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일어일문학연구검색

Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 20권 0호 (1992)
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형식명사에 관계되는 モダりテイ ( Modality ) - モノダ ( 모노다 )를 중심으로

김옥임(Ock Iin Kim)
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本稿では寺村の硏究を土臺にして, モノダを從來いわゆる形式名詞として扱われてきたモノとム-ドの助動詞であるモノダの二つに分け, 形式レベルと意味レべルで各各の特徵を明確に示すことによってモノダの全體像を記述しようとした. 形式レべルではモノダの相違点について, そして意味レべルではモノダの連續性について述べてきたわけである. その結果, 次の2点が明らかになった. 1. いわゆる形式名詞のモノとム-ドの助動詞であるモノダの判別に際し, 「切れ目」「連體修飾」「意味付加」などが基準になる. 2. モノダは典型的な形式名詞と典型的なム-ドの助動詞の類型を兩極とする連續體になっている. 文法規則と意味規則の形式化を進めていくためには, モダリティと深くかかわる語用論レべルにおいても, 單に表層的な意味だけに賴らず, 深層的な構造をもっと考慮することも一つの方法であり, そのような樣樣な手法でアプロ-チを試みて言語使用のモデルを形式化するのが今後の課題であろう.
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장소명사에 붙는 격조사 (1) 「 ニ , ヘ , ヲ 」 - 한국어 격조사와의 대조분석 -

박재권(Jae Kwon Park)
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場所名詞につく「に/へ」は現代においては區別なく使われることも多いが, その根本的な「歸着点·目標」對「方向」という區別が完全になくなったのではない. したがって, 移動動作の經過過程が重視される場合は「へ」が, 歸着性·目標性が焦点になる場合は「に」が 使われることになる. また, 「へ」の使用の擴張は發音のしやすさからくるものと考えられる. これに當たる韓國語の「e/ro」は大體は「に/へ」と平行的であるが,「に/へ」よりはその根本的な意味に忠實であり, したがって, 歸着性の强いV類動詞には「ro」は使われないし, 方向性が前提されうるIV類動詞には「ro」だけが使われることになる. 移動格の「を」の「經路」の用法は移動動作の經過過程が前提されるという点で, それが前提されない『に」と違っている. この「を」に當たる韓國語の「ruˇl」は大體においては「を」と平行的である. しかし, 「ruˇl」には「を」にはない, 「に」に通ずる「歸着点·目標」の用法がある. 一方, 韓國語の「ro」は「ruˇl」と同じく「經路」の用法を持つ. 結局, 韓國語の「ro」は場所名詞につくと, 「方向」と「經路」の意味を表わすことができ, 「ruˇl」は「經路」と「歸着点·目標」を表わすことができる. 助詞省略の面から見ると, 日本語の「に·へ·を」と韓國語の「ro」は省略されないが, 「歸着点·目標」の「e·ru˘l」は省略ができる. それは前項名詞が[+Human-Place]が地名の場合で, 目的性がはっきりした時である. 一方, 「e·ruˇl」が省略されると言うが, いろいろな点を考え合わせると, 本當に省略されるのは「ruˇl」ではなく, 「e」であると思われる.

부정문의 초점 (焦点)과 의미분석

최병규(Byung Gyoo Choi)
한국일어일문학회|일어일문학연구  20권 0호, 1992 pp. 81-110 ( 총 30 pages)
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本稿は否定文には必ず話者の意圖を表す「否定の焦点」が存在するとの前提の下で, 日本語動詞文の「否定の焦点」と意味特性について考察したものである. まず, 文を 1)「とりたて助詞否定文」, 2)「格助詞否定文」, 3)「副詞否定文」の三つのタイプに分けて, 分析した. l) はとりたて助詞の意味機能によってそこに「强い焦点」が生じ, 意味的には, 現の主張と對立的に存在する含意によって, 意味の强調, 添加や部分否定, 全面否定の關係が規定される. 2) は格助詞には必須的格成分と付加的格成分とがあって, 前者はそれを含んだ文全體が弱い焦点になり, 含意が存在しない. 後者は强い焦点となって, 含意が存在することになる. 3) は否定述語との共起關係により, さらに三種類に分けられ, それぞれ焦点が異なる. 結局, 否定文は「否定の焦点」によって想起される含意の有無によって, 意味特性が異なることがわかった.

모반 (謨叛)의 구조로 부터 본 " 보원물어 (保元物語) "

장영철(Young Chul Jang)
한국일어일문학회|일어일문학연구  20권 0호, 1992 pp. 111-145 ( 총 35 pages)
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『保元物語』の本文には<謀叛>の用例が15例あるが, 主に話者と<謀叛>の反對側にある人物によって使われていて謀叛人のロを通じては言われていない. 『保元物語』の謀叛人としては, 結果から見て<謀叛>に當るかどうかが判明されるはずなのである. しかし, 『保元物語』の謀叛人は<謀叛>の實態を試みるセリフをいくつか持っている. 爲義は東國の背後勢力を動員して都に政め入るという提案を出し, 爲朝は將門の亂を引用しながらいわば逆姓革命のような<謀叛>)の實態を夢見る. 配流地での崇德上皇は日本の大惡魔になって皇と民とを逆樣にしてしまうという呪いを誓う. 事實の<謀叛>が失敗に判明されるに從って, むしろ『保元物語』の謀叛人は極端な<謀叛>の相をロにしているのである. 國爭いを巡る名分を立てる爲, 上皇側は嫡子世襲と重祚の故事を, 天皇側は嫡子以外の皇子が卽位した故事を持ち出している. 特に, 謀叛を起して流配された平城上皇の先例などは, 上皇と天皇の兩側によって便宜をはかって引用されている. 謀叛と關わる先代の皇家關連記事が『保元物語』においての登場人物の各各の立場を强化することに用いられるのである. 謀叛の構造から見て, 『保元物話』の話しは崇德上皇·爲朝·賴長を主體者とし, 爲義·忠實を補助者とする一つの軸と, その反對に後白河天皇·信西と義朝·淸盛·忠通を位置させるもう一つの軸とになっている. ただ, 謀叛の軸の方がその反對軸の方より鮮明な軌跡を描き, 話しの中心部に位置する. また, 話者という存在は各各の場面において雰圍氣を主導するが, 特に謀叛の主體者の悲運に對しては同情の目を注いでいる. 主題と關連して, 『保元物語』には攝關政治と院政に對して制限的な批判情神が施されているが, 謀叛人を同情·鎭魂することによって終局的には天皇制へ寄與するという方向づけが認められる. 他の要素として『保元物語』には<神力·佛力·武力>が設定され, 謀叛を予告·解消しながら全體の內容を導く原動力として作用いているのも特徵になっている.

파초 (芭蕉)의 배해 (俳諧)에 나타난 < 계절관 >

유옥희(Ock Hee You)
한국일어일문학회|일어일문학연구  20권 0호, 1992 pp. 147-179 ( 총 33 pages)
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가무기 (歌舞伎) 「 唐人殺し 」 의 특색과 계보

박찬기(Chan Ki Park)
한국일어일문학회|일어일문학연구  20권 0호, 1992 pp. 181-202 ( 총 22 pages)
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明和元年(一七六四)四月七日の朝鮮通信使の刺殺事件をテ-マにして脚色されていく「唐人殺し」作品群は, この系統の作品だけが持ついくつかの特色が考えられる. その一つは, 「唐人」との付合語として設定された「長崎」という舞臺である. 近世の日本人の多數は「朝鮮人」と「唐人」を同義として見なしていたのであり, 「唐人殺し」作品群の舞臺設定もこのような混用から生じ得ることを取り入れた着想であり, この作品群が「唐人殺し」と呼ばれるようになったのも, 一貫している「長崎」という地名にもよるのてあろう. 二つには傳七·高尾の情話が擧げられる. 事件の前から流行った流行文句と相まって「唐人殺し」に受け入れられ, 定着したのである. これは庶民が關心を持ちやすいことを取り入れようとする作意の表れであろう. さらに, 本作品群の系統分類を通して, 作者及び刊行推定を行ってみた.

「 국성야합전 (國性爺合戰) 」 에서 보는 여성상

하윤희(Youn Hee Ha)
한국일어일문학회|일어일문학연구  20권 0호, 1992 pp. 203-212 ( 총 10 pages)
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국목전독보 (國木田獨步)의 「 산림 (山林)에 자유있네 」 고 (考)

현송희(Song Hee Hyun)
한국일어일문학회|일어일문학연구  20권 0호, 1992 pp. 213-251 ( 총 39 pages)
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「山林に自由存す」(『抒情詩』1897.4)は, 國木田獨步(1871∼1908)の代表的な詩である. これを獨立した一つのテクストとしてみ, 構造分析すると, <「山林」への未來志向的意志>という深層的意味構造として把握される. また, テクスト外的問題として, プリ-テクスト「自由の鄕」との比較や「獨步吟」コンテクストの上での意味を通しても, そのような意味構造がより明確に裏付けられる. 「山林に自由存す」に對するこのような未來的·希望的なよみ方は, 從來これをテクスト分析なしに「山林」に對する過去志向的·否定的な心境としてよんだのとは, カえって反對である. 「山林」は單なる過去の田園という表層的意味から發展し, 自由のある未來の空間, ひいては理想, ユ-トピア, 文學の人生などの意味をもつようになるからである. 獨步は, この詩が出た同じ年の四ケ月後, 處女作「源おぢ」をもって短篇小說作家として本格的に活動するようになるが, この詩は, そのような文學者としての出發を宣布するものといえよう. 高貴な情神の自由が享受できるこれからの文學の空間, それがつまり「山林」なのだ.
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