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일본어교육검색

Journal of Japanese Language Education Association


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 61권 0호 (2012)
5,500
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各敎科書における文型·文法の記述には形態中心やインプット强化が利用されている。形態中心は、學習者が文型·文法に注意を促しインプットで知識を得る、等において役に立つ反面、ある狀況や場面で利用しにくいという短所がある。また、インプット强化は、多量のインプットがなければ、學習者自らが氣づきにくいという短所がある反面、インプットが十分である場合には自らが(その文型·文法を)發見し習得しやすいという長所もある。形態中心の記述が文型·文法の自然な習得や言語の使用に對しあまり役に立たない爲、學習者が自ら氣づけるような暗示的提示を行う方法を工夫すべきである。大部分の敎科書が文型·文法を提示する際、いわゆる導入順序によるのではなく、狀況や場面を利用し、タスクの解決に必要なものを導入した点は良かったと思われる。敎師は授業をする際、說明よりインプットを通して學習者自らが氣付けるようにしなければならない。敎師中心ではなく、學習者中心の敎育をすべきである。このような意味から考えると、フォ―カス·オン·フォ―ムの樣樣な指導方法を活用するのが自然に文型·文法を習う良いモデルになると考えられる。

한국인 일본어 학습자와 일본어 모어화자가 작문에서 사용한 표현 문형의 비교

조남성 ( Nam Sung Cho )
한국일본어교육학회|일본어교육  61권 0호, 2012 pp. 17-36 ( 총 20 pages)
6,000
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本稿では、韓國人日本語學習者と日本語母語話者の作文に使われた表現文型(構JLPT1·2級)を調べた。その主な結果は次のとおりである。 (1)作文での表現文型の使用傾向(使っているかどうか)は、學習者が2級の文型、母語話者が1級の文型が多い。 (2)學習者と母語話者の作文における表現文型の使用數を比べると、學習者より母語話者の方が多い。そして2級より1級の文型の方が多い。 (3)作文での表現文型の使用頻度別において、1·2級の文型で1回も使われていない文型の數は學習者のほうが多い。11個(使用頻度が高い)の場合は2級の文型に見られ、學習者より母語話者の方が若干多い。 (4)2級の文型において、學習者は[∼ように](148回)、[∼について/∼につき(×)/∼については/∼についても/∼についての](143回)、母語話者は[∼について/∼につき(×)/∼については/∼についても/∼についての](219回)、[∼によって/∼により/∼によっては/∼による/∼によると/∼によれば](153回)、[∼ように](150回)を多く使っている。そして、1級の文型において、學習者は[∼なりに](13回)、母語話者は[∼ならでは/∼ならではの](5回)を)多く使っている。一方、母語話者は使っているが學習者は使っていない2級の文型は32個(18.8%)、1級の文型は13個(13.1%)である。 (5)自由作文と課題作文の表現文型の使用傾向は、1·2級の文型とも兩者がほぼ同じである。 (6)表現文型の[飜譯による難易度]と「自由作文での使用傾向], [認知による難易度]と[自由作文での使用傾向]を比べると、その使用は[飜譯]と[認知]共に難易度の「下」の方が多い。

近代日本語における男女差の形成 -明治20-30年代の小說及び新聞の性差を中心に-

방극철 ( Geug Chol Bang )
한국일본어교육학회|일본어교육  61권 0호, 2012 pp. 37-51 ( 총 15 pages)
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本硏究は、近代日本語における男女差の形成という硏究の一環として、明治20-30年代の小說と新聞に焦点を當てて、そこに現れる男女差について考察したものである。とりわけ男女差の形成について、<女性性><男性性>というジェンダ―の{度合いの差}の槪念と文脈、談話內容を取り入れて考察した。考察の結果、次のようなことが分かった。明治期における女性らしい言葉遣いは女性(若い女性、若い主婦、上層婦人)に强く意識され、その結果、男女區別は明らかとなる。そして、男女區別の過程において、男女差の形成時期の推移、變遷の樣子はそれぞれの言語表現によって異っており、文末終助詞、感動詞などいわゆる情意表現を中心に男女差は形成された。また、ジェンダ―の{度合いの差}に注目して、<女性性>の强い言語表現を男性が使用するメカニズムと<男性性>の强い言語表現の女性使用のメカニズムについて考えることができた。このような明治20-30年代小說の男女差の形成は、ふだん言語生活で男女差をある程度意識することと、對話のストラデジ―における男女差を反映させた結果であると思われる。最後に新聞における男女差については、女性强調、女性隱し、女性に對する二重基準に分けて述べた。特に近代新聞は女性を取り上げない<女性隱し>のような女性の姿を新聞紙面から<見えなくする手法: 男女非對等的な扱い>が主流であったと言える。

일본어의 인칭대명사 전환과 그 동인(動因)

이덕배 ( Deok Bae Lee )
한국일본어교육학회|일본어교육  61권 0호, 2012 pp. 53-68 ( 총 16 pages)
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本稿では、日本語の人稱代名詞が轉換する現象を歷史的に調べ、その根底にある動因についての考察を試みた。1人稱から2人稱へ轉換した例として、「われ」、「おのれ」、「こなた」があげられる。8世紀から1人稱の用例のある「われ」は、再歸的用法と2人稱用法へと擴散していったと見られる。「おのれ」の1人稱用法も『万葉集』に見え、ほぼ同じ時期に再歸代名詞として使われた例もある。近稱の指示代名詞として出發した「こなた」も1人稱から2人稱へと轉換したが、その待遇價値はだんだん下落する樣相を見せる。一方、2人稱代名詞だった「おれ」は、中世以降は1人稱になり、今日に至っている。英語などと違って、日本語の人稱代名詞には、もとから話者や聞き手を直接指す表現がなく、擬人化(Personalization)によって人稱代名詞になったものが多い。1人稱から2人稱への轉換現象は共感的同一化(empathetic identification)の觀点から說明がある程度可能である。1人稱代名詞は、話者を謙讓することによって相手を高めることを出發点とするが、しだいに話者自身を高める感じを帶びるようになり、結果として相手を低める方向へと變わっていく傾向がある。2人稱代名詞は、これとは逆で、「手前」、「貴樣」、「お前」などは、もと相手を敬う品のある表現であったのが、しだいに相手を低める方向へと變り、やがて罵ったり侮る表現になった。

가고시마방언의 음절과 모라

이병훈 ( Byeong Hoon Lee )
한국일본어교육학회|일본어교육  61권 0호, 2012 pp. 69-83 ( 총 15 pages)
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鹿兒島方言はモ―ラではなく、音節を數える音節方言(シラビ―ム方言)であり、東京方言のようなモ―ラ單位の等時性があらわれない。また、單語聲調に表れるピッチの決定においても、モ―ラは音韻單位として機能をせず、音節が重要な役割をする。そのため、鹿兒島方言ではモ―ラという音韻單位は必要としないとみなされてきた。確かに鹿兒島方言ではモ―ラではなく、音節が重要な音韻單位としての機能を擔っている。しかし、だからといって、モ―ラという音韻單位自體を必要としないわけではない。鹿兒島方言で、2モ―ラ語の母音融合にあらわれる長母音化や、開音節の單音節語に起る長母音化は、1モ―ラ以下の韻律語(prosodic word)を禁じる最小語制約によって發生する現像であり、外來語にあらわれる超重音節の再音節化や短母音化は、3モ―ラの音節を禁じる超重音節禁止制約に起因した現像である。最小語制約や超重音節禁止制約はモ―ラという單位を前提とした制約であり、鹿兒島方言でこのような制約が동くということは、當方言でも音節以外のモ―ラという單位を必要とすることを意味する。モ―ラ方言でモ―ラが重要な機能を擔っているが、音節という單位も必要とすることと同樣、音節方言の鹿兒島方言でも音節が重要な機能をしているが、モ―ラという音韻單位も必要なわけである。
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This study examines the speech level of Japanese and its shift (changing trend) by reviewing translated Korean subtitles of Japanese TV drama series Hotaru: It`s Only a Little Light in My Life. Speech level shift refers to changes in style and diction of speech, i.e. a shift in the level of speech during conversation. Basic level of speech in usual Japanese conversation has been determined by social factors. However, the level often shifts from one level to another, and recovers to the original level in a single set of conversation. This explains that shifting and variating speech from a basic level determined by social context to other levels selected by the speakers themselves serve as a mechanism to convey certain messages to the audience. This paper aims to focus on whether original messages in Japanese are effectively delivered after translation into Korean by examining the shift in speech levels during conversations, and to review the role of speech level shift and translation style.

二葉亭四迷『新編 浮雲』에 나타난 오노마토피아의 한자표기에 관한 일고찰

현영미 ( Yeong Mi Hyeon ) , 이경규 ( Kyeong Kyu Lee )
한국일본어교육학회|일본어교육  61권 0호, 2012 pp. 101-115 ( 총 15 pages)
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本稿は二葉亭四迷の作品『新編 浮雲』に見られる漢字表記のオノマトペについて考察したものである。現代には見られない漢字表記の用例を中心に漢字表記が好まれやすい語形の特徵と廣く使われた漢語オノマトペの使用狀況について考察した結果、次のようなことが明らかになった。まず、漢字表記されたオノマトペ形態の出現頻度をみると、「AツBリ型」が一番多く見られ、その次を「ABAB型」「Aツ型」順に現われた。このような三つの語形が全體の76%を占めており、漢字表記が好まれやすい語形とも言えるだろう。しかもオノマトペの意味と一致している漢字を對應させてさらにその意味を具體的に表わしていた。第二に、『新編浮雲』に見られるオノマトペの漢字表記は中國の漢語に由來するオノマトペを多く取り入れ、積極的に使われていたのが特徵である。その中でも「駭然」「언然」「창然」「초然」のように接辭「-然」を付けたものや「첩첩」「모糊」「恍惚」のような疊語、雙聲、疊韻のものが目立ち、これはすべて中國語の造語法に起因するものである。第三に、登場人物の細かい心理表現を描寫するには和語オノマトペだけでは表現できない部分があり、その部分を漢語オノマトペで補っていた。これが、漢語オノマトペを積極的に取り入れるようになった大きな原因でもあった。最後に、漢字表記されたオノマトペの內、和語オノマトペのふりがなを振らずに漢字の音のみを當てたり、漢語だけで使うものが多く見られた。これは當時、和語オノマトペが全體的に發達が遲れたため、作家は意圖的に細かい描寫が必要な場合は漢語オノマトペに賴る傾向があったためであろう。

국학자와 와분(和文)에 관한 고찰 -우에다 아키나리를 중심으로-

김경희 ( Kyoung Hee Kim )
한국일본어교육학회|일본어교육  61권 0호, 2012 pp. 117-129 ( 총 13 pages)
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日本の近世中期以降、國學者たちによる古學硏究が活發に行われることで外國に對する對抗意識が高まってきた。それは近世期日本における中國の思想的支配から逃れるための運動であって、儒敎や佛敎のような外來思想が導入される以前の古代日本の純수な精神を尊重し、日本の歷史と古代に深い關心を持つようになった學問である。國學者にとって國學の思想を主張し實現させるためにはどのような文章を書くのかは重要な問題となる。すなわち、中國の漢文で書かれた文獻を排除しようとする意圖から漢文に對置される日本語の文章としての和文が求められるようになった。本論文では、國學者の立場から意圖された文章としての和文に注目し、特に秋成の和文集として硏究が行われている『藤蔞冊子』に收錄された「秋山記」「御嶽さうじ」を取り上げ、秋成の和文は如何なる意圖を持って書かれたのかを考察してみた。その結果、眞淵や宣長のような國學者は古代の歌と文章について言葉の使用において區別する認識があったのに對し、秋成においては歌と文章についての言葉の使用を區別していないことや、雅の世界と俗の世界が混在していることなどが指摘できた。

아쿠타가와 류노스케와 모리 오가이 연구 -『한산습득(寒山拾得)』을 중심으로-

김명주 ( Myung Ju Kim )
한국일본어교육학회|일본어교육  61권 0호, 2012 pp. 131-145 ( 총 15 pages)
5,500
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芥川龍之介の『寒山拾得』は『東洋の秋』の草稿として、未だに注目されることがなかった。が、金明珠(2004)の創作年月をめぐる問題提起により、まとまった論議が始まり、注意が喚起されている。しかし、それは『東洋の秋』論の中で斷片的に扱われているに過ぎず、そこで、本稿ではその見解を受け入れ、一つのまとまった論議の形で考察していくことにしたのである。まず、芥川の文學的師匠とされる森鷗外にも『寒山拾得』という歷史小說が發表されており、それを手掛かりに、兩作家の文學觀を比較しながら、時期確定や芥川の文學的變容などに迫った。その結果、第一、芥川の『寒山拾得』には西毆近代芸術を止揚し、東洋的傳統に關心を持ち始めた芥川の心境が含蓄的に表れていることが分かった。第二、一般に芥川の歷史小說が森鷗外の歷史小說の影響下で始まったと見なされる中、『寒山拾得』には歷史小說などに關する芸術的觀点や鷗外に對する離脫への試みといった、文學的變容の試みが示されていることが分かった。第三に、金明珠が提議した「大正8年頃」という時期推定は信賴すべきものという結論に至った。

『將軍』論

김희조 ( Hee Jo Kim )
한국일본어교육학회|일본어교육  61권 0호, 2012 pp. 147-156 ( 총 10 pages)
4,500
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本作品は大正十年十二月に書き上げ、翌年一月の雜誌『改造』に載せた短篇で、日露戰爭で第3軍司令官を歷任し、旅順を陷れて勝利に導いた乃木希典將軍のことを取り上げている。檢閱で數ヶ所が削除させられたことからもわかるように、乃木將軍への强い批判が입められている。『將軍』は芥川龍之介の歷史認識の問題が提起されているのである。將軍は、砲彈の飛び交う危うい激戰地で、「戱曲的な、感激の調子」で兵士たちに命令を下していたサイコ的で非人間的な持ち主の人物であった。なお、彼は間牒の斬られて血の병る首を見て「よし。見事だ。」と「愉快そうに」叫んでいる「モノメニアック」な性格であった。彼は余興として上演する芝居にも、兵士たちが樂しんで見ていた「一場の俄」と「濡れ場」を頭ごなしに中止させる、獨り善がりの態度で生きていた。つまり、將軍は生前の生き方には他の人人とは、距離感(違和感)のある人間だったのである。中村少將は靑年に「閣下のお前がたに遠いと云うのは?」と聞いて見るが、それは他でもない。將軍のモノメニアックな性情、人間(兵士たちと間牒)の一番尊い命を物品扱いにする殘忍性、芝居でさえも將兵の樂しみを奪う、獨り善がりの態度などが、普通の人人とはかけ離れた存在だったのである。
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