって、「する」と‘하다(ハダ)’のこのような特徵によって漢語複合語の形成において先行語基と非常に自由に結合して、「一字漢語」と結合して用言を成すことが分かった。そして特徵的である統辭機能の差異点が分かるのにそれは日本語の「一字漢語」+「する」は皆が動詞としての文法的な機能を持つが、韓國語の「一字漢語+‘하다(ハダ)’」の場合は形容詞の機能をする語彙「一字漢語」がかなり多くの數があるのに、その數も97語荷もなることが分かった。 二番目で形容詞との結合では日本語で7語(0.54%),韓國語で15語(0.38%)を見せて、兩言語、全部「一字漢語」が形容詞とは結合の程度が弱いという事實が分かった。これは形容詞の語彙の場合、固有語の擔當する場合が多いから漢語が形容詞として使用になることは大變だからと考えられる。そして轉成名詞との結合でも日本語で985語(19.80%)、韓國語では68語という結果が出て、日本語の「一字漢語」が轉成名詞との結合において韓國語よりは生産的であることが分かったし、外國語との結合では日本語が532語(10.70%)、韓國語が88語(2.27%)で現われて、日本語の方がずっと外國語との生産的が高かくて、このとき、語構成においてが韓日兩言語、皆「一字漢語」が後項に位置することが生産的であった。最後に基他との結合では、韓國語の方が接辭ど、以外にもよほどいろんな形態と結合してなした場合が日本よりずっと多かったし、その數も多いことが分かった。

개천룡지개 『소년』논

윤일 ( Yun Il )
한국일본어교육학회|일본어교육  26권 0호, 2003 pp. 139-154 ( 총 16 pages)
5,600
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대정13년4월과 5월의 「중앙공론」에 발표된 『소년』은 「야스키치」시리즈의 하나로서 승합 자동차에서 일어난 작은 사건을 계기로 삼십년 전의 야스키치와 현재의 야스키치를 대비해가며 야스키치의 심정을 그린 작품이다. 이미 알려진대로 대정11년부터 대정 15년까지의 「야스키치」시리즈에 등장하는 주인공 야스키치를 작가 자신에 가까운 인물로 설정한 것은 그때까지 볼 수 없었던 아구타가와의 변화로 보인다. 그러나 작가의 소년시대의 체험이 작품의 소재가 되어 있다 할지라도 그 체험은 30년 후의 야스키치를 통해 재조명된 것이라면 사실 그대로의 체험으로서 받아들이기에는 어려운 점이 있다. 본 연구는 작품의 각 장을 통해서 주인공의 소년시대의 추억을 회상을 중심으로 어떤 형태로 나타나 있었는가를 살펴보았다. 제1장의 [크리스마스]에 등장하는 12살의 청순무구한 소녀의 모습을 통하여 30년 전의 자신의 소년시대를 회상하는 도입 부분에 해당하는 장이지만 양가집 아가시들의 매춘에 대한 소문을 장의 끝 부분에 설정한 것은 2장에서 6장까지의 작품의 전개가 행복한 소년시대의 회상과는 거리가 먼 내용을 담고 있으리라는 복선으로 보인다. 또한 제3장에서는 「삼십년 전의 야스키치도 삼십년 후의 야스키치처럼」이라는 시간의 역전을 통하여 이 작품이 소년시대의 과거 회상을 전개한 것이 아니라 오히려 현재의 야스키치가 직면하고 있는 현실의 문제가 작품의 중심이 되고 있음을 알려주고 있다. 결국 이러한 시간의 역전은 「삼십년 전」의 야스키치와 「삼십년 후」의 야스키치에게서 시간의 변화를 느낄 수 없는 동질적인 것이 있었기 때문이라고 생각한다. 한편 작품의 도입부분에서는 12살의 소녀의 등장에 의하여 「야스키치도 이십년전에는 속세의 고통을 모르는 소녀처럼, 또는 죄없는 문답 앞에서 속세의 고통을 망각한 선교사처럼 작은 행복을 소유하고 있었다」라는 과거 회상에 젖어들게 된다. 「이십년 전」의 시간은 작가인 아구타가와도 깊은 관련이 있었다. 「이십년 전」, 12살의 아쿠타가와는 동경지방재판소 민사부 법정에서 피고인으로 출정하여 호주상속에 관한 판결을 받았다. 생후 모친의 발광에 의해 모계의 친가인 아구카가와가에 일시적으로 양육되어 왔던 그는 친가인 니이하라가의 호주상속을 버리고 양부인 아구타가와가의 양자로 인정받게 된 것이었다. 즉 12살의 아쿠타가와는 자신의 출생의 비밀을 재판을 통하여 알게 되엇으며 정신이상자였던 친모의 존재를 확인한 시기가 「이십년 전」의 시간이었던 것이다. 결국 성모 마리아와 같은 청순무구함을 소유한 12살의 소녀와 「작은 행복을 소유하고 있었다」는 12살의 야스키치 소년의 모습으로부터 행복했던 아구타가와의 모습을 찾는 것은 불가능한 것이었다.

『청령일기』의 종교 의식 -작자의 『현세(세,세의 중)』에 대한 의식을 중심으로-

박윤호 ( Park Yun Ho )
한국일본어교육학회|일본어교육  26권 0호, 2003 pp. 155-178 ( 총 24 pages)
6,400
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『청령일기 』は、『世の中にいとものはかなく』からその序頭が始まり、下卷に至って、『世の中いとあはれなり)』ヘ變わっていくことに作者の世と世の中に對する意識が分かる。『청령일기』では「はかない」及び「あはれ」の用例と「世·世の中」が關わって作者の無常觀を表している。「うき世」と「宿世」の用例は作者の罪障意識と宿世意識をはじめとする全體的な傳敎意識を表している。本稿では以上の『청령일기』に表れている作者の「世·世の中」に對する意識を考察し、作者の全體的な宗敎意識とそれにしたがう作品の展開の樣子を把握しようと試みた。 この結果から得られた『청령일기』の特徵は、作者が日記の序文で初めて表した「世·世の中」に對する「はかない」の意識から、下卷の「あはれ」の意識へ變わったということである。これは21年の間、愛した夫に向けて嫉妬した愛の結末からできた作者の宗敎觀であり、人生觀でもある。こいして成し遂げられなかった「世·世の中」に對する愛執·愛着の世の中から反轉された諦觀の世の中が作品の下卷の世界、すなわち物語の結末を主導する意識としてその位置を占めている。また、作者の「世·世の中」に對する具體的な意識には、「憂し」語と合成された「うき世」の意識がうかがわれる。この「うき世」は、『청령일기』の創作動機になった自分の不幸な世界觀を表した言葉である。作品の「うき世」の意識は「はかなき世」·「あはれな世」と共に作品を構成する一つの軸なのである。『청령일기』にみえる「世·世の中」に對する作者のこういうパタンは、作者によってあらかじめ計劃された構成によるものであると思われる。日本の古代の日記文學である『청령일기』が持つ特性とは、日常的な記錄という日記の條を離れて、以上のような作者の宗敎觀·人生觀が回想の文學に表れているということである. しかしながら『청령일기』において宗敎的な意識の問題は. まず, 宿世に對する根源的な理解が欠けており、罪障の意識も伴っていないということである。また、作者の理智的な性格がこの信仰に優先してびたび信仰心が妨げられている。夫と息子の存在が信仰より重く意識され、それが出家の差し支えになっているのもこういう性格によるものである。作者の宗敎意識は斷片的·瞬間的·部分的なところが强かったといえる。こういう作者の宗敎觀は、一人の人間の世界觀·人生觀の構成にその指標としては與えられなかったといえる。

『신교토학파』(新京都學派)의 문화 의식

김채수 ( Kim Chae Su )
한국일본어교육학회|일본어교육  26권 0호, 2003 pp. 179-198 ( 총 20 pages)
6,000
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本硏究は「新京都學派」と呼ばれている一群の學者達の文化意識に對する考察を通してその特徵を捉えることを目的とする。 論者はその特徵を握えることにおいて、まず、「新京都學派」という用語の誕生過程を考察し、その次に中會根首相の新保守主義と「新京都學派」との관聯連性などを捉えた。その次には「新京都學派」と呼ばれてきた學者達がどういう人物達であったのかという問題を考察した。また論者は彼らの著書や文章のなかに內在している彼らの文化に對する意識の特徵か何であり、また彼らの日本文化に對する意識が何に基ついているのかを考察した。最後に彼らのそのような特徵把握を基礎として彼らの文化意識がどう特徵つけられるのかという問題を究明した。 その結果、論者は次のように整理することができた。 日本の近·現代化の過程において形成した彼らの文化意識は西歐の先進資本主義國家に對して日本の國家という國家意識とか、西洋人に對して日本の民族という民族主義などが主軸になって形成してきたと考えられる。 彼等の文化意識には時間とか歷史に對する意識を通して物事を捉えようとする立場を廢棄し、空間とか環境などに對する意識を通して物事を理解しようとする立場を取り自分の生を實現させてみようとする意識が內在していると思われる。 日本人が空間とか環境を通して日本という國を意識する限り彼らは自國の日本を地球上にある他の國家と關連づけ考えざるを得ないし、また、その場合において、まず日本の國士につながっている韓國を初めとする東アジアの諸國家と關連づけ考えざるを得ない。 彼等の意識には物理的世界とか生物學的世界を通して、日本の文化とか人間の世界を理解しようとする立場を取り自分の生を實現させてみようとする意識が內在していると考察される。 彼等が近代以後ずっと西歐の科學技術とか科學的思考に對する强い意識が內在していると思われる。彼等の文化意識には國際的ないし全地球的視覺を取り日本の文化を考察してみることによって日本の文化を國際化、世界化、全地球化をめざして行こうとする意識が內在していると思われるのである。
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