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일어일문학연구검색

Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 17권 0호 (1990)

권두언 ( 한국일어일문학회 , 일어일문학연구 제 17 집 , 1990 )

전기정
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도연초 (徒然草)의 인생론에 있어서 자유

장안순
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田山花袋はゾラ, モ-パッサン等, 西歐の作家たちの影響を受けて, 「事實」を尊重すべきだという, 言わば彼の自然主義文學を主張し始めるようになった. 花袋の初めての自然主義の主張だと言える「野の花」の序文から, 《露骨なる描寫》《困襲破壞》《皮剝ぎの苦痛》《平面描寫》等の具體的なキャッチ·フレ-ズの下に, 彼は「事實尊重の思想」を主張することに依って, 日本の文壇に自然主義という新しい文藝の思潮の活氣を吹き入れたのは周知の事實である. しかし, 花袋のこの自然主義の主張はあまりにも西歐の科學的な自然主義とは遙かな距離のあるものであった. それは十九世紀の西歐の文學をかなり主觀的な理解の下に情熱的に, しかし情急に受け入れることに依って, もともと寫實主義文學の課題であるこの自然主義に浪漫主義的な課題や態度が假託されるというような矛盾をはらみこんだのである. このような矛盾は花袋にとって轉換を强要するようになり, この危機をどのようにして乘り越えるかが「四十の峠」においての花袋の課題になったのである. 卽ち「四十の峠」で直面しなければならなかった危機の實相は自然主義商揚期の彼の人間觀と文學觀の行き詰まりであったが, これを意識しようとしなかった花袋はそれまでのはなやかであった文壇的, 社會的存在から時代おくれのさびしい存在への移行という現象に重点を置く形で映りつづけたのであった. そしてその辛い現實の推移をいかに心境的に自分に納得させるか, というのが, 「四十のと峠」を越えようとする花袋の課題となったのである.《何も彼も過ぎて行く.何處へ?さうしたことを考へるやうな氣分の日が多かった. 努力, 勞動, 奮勵-さうしたものに欺かれて送って來た日が更に振返つて考へられた. 空虛-何も彼も空虛だ.》(「人生の一宿驛」)《龍太は過ぎ去つた時を繰り返さずには居られなかつた. 大きな潮の中に漂つてゐる身であることが染染とかれの胸に迫つて來た. 「流れて行く潮だ」かれはかう獨語した.》(「一握の藁」) この「時は過ぎて行くのだ」という世俗的な人生感慨こそ, 花袋及び彼の周圍の辛い現實の推移を, 自分に納得させるための, 花袋にとっての唯一の方法になってゆくものであった. 日本的無常觀を背景に持ったこの人生感慨を普遍的な眞實とし, 自己の境遇の變化もまたその例外ではないのだとする認識によって心境的な安定に至ろうとする花袋の姿勢は自然主義作家としての彼の名聲を傷つける余地があると思われるのである.
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