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일본어교육검색

Journal of Japanese Language Education Association


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 73권 0호 (2015)

언어 사용을 위한 "의사소통 기본 표현"의 제안

윤강구
한국일본어교육학회|일본어교육  73권 0호, 2015 pp. 1-13 ( 총 13 pages)
5,300
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本稿では敎育課程の意思疎通基本表現を、「やさしい日本語」の理念に基づき、話すこと中心に作成した。まず、「やさしい日本語」とは、日本語理解が十分でない外國人が日本での日常生活に不便さを感じたり、災害に對應できずに受ける不利益をなくすために作られた日本語を言う。外國人向けの日本語として外國人サポ一ト敎育の一環である。このような理念は韓國の日本語敎育にも受け入れられる。韓國の日本語敎育は意思疎通能力の養成が目的である。このために、敎育課程には意思疎通のための基本表現が提示されている。しかし、問題点としては話す能力と聞く能力が同じであると言う点があげられる。話す能力は聞く能力に比べ落ちるが、これを見逃しているのである。意思疎通基本表現はこのような点を考慮して作成したほうが良い。以上の考えに基づき、意思疎通基本表現を再作成したものが、表6である。最後に、意思疎通基本表現はを聞くことと話すことに分け、各各作成することを提案する。

학부 일어 통역 수업에 대한 소고 -텍스트 선정 및 수업 운영 사례 제안-

이주리애
한국일본어교육학회|일본어교육  73권 0호, 2015 pp. 15-30 ( 총 16 pages)
5,600
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From around 2000, translation and interpreting education, which used to focus on post-graduate levels, is increasingly delivered at undergraduate levels, in response to market demands and career needs. As such, there is ongoing research on curriculum design and teaching methodology for undergraduate T&I training. Undergraduate T&I training is delivered in two different modes: independent T&I departments or T&I courses offered by general language and literature departments, with most of research focusing on the former, i.e. students majoring in T&I. However, many language departments offer T&I courses as electives for students to take for a couple of semesters. In terms of interpreting training, students majoring in T&I take such courses as introduction to interpreting and BA/AB consecutive interpreting, so that they can advance from basic theoretical knowledge to practical consecutive (and simultaneous in some cases) interpreting skills over a period of two to four years, preparing themselves as potential T&I professionals. In contrast, T&I courses offered by general language departments, mainly for juniors and seniors, tend to be practically- oriented electives to be taken for one or two semesters by students whose needs are different from those majoring in T&I. This study, therefore, aims to suggest that these courses be different from major T&I courses in syllabus design, to meet learner needs in a limited period of time. It draws upon my teaching experience where I conducted a survey on student expectations and post-training reflections. Instead of activities typical to post-graduate T&I classes (selecting texts from different genres, not just texts on current issues, reading, note-taking, interpreting and feedback/critique), this paper proposes other activities that would help enhance language skills as well, such as reading, shadowing, sight translation, back-translation, role play and using media.
5,600
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本硏究では、日本語非母語話者が同じ母語話者の學習者を評價する際に現れる特評價の特徵と問題点を分析ㆍ考察した。評價するデ一タは韓國人日本語學習者5人の「獨話」と「ディスカッション」で、評價者は日本語母語話者4人と韓國語母語話者1人である。全體の評價項目のうち「音聲」項目の下位項目である「ポ一ズ」「單音」「アクセント」「意味傳達に支障がない」の評價結果を分析した。評價者の評價の結果を檢討したところ、「ポ一ズ」は評價者間の一致度が高く、「單音」は評價者間の不一致が、「アクセント」は、タスクによる評價の差が大きかった。評價者4人の評價結果においては、「ポ一ズ」では、兩タスクとも評價者間の一致度が高かった。「單音」の評價では、「獨話」の場合は評價間の評價が一致する傾向であったが、「ディスカッション」の場合は評價の不一致が目立った。「アクセント」の場合は「單音」の結果と逆となり、「ディスカッション」では一致度が高く、「獨話」では不一致度が高い結果となった。評價者5人と、日本語非母語話者を除いた日本語母語話者4人の評價結果を比較したところ、「單音」と「アクセント」は、「獨話」と「ディスカッション」とも4人の評價の一致度が5人の評價の一致度より高いことがわかった。評價後實施した日本語非母語話者のフォロ一アップㆍインタビュ一から、「單音」と「アクセント」においては、他の評價者と異なる觀点から評價を行ったことがわかった。これは、學習者と同じ母語話者であるために、學習者の日本語の特徵に關して寬大な評價を行った結果であった。今後、評價項目と評價基準、タスクの影響、評價者別評價基準の相違などを檢討し、精密な分析をしなければならない。また、より多くの評價者の評價デ一タを確保し、さらなる分析と考察を通して、非母語話者の評價の特徵と明らかにしたい。
5,500
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This year is a big turning point for High School Japanese education. This is the first year of national-level standards of achievement to apply the new evaluation system based on achievement instead the existing relative evaluation system of nine grades. Facing a major transition with a new evaluation system, it was necessary to observe the evaluation of Japanese subject to suggest new directions for the evaluation. This study, in particular, analyzed and interpreted the actual problems of regular high school exams and discussed whether it would be necessary to analyze these examines afterwards. As a result of applying the ‘evaluation result analysis program for each level of achievement’ to the 25 multiple- choice problems to display and interpret the data, it was possible to discover problems that have issues in terms of difficulty and discrimination and provide analysis and feedback on them to identify what the learners were lacking and what the teachers were wrong about the students. It is truly important to analyze the problems, understand the definition of related terms, and identify the numerical information contained in the files derived from the program. What comes after the analysis of problems with even greater importance is the teaching/learning process that comes after the analysis and the feedback of evaluation. For example, it is necessary to analyze the problems that have a big gap with the anticipated rate of correct answers, whose rate of correct answers is too low, and whose level of discrimination is too low to evaluate the students`` achievement for future classes. This would be a shortcut to the vital circulation of overall process of teaching and learning.
5,500
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本稿は話し手と聞き手の間に認識のズレが生じている場面で話し手が聞き手に(再)認識を求める表現として用いられる日本語の「じゃないか」と「のだから」と「よ」が話し手の發話意圖を變えずに置き換え可能である点に注目し,これらの形式は「認識要求表現」という同じカテゴリ一で議論すべきであることを主張した。これらの3形式は,命題內容の(再)認識の要求にとどまらず,先行命題內容が誰もが認識できて當然のことがらであり,その中に含まれていると考えられる「話し手の想定」が評價のモダリティ性をおびるときに置き換えが可能である。一方,同じく(再)認識を求める場面であっても,命題內容が,現在の否定的な聞き手の言動そのものであるとき(「じゃないか」のみ使用可能),話し手の個人的な理由や事情であるとき(「のだから」のみ使用可能),そして聞き手が知っているべき情報ではあるが聞き手にとって新情報であるとき(「よ」のみ使用可能)は,それぞれの形式の固有の性質により,置き換えが不可能である。それにもかかわらずこれらを「認識要求表現」として規定すべきであることについて,これら3形式の置き換えが可能な場合だけではなく,置き換えが不可能な場合でも韓國語の代表的な(再)認識を求める形式である「잖아(jana)」と對應することを根據として提示した。以上を通して日本語の「認識要求表現」の3形式が「話し手の想定」または命題內容の性質によって使い分けられているのをより明確にすることができ,韓國語の「잖아(jana)」にはそのような制約がないことが分かった。
4,500
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本稿は、<變化の繼續>を表す「テイク」構文についての先行硏究のうち、森田(1968)の變化の繼續には無意志動詞が來るといった指摘を受け、主體變化他動詞の場合は、進展性變化動詞句が立ち、主體動作·客體變化他動詞の場合も立つので、補う必要があるといった問題提起から出發した。しかし、<主體動作·客體變化他動詞>の場合は、<變化の繼續>を表す「テイク」構文において、「あたためる」のような主體動作·客體變化他動詞は前項動詞として成り立つが、「沸かす」のような主體動作·客體變化他動詞は不可能である。本硏究では、その理由として動詞の進展性の限界の有無に焦点を置き、考察を進めた。「あたためる」のような[-限界客體變化他動詞]は變化はいくらでも想定でき、<變化の繼續>を表すことができる。一方、[+限界客體變化他動詞]が來た場合には、變化にいたるまでの<動作の繼續>であることが分かった。ただし、單一事象の<動作の繼續>ではなく、<同一事象の反復>による<複數事象の動作の繼續>で、派生的である。このように主體動作·客體變化他動詞にも質の違う二種類が存在していることが確認できた。しかし、こういった二種の主體動作·客體變化他動詞の存在を證明できる他のテストフレ一ムを見つける必要がある。
6,000
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『閑中錄』と『청령日記』は特定の讀者を設定しており、潤色や强調、削除が行われたと窺われる。本稿は作品展開のタ一ニングポイントである壬午禍變と東三條殿の記述を中心に、二人の作者の事實ないし本心が作品に投影されていく過程を追跡してみた。すなわち自敍の日記の本質と言うべき懺悔と告白のかわりに、潤色や强調、削除過程を通じて表われた作品の構成的な特徵を把握しようと試みたものである。『閑中錄』の其1の壬午禍變の記述で、惠慶宮が家門と家族を守りながら生き殘るための手段として選んだ方法は、男性社會の政治的な欲望を告白せず沈默することであった。しかし1795年の其1の和平の政局から變わって、純祖初期の1-2年の貞純王后側の慶州金氏の政局下の其2と其3では、壬午禍變の原因を自分を含めた洪氏家門に有利に記述しなければならない境遇に陷る。其4でも其3の記述をもとに、微妙な黨爭の問題を排除し、當時の多くの勢力の氣にさわらない壬午禍變の名分を立てた。『청령日記』で道綱母は、住いに對する記述を非常に敏感に表している。作者の家は結婚以前から‘左近の馬場をかたきしにし’た所だった。967年、兼家の計らいによって、東三條殿に入ることを前提に、‘近うさりぬべきところ’に移したが入居はできなかった。道綱母は自分の家を隔てられた所であると一貫して表わしているが、これは自分の家を卑下した表現ではなく、上流貴族の居住圈に暮している作者の誇りが含まれた表現である。作者の住いに對する欲望は3男2女を持つ時姬と比べられる自分の敗北感から生じたようである。日記の最後の973年の廣幡中川の轉居は、東三條殿の入居が葉わなかった上、養女の入內も不如意な狀況で選んだ兼家に對する諦めの選擇であった。惠慶宮の內的な告白と懺悔を隱した虛構を書くという營みが『閑中錄』の眞實であり、これは人間の生存という本質を確認させた意圖的な結果であったと言える。『청령日記』もまた日記文學の本質である‘自分の省察’から逸脫する姿を見せており、これは果てしない欲望を持て余した結果であった。政爭に券き迂まれたことはあったが、惠慶宮は英ㆍ正ㆍ純祖に至る3代に王后の諡號まで受けて洪氏の家門を守った。一夫多妻制の矛盾した制度下で道綱母は攝關の上流貴族の身分で、在世中に息子道綱が公卿の座まで昇進する姿を見た。二つの日記作品は、時空を超越して、人類普遍の情緖というべき生存と欲求を希求する二人の生の過程を讀者に見せ、解けない生の眞實と虛構の問題を投げかけている.
5,300
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本硏究では敗戰直後紹介されて日本で國民文學としてセンセ一ションを卷き起こした壺井榮の『二十四の瞳』を通して戰爭を語る兒童文學の存在の意味について考察した。映畵化を通して國民文學として全國的に‘ヒトミブ一ム’を卷き起こしたこのテキストは、戰爭物語でありながら戰爭の本質については隱蔽している。本論文では、戰爭が終わってから十年も經たないうちに、‘被害者日本人’を描いてしまった戰爭描寫とその內容の讀者への影響に着目している。このテキストは戰爭を語る主體として女性と兒童を全面的に出している。そして戰爭問題を田舍の風景、貧しさ、童謠、小學校、庶民描寫などの敍情の世界に配置して遠景化してしまった。この過程には戰後の日本の大衆とメディアが積極的に荷단している。問題は現在に至るまで戰爭の被害者としての日本人が多樣な形態で再生産されていることである。ここではヒュ一マニズムを强調した戰爭記憶が단うべき責任が何であるかについて追求した。

成瀨正一硏究 -その理想主義文學の展開-

조택정인
한국일본어교육학회|일본어교육  73권 0호, 2015 pp. 123-132 ( 총 10 pages)
4,500
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Seichi Naruse (1892-1936) was a friend of Ryunosuke Akutagawa since their time at the First Higher School and the University of Tokyo. Because he was from a wealthy home, Naruse was able to provide significant economic support to the journal Shinshicho (New Currents of Thought). He also provided both material and moral support to fellow First Higher School graduate Kan Kikuchi and was an instrumental figure in creating a foundation for the Shinshicho literary clique to become operational and make a mark in the literary world. Furthermore, Naruse wrote novels, publishing works such as Bone Bleaching (916, Shinshicho)and Voyage (1916, Shinshicho). His literary perspective had an influence on the other members of the clique. Research up until now has largely overlooked Naruse. However, this paper will investigate the development of Naruse’s literary style and influence on the literary clique (including Akutagawa and Kume) while tracing the development of his works.

韓日兩國高校生の相互認識に關する硏究

김은조 , 안병곤
한국일본어교육학회|일본어교육  73권 0호, 2015 pp. 133-148 ( 총 16 pages)
5,600
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本硏究は韓日兩國の高校生が持っている相互認識の違いを調査分析を通し、葛藤を解消してこれからの韓日關係の改善を圖り、相互理解を增進させる基礎を築くことを目的とする。これらのための法は韓日兩國の相互關心度、韓日關係の相手國の言論報道に對する意識、韓日兩國の相互好感度、韓日兩國の嫌韓情緖及び反日感情と分け、分析考察した結果は次の通りだ。最初に、韓日兩國の相互關心度に對する調査をした結果、韓國の高校生が日本の高校生より相手國により多くの關心があると結果が出た。二番目に、韓日關係のメディア報道に對し調査した結果、韓日兩國の高校生全てメディア報道から受ける相手國のイメ一ジは惡いものと表れ韓國が日本に對し、より否定的なイメ一ジを持っていた。三番目に、韓日兩國の相手國に對する好感度に對し調査した結果、韓日兩國高校生の全てが、ホ一ムステイ及び民間交流擴大に對する意見等は、肯定的な應答が高く出ており、大衆文化に關心が高いほど、相手國の言語を習おうとする意思と、友達になりたい程度も高いものと表れた。四番目に、韓日全ての高校生が、嫌韓及び反日感情の深刻さを理解しており、關心度及び好感度と關係なくほとんどの學生達が、自國の政府がもっと澤山の努力をしなければならないと答えた.
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