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일본어교육검색

Journal of Japanese Language Education Association


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 63권 0호 (2013)
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本稿では、より效果的なJMIの試みとして、學習者の發表や討論形式を取り入れた敎室活動の實踐を報告し、その成果と改善策を考えてみる. まず、JMIの背景理論として、Krashenのインプット假說、Swainの理解可能出力假說、Longのインタ-アクション假說、內容中心の敎授法, コミュニカティブ言語敎授法という言語習得理論を紹介し、JMIについての理解を深めた. 發表·討論形式を取り入れたJMIの敎室活動は「① ウォ-ミングアップ(5分) → ② 模擬授業(35分) → ③ 質疑應答の準備(5分) → ④ 質疑應答(10分) → ⑤ 討論(15分) → ⑥ 小まとめ(5分)」という流れで一人目の發表者が終わってから「⑦ 中休み(10分)」を入れた後、二人目の發表者も②から⑥まで同樣に行い、「⑧ 總まとめや質疑應答(10分)」を行う、という構成にした. この敎室活動の實踐報告から、① 學習意欲が促進できたこと、② 課題が授業內容の理解と授業の進行に役立ったこと、③ 予習·復習や授業への積極的な參加が誘導できたこと、この三点が發表·討論形式を取り入れたJMIの成果であると考えられる. 發表·討論形式を取り入れたJMIの效率性を高めるためには、① キ-ワ-ドや難しい言葉を韓國語や日本語で繰り返して言ったり黑板に書いたりするなどして學生の理解度を高める工夫が必要であること、② 發表·討論形式を取り入れたJMIを履修する前に、學習者の日本語能力を高めるための授業が必要であること、③ 發表·討論·課題などの授業の準備を手傳ってくれる日本人チュ-タ-が必要であること、この三点を十分考慮すべきである. このような硏究は、より效果的なJMIの指導方法や敎室活動の開發への第一步を踏み出したことに意義があると思う.
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日本では1985年前後から國際結婚が 增加し始めた. その多くは妻が外國籍で、アジア出身である. 彼女らは家庭において母語を制限されることもあり、「言語權」が尊重されているとは言えない. 本稿では、日本人男性と結婚し、子育てをしているフィリピン人母親のライフスト-リ-から、子どもへの母語敎育意識やその要因等を社 會的コンテクストからも考察し、母親による母語敎育の可能性を探ることを目的とした. その結果、フィリピン人母親らの母語敎育意識には轉機があり、その要因はフィリピン人特有のものに限られなかった. 母親らは出産後は母語敎育意識があったものの、日本語學習の必要性を感じ、また、子どもの母語への否定的態度を受け、母語敎育をやめてしまったが、現在は母語敎育の意義を認めている. 現在の母語敎育意識は、主に學校敎育での活動を通して形成されたものであり、母子ともに學校から受ける影響は大きい. 母親による母語敎育を可能にするには、今後は學校敎育の場でも、母語の重要性や母語が社會の「資源」であるという知識を提供し、母語敎育を社會の課題として捉える必要がある.
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今日のようなグロ-バル化、ボ-ダレス化時代を生きる人人は、マスコミを通じ、ほぼリアルタイムでリアルな國際ニュ-スに觸れることになる. 特に、海外で「東日本大震災」のような自然災害が發生すると、當事國以外の國でも被害が收まるまでにマスコミやメディアが災害關連ニュ-スを集中的に報道する. この際、ニュ-スのリソ-スはほとんど自國ではなく、被災當事國の言論機關になる場合が多い. このように記者などが情報源になる國の言語(外國語)を飜譯したり、參考にしたりする過程で國際ニュ-スを傳える自國語は必然的に言語干涉を受けることになる. 言語干涉を受けた自國語で作成された災害關連ニュ-スの報道がマスコミにより繰り返されるほど、國民の關連用語への露出頻度も高まる. その過程で、一部の用語は言語干涉の域を越えて自國語として定着したり、位置づけられることもある. 最初のうちは、この手の言葉に馴染んでなかったり、抵抗感を感じたりしていた言葉の使い手も、頻繁にさらされていくうちに、言語干涉された言葉への抵抗感は次第に薄れていく. この過渡期的な時期に行われる飜譯は、‘飜譯調’になったり、誤譯になったりしがちだ. 本稿は、このような問題意識に着目し、マスコミにより國際ニュ-スが頻繁に報道されると、關連用語へのBA飜譯にどのような影響を與えるかを言語干涉と受容性の觀點からアプロ-チしてみる. 具體的に演說文の日韓·韓日飜譯を比較·分析することにより、飜譯において言語干涉は無條件で‘飜譯調’や‘誤譯’につながると決めつける從來の考え方を見直し、言語干涉の過程を經て自然な自國語として移行していくプロセスに遡っていく新たな觀點を提供することを本硏究の目的とする.

第三次朝鮮敎育令期の日本語敎育 -『文敎の朝鮮』を中心に-

박효숙
한국일본어교육학회|일본어교육  63권 0호, 2013 pp. 49-64 ( 총 16 pages)
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本稿では<朝鮮敎育會>によって發刊された『文敎の朝鮮』の日本語敎育關連記事の分析を通して植民地期朝鮮の初等敎育機關における日本語敎育の實狀の考察を試みた. 第三次朝鮮敎育令期(1938∼1943年)は、1937年中日戰爭が始まって以來戰爭の效率的遂行を目的に朝鮮を兵站基地化する政策が行われていた時期で朝鮮人の戰時動員體制を强化するための敎育が行われた. 朝鮮總督府編修官の森田梧郞の論說は各學校規定で示されている「忠良ナル皇國臣民の養成」を目指すべき敎育は「よき人間の敎育ではなくて、よき日本人の敎育であるべき」と說き、朝鮮の兒童のための敎育ではなく、中日戰爭に動員するために言語的にも思想的にも日本人化する敎育の施行を明らかにした. 言語敎育の基本である話し、綴り、讀みなどの關連記事からは國語(日本語)敎育の效果をあげるために敎師たちは樣樣な工夫を凝らした敎授法を提案していた. 話方敎授では敎育效果について何よりも「指導者の自覺如何」によってその成敗が決定されるとして、敎師の責任の重さを强調していた. 發音中心、子供の心理に合わせた敎科書の內容編成要求も見られ、綴方敎授は兒童の目線に合わせて指導することで敎育效果があげられるとしていた. 敎師の問題については音聲、語彙、語法、アクセントの問題を指摘し、朝鮮語を勉强することを장勵し敎師の硏究を促していた. イデオロギ-性の强い日本語敎育の敎授の實狀の考察を通して植民地期の敎育を「近代的な敎育」として見られるかという問題が殘る. 確かに國語(日本語)敎育の效果をあげるための敎師と敎育關係者らの樣樣な工夫が行われていたが、それにも關わらず彼らが强調することは「皇國臣民」たる自覺を兒童に持たせる敎育であった. 子供の心理に合わせた敎育を言及した敎授法も眞の兒童のための近代敎育とは言えない植民地朝鮮の狀況が背後にあったのである.
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本硏究は、條件表現使用の實態を一般化するため、學習環境の異なるJSL學習者とJFL學習者を對象とし、テストによる調査を行い、その使用傾向を檢討することである. そのため、發話デ-タからの傾向を假說として提示し、JSL學習者とJFL學習者の使用傾向を明らかにした. その結果、以下の3点が檢證された. まず、(ⅰ) 中級以上のJSL學習者の條件表現の習得には特定の固まりの形式が存在している. 一方、同レベルのJFL學習者の使用からは同樣の形式の使用は殆どない. (ⅱ) JSL學習者とJFL學習者の條件表現の習得には「假定性の有無」による條件表現の選擇に差がある. (ⅲ) 條件表現の習得には學習環境による差があることが明らかになった. 本硏究の結果から考えると、JSL學習者の條件表現の使用には固まりの形式が關與していること、そして、その固まり表現には日本語母語話者の使用が强く關與していることが分かった. 一方、JFL學習者からは固まりの形式による關與が確認できなかった. しかし、意味的な部分に關しては、JSL學習者とJFL學習者には使用傾向に差があり、JSL學習者よりJFL學習者から强い傾向が觀察された. 本硏究は學習者の發話に注目したことで、從來までは外されていた部分に焦点を置き、それが鍵となり、學習環境の異なる學習者の條件表現の習得の特徵を明らかにすることができた. 本硏究で條件表現の習得に關する全ての疑問点を明らかにすることはできなかったが、條件表現の習得に新たな要因の동きを提示することができたと思われる.
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本稿は鎌倉室町時代、虎關師銅(1278-1346)の撰述した日本製の唯一の韻書の『聚分韻略』(嘉元四年1306)と中世の代表的な唐音資料の『略韻』を比較し、吳音、漢音、唐音の對立が顯著に見られる喉內撥音字を中心に兩書の漢字音の性格や實體を把握したものである. その結果、まず、『聚分韻略』右音注と『略韻』左音注の重なり具合いは88.7%で、高いことが明らかになった. つまり、兩書は、假名遣いの不一致および直音と拗音の違い、吳音と漢音の違いなどで不一致しているものもあるが、兩書の漢字音の系統はほとんど一致していることがわかった. また、『聚分韻略』と『略韻』の唐音の重なり具合いは50%で相當低いが、その理由は通攝の鼻音韻母の不一致がほとんどであるからである. 『略韻』の通攝の場合、一種の長音符號の「」等を表記し、中國元音に近く唐音を轉寫しようとする意圖が見られる. なお、喉內撥音字の唐音形의の鼻音韻尾は兩書でほとんど一致しているが、通攝で特殊の唐音形の─ウが少數見られる. このようなことから、當時の唐音形はある程共通しているが、韻書によっては獨特な音形も存在していることも明らかになった.
5,500
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This study examined the frequency of speech level shifts between predicate and non-predicate. Ending expressions of sentences in a total of 200 sports news articles including 50 articles each from Chosun Daily, Dong-A Daily, Yomiuri Shimbun, and Asahi Shimbun, between September 1, 2012 and October 31, were classified into predicate and non-predicate. Based on the research, the study focused on different patterns of ending expressions in Korean sports news and Japanese sports news. The results found that Yomiuri Shimbun`s sports section is composed of approximately 74.2% of predicate sentences and 25.8% of non-predicate sentences. Asahi Shimbun sports news consisted of 64.4% of predicate sentences and 35.6% of non-predicate sentences. Both Japanese newspapers used non-predicate more often and had higher shifts than Korean newspapers. They also used non-predicate more freely than Korean newspapers. About 96.4% of Chosun Daily`s sports news used predicate sentences, showing little shifts. Dong-A Daily also used 94.3% of predicate sentences in its sports news. Non-predicate sentences in Korean newspapers were used in limited occasions, such as complementing explanation in previous or following sentences, or quoting someone`s words.
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本稿は、野坂昭如の『戰爭童話集』を中心に「文學」と「 歷史」の關係について考察したもので、特に戰爭を素材にした文學作品の 解釋學的方法論に焦点を合わせて考察した. 野坂の戰爭を素材にした童話テキストは、いわゆ「反戰」をテ-マにしているが、讀者によって屈折されるしかない事實に對して疑問を持ち、次の2つの点について考察した. 第一は、12編の話が全て「昭和20年8月15日」という冒頭で始められている点についてである. 日本國民には悲劇的な敗戰日である「昭和20年8月15日」が他の國で飜譯されると「1945年8月15日」というまた別の歷史的な時間대に變換されることで、「讀むこと」において明暗が食い違うしかないのである. つまり「敵」は米軍であり、被害者は幼い動物という敍事的圖式を提示しているため、多面的な意味を持つ‘太平洋戰爭’を素材にしている以上、生ずるしかない解釋的アイロニ-である. しかし、これは冒頭を通して敍事的空間を日本的な世界に制限しようとした作家の隱された意圖が生んだ結果であると見ることができる. 第二は、すなわち野坂は隱された比喩を試みているということがわかるため、これに對してフランク·カ-モ-ドの解釋學的方法論である部內者/部外者の理論を用いて考察した. 野坂は196、70年代の日本的政治狀況の中で、日米の政治首腦部を「部內者」にして、比喩としての童話を密かに書いていたのである. つまり「戰爭」そのものというよりは「戰後」という現在的視点に更に關心を持ち、政治的な觀點に立って「童話」を方法的として選選擇したために、解釋においても「反戰」の意圖は屈折していくしかないのである.

『お律と子等と』論

김희조
한국일본어교육학회|일본어교육  63권 0호, 2013 pp. 131-141 ( 총 11 pages)
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本作品は大正九年の雜誌『中央公論』に發表された短篇である. 芥川は『お律と子等と』で、從來の作風を變えて、家庭を背景にして家族關係から派生する人間關係の葛藤を描いている. 物語は危篤狀態のお律をめぐって、建造、愼太郞、洋一、お絹らが對立する. 回復を願って病氣と鬪っているお律の姿を、愼太郞はシニカルに眺めている. 愼太郞はお律を母というより、賢造の妻だという意識で思っているわけである. ところが、愼太郞が長い間抱いていたお律への憾みと反感は、賢造と同じ部屋で寢ている中に、消え入るようになる. 愼太郞は今までお律を自身の母として認めていたのではなく、賢造の妻として認めていたが、お律を母と胸に受け入れることになったのである. 芥川はテキストの末尾を「愼太郞は大聲に名を呼びながら、もう息の絶えた母の顔に、食い入るような眼を注いでいた. 」と結んでいる. 芥川は自分の切ない母への思いを愼太郞に託しているのである.

金石範文學における「朝鮮的なもの」

오은영
한국일본어교육학회|일본어교육  63권 0호, 2013 pp. 143-158 ( 총 16 pages)
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在日朝鮮人文學には「朝鮮的なもの」が多く表われている. 金石範は、この「朝鮮的なもの」を作品に反映すべきだと主張していたにもかかわらず、多くの作家の作品と比べ、「朝鮮的なもの」の描き方に不自然さが感じられる. それは、他の作家の作品には、在日朝鮮人の有り樣が私小說的な描寫のなかで「朝鮮的なもの」が自然に表われるのに對し、私小說的な表現を回避した金石範の作品には、主人公とあまり關わりのない「朝鮮」が表われているからである. つまり、金石範の作品における「朝鮮的なもの」は說明する形で表現されているため、他の作家の作品より不自然に感じられるのである. 彼が「朝鮮的なもの」を表現すべきだというのは、日本語で作品を書きながらも「作家としての主體」「朝鮮人としての主體」を失わないために必要な重要な表現手段である. 彼が、このような意識を持つようになったのは、朝鮮を植民地化し、抑壓した戰前の日本で生まれ、また民族意識が高まった時期に、「組織」の仕事に携わろうと拘ったことなどが絡んでいたためであろう. 金石範はこのような事情から日本語で作品を書くためには「朝鮮人」、そして「作家」の主體性の確立が必要だと考えられた. 金石範は虛構·想像的な形式を通して「朝鮮的なもの」を表現し、その作品には、濟州島を中心に朝鮮の風習や慣習などが分かりやすく記されているのが分る. 「朝鮮的なもの」の表現として朝鮮の文化、祭祀やシャ-マニズムが取り入れられている. 祭祀は日本において「朝鮮」を味わうことのできる唯一の空間である. 彼の作品には、祭祀の供え物や祭儀などについて細かく說明されている. 男性主人公の女性への眼差しは、儒敎的な考え方に立つ男性支配的イデオロギ-、男性優位主義をベ-スとして表われるものだと言えよう. 在日朝鮮人社會における朝鮮の文化を受け繼いではいるのは「女性」と言えるが、とりわけ、金石範文學において「女性」の役割は大きく、「朝鮮」に繫げたいという氣持ちが作品に色濃く描かれていることが分かる.
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