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일본어교육검색

Journal of Japanese Language Education Association


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 37권 0호 (2006)
5,500
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硏究の結果、次のような事實が分かった。敬語は話者による聞き手と話題主との關係の把握に多くの關連があった。表現の主體が多樣な關係をどのように判斷するかによって左右されるので、敬語はごく心理的であった。新聞記事では、聞き手を上位に待遇しない話題主の敬語抑制の우は一つも表れなかった。主に聞き手の配慮の우が多く表れた。これは現代の日本語敬語が聞き手に對する配慮によって上位に待遇すべき心理的現象であると見られる。また、誤用にもかかわらず、話題主尊敬の表現にまで進んでいるのがわかった。すなわち、日本語敬語には敬語抑制よりは、敬語使用現象が多く表れているのが分かった。部長に課長の事項を話す場合や、先生に他の先生の事項を話す場合、また姑の前での夫を呼稱する場合などは、聞き手と話題主が話者の上司である場合や、自己より目上である場合である。聞き手の下位者が話題主である場合と聞き手の上位者が話題主である場合、心理的な距離關係の認識によって話題主尊敬と話題主敬語抑制のような待遇表現の差が確認された。この兩方の表現はみんな話者の聞き手に對する心理的な配慮が作用していると考えられる。話題主尊敬の表現をするか、それとも話題主敬語抑制の表現をするかの心理的な葛藤が存在する。なお、このような混亂を免れるよう、無主語文章で表現する傾向も見られる。また、上下關係が確實でない未知の人を聞き手にして對話をする場合と不特定多數が聞き手の場合、聞き手配慮による美化語的な話題主尊敬が表れていた。
6,600
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筆者は今まで日本の常用漢字について、韓國の日本語敎育という觀点からいろいろな側面で多くの硏究を行ってきた。そういう硏究結果は、日本語敎育の現場で日本語學習者によい反응を得ている。しかし周知のとおり、漢字についての硏究領域は尨大なものであるので、まだ未解決のまま殘っている部分も大いにある。その中の一つが韓國漢字音と日本漢字音との間に、多くの差が見られる漢字である。例えば「較(韓:kjo 日:kaku)、洗(韓:se 日:seN), 輸(韓:su 日:ju)」などの漢字音がそれである。本硏究では、このようなことに着目して、우外的な漢字音についての理由を明らかにした。硏究方法としては日本の常用漢字音の中で、韓日漢字音との間に、多くの差が見られる漢字を中心に調査した。本硏究で取り扱った例外漢字音としては「歐毆劾較喫告酢刷借洗粘沸秒副耗輸灣」である。こういう漢字音は、韓日漢字音との間に多くの差が見られる漢字であり、韓國人として日本語を接してみた人なら、誰でも「何故」という疑問を抱くことができる漢字音だろう。例えば「較」は韓國漢字音では「교kjo」であるのに、何故日本漢字音では「カクkaku」になるのだろうか。これが正に疑問の核心の內容だろう。本硏究で取り扱った漢字はこのような疑問を强く抱く漢字音である。例外漢字音が生じる理由として一番目立つ理由としては、中國原音の發音に當たる反切を兩國でどのように受け入れたかにあった。この反切の反映の差のために、兩漢字音で多くの差が見られる漢字としては、表-1に提示した漢字音の中で「較劾告酢借洗沸副」である。二番目の理由としては、韓國漢字音の誤讀によって日本漢字音と差が見られる漢字音であった。このような漢字としては、表-1に提示した漢字音の中で「歐毆刷粘秒灣」である。三番目の理由としては、日本漢字音の誤讀によって韓國漢字音と差が見られる漢字音であった。表-1に提示した漢字音の中で「喫,輸」がそれに當る漢字音である。そして特異なこととしては、中國原音を兩國漢字音ともに誤讀して、その音が今日正音のように使われている漢字音の例が一つあった。「耗」の漢字音がそれである。
6,100
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本稿では韓國人日本語話者と日本人韓國語話者は日本語の破擦音をどのような音響音聲學的特徵を利用しているのかを明らかにするために、日本語東京方言話者と韓國語ソウル方言話者によって發音された音聲を音響的に分析した。日本語の破擦音は摩擦音にくらべ雜音エネルギの立ち上がり時間及び摩擦の持續時間が短いことが再確認された。さらに、日本語のおける有聲破擦音の摩擦の持續時間のほうが無聲破擦音より短く實現された。韓國語の破擦音における雜音エネルギの立ち上がり時間及び摩擦の持續時間は/ㅉ(c`)/, /ㅈ(c)/, /ㅊ(ch)/の順で現れた。ところが、韓國語の破擦音に後續する母音の持續時間の場合では雜音エネルギの立ち上がり時間及び摩擦の時間とは逆に/ㅊ(ch)/、/ㅈ(c)/、/ㅉ(c`)/の順で長く發音される。これは時間の相補作用と思われる。また、韓國語の/ㅊ(ch)/は日本語の/tg/よりエネルギが强いことがわかった。さらに、韓國語の語中における破擦音/ㅈ(c)/は語頭の場合とは違い、先行有聲化を表すボイスバ一が見られた。以上のような結果を一般化するためには多數の被驗者の發話を分析し、それぞれの音響的特徵をコントロ一ルした合成音聲を使った知覺實驗を行う必要があると考えられる。
5,800
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本稿에서는 많은 日本語 學習者가 어렵게 느끼고 있는 「쓰기」를 學習者 母語와의 關係에서 다루어 특히 表記 시스템에 注目하여, 日韓 兩言語의 「漢字」의 機能을 「語種」과의 關聯을 中心으로 對照하였다. 具體的으로는 韓國語母語話者의 日本語作文例를 素材로 하여, 音聲(聽解·發音)와 쓰기能力과의 關連를 살펴보았다. 그 方法으로, 表語成文인 漢字를 排斥하기 위해서, 가나만으로 作文시키는 등으로, 誤用의 抽出을 摸索하였다. 兩言語의 文字·表記面에서의 類似性·共通性을 整理해 보면 다음과 같다. ·「漢字」를 使用하는 点 ·다른 複數의 文字種을 混用·倂用하는 点 ·가로쓰기로도 세로쓰기로도 表記가 可能한 点 ·文字種과 語種과의 關係가 어느 정도 固定되어 있다는 点 日本語나 韓國語도 固有成分인 固有語와 外來成分인 漢語·外來語를 가지지만, 日本에서는 固有語의 漢字表記가 可能한데 대해 韓國語에서는 認定되지 않는다. 本稿에서 살펴보았듯이 「漢字」의 수용법이 크게 다르다. 日本語는 거의 無限定的이고 韓國語는 限定的으로 使用하도록 되어 있다는 것에 相異点이 있다. 이 点에 注目할 必要가 있다. 이와 같은 硏究의 繼續이 韓國語 話者에 대한 日本語敎育과 日本語 話者에 대한 韓國語敎育의 充實과 效率化에 寄輿할 수 있었으면 하는 바램이다.
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본 연구는 일본어의 주제형식인「は」와 「って」에 주목하여, 기지와 미지라는 정보구조의 관점에서 의문사의문문에 있어서의 한국어조사로의 대응관계의 고찰을 주된 목적으로 한다. 일본어의 주제를 고찰하는 많은 선행연구에서 기지와 미지는「は」와 「が」의 사용을 설명하는 개념으로 이용되고 있으며, 「って」에 관한 주제연구는 근래 주목받고 있는 연구이다. 「って」는 본래 인용, 문말형식으로서의 사용이 주된 용법이나, 최근 구어체에서 주제를 제시하는 형식으로서 그 특징이 지적되고 있다. 「って」가 갖는 이러한 인용적 성격으로 인해 화자의 지식에 없는 미지요소가 담화에 도입되었을 경우 그 미지요소를 표시하는 형식으로서 「って」가 사용된다. 이점이 「は」와 「って」의 주제기능에 있어서의 가장 큰 상이점이라 할 수 있다. 한국어와 일본어 양언어는 주제를 조사로서 나타낼 수 있다는 유사점을 가지며, 「は」·「が」에 각각 대응하는 한국어조사 「는」·「가」가 갖는 통사적, 의미적기능 또한 공통성을 갖는다. 그러나, 의문사의문문의 경우, 한국어는 일본어와 달리 기지, 미지의 개념으로 설명할 수 없는 분포적 차이가 나타난다. 요컨대 일본어의 의문사의문문의 주어에 위치하는 명사구는 항상 주제화되며, 주제는 정보전달상 술어부보다 구정보로서 초점화되지 않는다. 즉 의문사의문문에서「は」가 접한 명사구는 주제이며, 정보전달상 구정보가 된다. 이에 대해 한국어에서는 의문사의문문의 경우, 선행문맥이 없는 물음의 경우「는」이 아니라 「가」를 동반한다. 이처럼 일본어와 한국어의 의문사의문문에 있어서의 주제형식의 차이의 요인은 기지라고 보는 요소의 상정의 차이에서 비롯된다. 일본어가 상대가 알고 있는 것을 전제로, 의문사의문문의 주어가 되는 명사구를 이미 담화에 도입된 요소로 여겨「は」로 마크하는 반면, 한국어에서는 담화상 명시적으로 제시된 요소만을 기지로 보기 때문에 지시사와 같은 명사구도 담화상 도입되지 않은 초출요소로서 「가」로 마크된다. 이와 같이 일본어는 상대가 알고 있는 것, 알고 있다고 상정한 기지요소에는 「は」가 사용되며, 화자가 그 지시대상을 갖지 않아 화자와 청자간에 지시대상이 일치되지 않거나 불가능한 미지요소를 나타내는 경우는 「って」가 사용된다. 그러나 발화현장에 있고 또한 화자와 청자가 공유하는 공간에서 지각할 수 있는 「これ」와 같은 지시사의 경우는 기지요소이나 「って」로 마크될 수 있다. 이 경우처럼 지시적 일치가 가능한 기지정보를 표시하는 「って」는 화자의 청자의 인지상태에 대한 배려, 활성화에 대한 배려로 인해 나타나는 것으로 보인다. 따라서 일본어의 의문사의문문의 주제형식에는 「は」와 「って」가 있으며, 「は」는 기지정보를, 「って」는 지시적 일치가 가능한 대명사를 제외한 미지정보를 제시한다고 할 수 있겠다. 이상의 고찰을 통해 일본어의 의문사의문문의 주제형식 「は」와 「って」는 다음과 같이 설명할 수 있다. 1) 기지로 상정되는 요소는 주제가 되기 싶다. 그러나, 한 문장내에서 술어부보다 구정보로서의 주제는 반드시 기지요소로 한정되지 않는다. 2) 처음 도입된 기지요소는 「は」에 의해, 이미 도입한 미지요소는 「って」에 의해 주제화된다. 단, 지시사의 경우는 반드시 이미 등장한 기지요소가 된다. 3) 주제는 「기출의 기지」, 「기출의 미지」, 「초출의 기지」의 3개의 정보구조로 이루어진다. 4) 의문사의문문에서 사용되는 「って」는 화자가 그 지시대상을 갖지 않아 지시대상의 일치가 불가능한 미지정보를 나타내는 경우와 지시적 일치가 가능한 기지정보를 나타내는 경우가 있으며 지시적 일치가 가능한 기지요소를 마크하는 「って」는 화자의 청자의 인지상태에 대한 배려, 활성화에 대한 배려로 인해 나타나는 것이라고 보인다. 기출의 미지를 주제로서 제시할 수 있다는 점에서 「は」와 「って」는 다른 담화적 기능을 갖는다. 한편 한국어와의 대응관계에 있어서 한국어의 의문사의문문의 주제형식은 미지, 기지의 정보구조보다 초출요소인지 기촐요소인지가 중시되며, 초출요소는 「가」가 사용된다. 때문에 지시사라도 담화개시로서 초출요소라고 판단되면 「가」가 사용되며, 또한 새로운 요소를 도입하는 미지요소일 경우역시 「가」가 사용된다. 더욱이 일본어의 「は」와 「って」가 상대의 인지상태, 활성화에 대한 배려로 나타난다고 하는 화용론적인 해석이 가능한데 반해, 이를 한국어로 대응시킬 경우 이런 해석이 불가능함을 논술했다. 본 연구는 의문사를 중심으로 주제형식을 고찰하였으나, 「って」의 주제기능은 평서문에서도 나타나며, 평서문에 있어서의 인용적주제의 대응관계도 앞으로의 연구과제라고 하겠다.
7,200
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本硏究は、日本語の「一字漢語」が實際にどのように使われているかを日本の每日新聞と韓國の朝鮮日報の社說1年分(2004年9月1日~2005年8月31日)を對象に調査し、「一字漢語」の語彙の範圍および「一字漢語」に對する理解とその指導方法について考察したものである。本硏究では、「一字漢語」の類型を「自立形式」と「結合形式」の大きく2つに分け、さらに「結合形式」の下位分類として「名詞との結合」、「動詞との結合」、「形容詞との結合」、「轉成名詞との結合」、「外來語との結合」、「その他の語彙との結合」に分けた。兩言語の新聞の社說をもとに「一字漢語」の使用頻度を調査した結果、日本の場合「一字漢語」は合計1203語、延べ使用回數(以下「延べ」と表記する)は25118回、韓國の場合、1089語、33186回であった。このデ-タの具體的な詳細は以下の通りである。第一に、最も語彙數が多く、高頻度で使用された類型は、「結合形式」の中、「名詞との結合」として接辭的に使用されたもので、合計468語(38.90%)、延べ20038回(79。76%)であった。その中でも、接尾語として使用されたもの(合計325語、延べ16,916回)が最も多く、「一字漢語」の代表的な機能であることがわかった。高頻度で使用された「一字漢語」の中で、接尾語として使用されたものには「~的(てき)(1620回), ~化(か)(1101), ~者(しゃ)(1009回), ~年(ねん)(881), ~黨(とう)(666回), ~性(せい)(472回), ~會(かい)(467回), ~月(がつ)(461回)」等があり、接頭辭として使用されたものには「不(ふ)~(365回), 總(そう)~(193回), 核(かく)~(191回), 第(だい)~(197回), 新(しん)~(172回)」等があった。第二に、「一字漢語」が單獨の意味で使用された「自立形式」は、日本語の場合、合計207語(17。21%)、延べ1875回(7。46%)であり、主なものに「約(やく)」217回(11.57%), 「米(べい)」147回(7.84%), 「点(てん)」98回(5.23%), 「日(にち)」96回(5.12%), 「際(さい)」95回(5.07%)等があった。韓國の場合は、合計238語(21。85%)、延べ4673回(14。07%)であり、主なものに「等」566回(12.11%), 「前」381回(8.15%), 「中」358回(7.66%), 「韓」262回(5.61%), 「美」240回(5.14%)等があった。第三に、「外國語との結合」の形式をとる「一字漢語」は、日本語で、合計233語(19。37%)、延べ556回(2。22%)であり、「人(じん)」49回(24.87%), 「氏(し)·大(だい)·化(か)·連(れん)」31回(15.74%), 「田(でん)」30回(15.23%)、「軍(ぐん)」19回(9.64%), 「派(は)」17回(8.63%)などがあり、韓國語の場合、合計91語(8。36%)、延べ197回(0。59%)であり、「萬」18回(9.14%), 「社」16回(8.12%), 「貨」12回(6.09%), 「大」11回(5.58%)、「人·式·當」8回(4.06%)などがあった。この結果から、韓日ともに「外國語との結合」では、「一字漢語」が後項に來る結合方法がより生産的であることがわかった。第四に、「動詞との結合」の形式をとる「一字漢語」は、日本語で、合計94語(7。81%)、延べ1294回であり、主なものに「對(たい)する」287回(22.18%),「關(かん)する」101回(7.81%), 「通(つう)じる」97回(7.50%), 「感(かん)じる」96回(7.42%), 「講(こう)じる」64回(4.95%), 「支拂(しはら)う」53回(4.10%)等があり、韓國語の場合、合計86語(7。90%)、延べ2495回であり、主なものに「對하다」992回(39.76%), 「爲하다」437回(17.52%), 「通하다」195回(7.82%), 「達하다」84回(3.37%), 「向하다」66回(2.65%), 「定하다」65回(2.61%), 「依하다」63回(2.53%), 「關하다」52回(2.08%)があった。ここでの動詞は「する」と``하다``動詞が殆どで、「一字漢語」と結合する代表的な動詞であることを再確認することができた。第五に、「轉成名詞との結合」の形式をとる「一字漢語」は、日本語で、合計92語(7.4%)、延べ585回(1.8%)であった。さらに、轉成名詞を動詞由來の轉成名詞と形容詞由來の轉成名詞に大きく分けると、動詞由來の轉成名詞との結合は、合計79語、延べ436回、これに對し、形容詞由來の轉成名詞との結合は、合計13語、延べ149回であった。具體的な例として「役割(やくわり)」77回(19.59%), 「仕組(しく)み」57回(14.50%), 「番組(ばんぐみ)」35回(8.90%), 「氣持(きも)ち」31回(7.89%),「試合(しあい)」29回(7.38%)が擧げられる。一方、韓國語では、合計21語、延べ33回であり、主なものに「便가르기」7回(21.21%), 「牌싸움」4回(12.12%), 「오름勢」3回(9.09%), 「羊치기·버팀木」2回(6.06%)等があった。結果的に轉成名詞との結合においては韓國語より日本語の方が語彙數でも出現頻度でも多くの數が調査されたことがわかる。第六に、「名詞との結合」では、日本語が合計53語、延べ297回使用され、具體的な例として「株式(かぶしき)(52回), 役割(やくわり)(32回), 仕事(しごと)(29回), 人質(ひとじち)(18回), 世

아쿠타가와 류노스케의 「곤자쿠삼부작」 고찰

하태후
한국일본어교육학회|일본어교육  37권 0호, 2006 pp. 137-163 ( 총 27 pages)
6,700
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今昔三部作は芥川が失戀事件を經驗した直後に人間に對して深く洞察した時期に書かれて、特に人間のエゴイズムと人間關係について焦点を合わせている。『羅生門』が神なき社會の人間の倫理と行動を描いたとすれば、『鼻』では神の意識はなく、人間同士の目のみを意識する人間の姿を描いた。『芋粥』では人間を人間としてもてなさない、換言すれば、「我―汝」の關係を持ち得なく、「我―其」の關係しか持ち得ないため、「永遠の汝」、卽ち、絶對的でありながら超越的な世界につながることのできない人間の姿を描いている。どちらにせよ、作品の主人公、ひいては日本人はキリスト敎がいう、絶對的な、超越的な存在を持っていないゆえ、垂直的な關係は不可能であり、水平的な關係、換言すれば、人間と人間によってすべてが規定される、いわゆる相對的な世界で生きるしかないことをこの三つの作品は語るのではないのか。『羅生門』の最後に「外には、唯、黑洞洞たる夜があるばかりである。」という描寫はこのような日本社會を端的に、象徵的に表現したことにちがいない。

『행인(行人)』에 나타난 지식인상

김광수
한국일본어교육학회|일본어교육  37권 0호, 2006 pp. 165-192 ( 총 28 pages)
6,800
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『行人』の序章「友達」は``人間の持って生まれた我執と嫉妬``、それから人間本然の``性の爭い`をもとにした人間像を全體の作品の伏線に敷いた構成として描かれている。ここから出發した人間像は人間の宿命的な``他人に對しての不可解性``を經て自分自身への不可解まで至るようになる。このような伏線をもとにした一郞の自分の家內への疑いと下女お貞の結婚をきっかけから觸發された彼の行動はやがて弟次郞を當惑させ煩惱せざる得ない羽目に落としてしまう。したがって『行人』論の主な論点の一つである次郞と兄嫁お直との``隱れている愛``に關しての視点には次郞の」このような狀況がまず考慮されるべきである。それにもかかわらずお直の次郞への行爲は依然として疑問と問題を殘しているが、これは彼女の率直で大膽な性格がその主な原因で、また次郞が彼女にとってそれだけ心安い間柄であったのをみせていると思う。弟次郞に自分の家內の貞操を探ってもらいたいと賴んでいる一郞の行爲は一言で言うと自己重心的な思考から出た暴擧であり、そのような行爲は自分が不斷理想的な女性だと思っていたお貞の結婚から決定的に觸發されたのである。彼は自分はじっとしていながら相手から自分の方にやってくるのを待っているタイプの利己的人間で、他人を理解するために努力していない知的自意識の强い知識人であった。自分が他人の信賴と愛を受けるためにはまず自分から心を開けて相手を愛するべきなのに、それを自覺していない現代科學の生んだ自己肯定的な知識人の典型的な不幸な姿を描いたものが『行人』であると思う。續いて漱石は『こころ』の中で自己否定的な知識人の不幸の姿を準備している。
6,200
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江戶時代は、夫婦の間で妻が夫以外の男と情を通じた場合は、姦通といって罪惡視された。男が妻以外の女と契り結ぶのは全く問題視されず、女性だけに一方的に道德を要求するのは儒敎思想が支配された當時としては當然のことであった。また、武士の場合は、妻が姦通をしたら、夫は武士道に基づいて妻敵討をしなければならなかった。當時、女性の生活規範として取り扱われた``女大學``を通してもよく分かるように、封建時代、女性達がいかに氣の毒で不憫であったか、また、どれほど傳統と形式に束縛されて暮していたかは容易に見當がつくところである先行硏究は廣末保を中心とした見解が支配的だったが、1980年代前後において、井口洋と水上勉などを中心に對立的な見解が提示された。本硏究は、近松の世話物のテ-マとなった金と性、家に關する要素が三大の姦通劇を通して、當時の武家社會と町人社會の女性の位置とどんな關係であり、姦通というテ-マが女主人公達の意志また姦夫の意志とはどんな關係であったかを察することにその目的があった。結局、おさん、おさゐ、お種は同じくどこまでも貞女であったと高野正巳も主張しているように、元元男女ともに戀愛の感情は全くなかったのである。『堀川波鼓』では相手が息子の鼓師匠で、初對面の人であり、『大經師昔曆』では眞面目な手代であり、また、『견の權三重유子』では好感のある夫の弟子で、將來嫁壻として思っていたのである。卽ち、彼女達は姦夫を愛して姦通したわけではなく、お金の融通と린氣、酒癖による錯誤、そして濡衣をきて姦通してしまったのであり、死ぬまで夫を戀しく思うのは戀らなかったのである。しかも彼女達は自分の意志によって姦通したわけではなかったので、娼婦型ではなく、貞婦型だと言えるだろう。

오에 문학의 어린이상 -이요의 성장과 함께한 어린이상의 변화-

안정화
한국일본어교육학회|일본어교육  37권 0호, 2006 pp. 215-233 ( 총 19 pages)
5,900
초록보기
大江の子供像はイ-ヨ-の成長とともに少しずつ變化してきた。無垢で純粹なイメ-ジから期待を背負う神話的な存在に、そして最後は有りのままの存在として各時期別に父の葛藤と期待を反映している。大江文學の想像という大きなテ-マの中に混じっている子供の樣子は格別な意味を持つ。前述したように子供の存在は大江の意識から離れられない部分でもあり、幼いイ-ヨ-は彼にとって自分の一部でもあるような存在である。初期作品の中の子は父と密接な關係を持って父がつくった想像の世界で、それに嵌まる役割を演技することで意味を持った。しかし、イ-ヨ-が成長していくことによって自ら獨自の世界を作り上げるようになり、大江文學の子供像は成熟して行き、想像の世界の幅を廣げて行ったことがわかる。大江は今でもさまざまな意味を持つ子供を作品で表現している。その中でもっとも目立つのは、神話的な性質を持つ童子神の樣子であるが、それは大江が描き出そうとする眞の人間の類型として、または、神話的空間との媒介として子供を考えているからであろう。そうであるからこそ大江の子供は行動の當爲性を持つ。これは現實感覺の減少は齎すけど大江だけの子供像を作り上げたと言える。言語と時·空間の移動、引用などの方法がジンから森を經てイ-ヨ-へ行く過程を可能にした。ここでは大江文學の中でも光の成長に沿えながら變化していく三さくひんの子供を中心に考えてみた。實際、光の存在が大江文學のなかで相當の比重をもっているのでその過程を分析していくのが意味があると思ったからである。大江文學全體の子供像を調べて見るのは今後の課題として殘しておくことにする。
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