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Journal of Japanese Language and Literature


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 1226-2552
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 75권 1호 (2010)
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本稿では、20世紀後半の(日本の)新聞テクストにおける「抽象的な外來語の基本語化現像」の要因について、Halliday and Hasan(1976)やMcCarthy(1995)などの言う談話構成機能に注目して、共時的に考察した。20世紀後半の新聞において基本語化されたことが明らかである、「トラブル」と「ケ―ス」の2語を例にみると、「トラブル」の基本語化には、旣存の類義語群の上位語として、それらを範列的に槪括する機能を獲得していることが作用し、繼起的な槪括機能はあまり關與していないことがわかった。一方、「ケ―ス」の基本語化には、一般語(general word)として、テクスト內の(主に先行する)表現を繼起的に槪括する機能を發達させていることが作用し、範列的な槪括機能はほとんど關與していない(ただし、「ケ―ス」が他の類義語に對して上位語の位置に立っていないと斷言することはできない)。現代新聞における抽象的な外來語の基本語化は、この二つの槪括機能が、新聞テクストの槪略化傾向に沿う形で作用し、進行しているものと考えられる。
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本稿の目的は、韓國語「하다(hada)」にだけ對應する日本語の二字漢字語(VN)グル―プ(B-1グル―プ)の類似表現と、他のグル―プ-韓國語「하다(hada/되다(doeda)」の兩方に對應するグル―プ(Aグル―プ)及び韓國語辭書でだけ「하다(hada)」對應するグル―プ(B-2グル―プ)-の類似表現を收集し、それぞれの相違点を把握することである。本稿では、このような硏究目的の達成のために次の3段階をとった。第一に、3つのグル―プの一千語ぐらいのVNを類似している意味別に分類した。第二に、B-1グル―プの類似表現(VN)を基準に、他グル―プ(B-2グル―プとAグル―プ)の類似表現(VN)を抽出した。第三に、これらの類似表現(VN)の辭典的意味の檢討と、收集した用例や複合語の分析などにより、各類似表現(VN)の相違点を把握した。その結果を大きくまとめると、次の3つのことが言える。①各類似表現(VN)間の意味的相違点が明示できたことにより、3グル―プの特徵を把握する基礎資料を提供するこごができた。②同じ漢字語で表わすVNなのに、例えば、日本語では不自然である”抗爭軍"、韓國語では不自然である”感激家"などのように、その使用においての兩國語間の比較硏究ための基礎資料が提供できた。③日本語の語彙學習に實質的に役立つことができた。勿論、本稿が主にいくつかの複合語調査結果を比較の基準としたため、その結果に制限性が窺えるはずだ。今後このような問題点を補えるような硏究が期待される。
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本稿は日本地名がハングル音注で記された南龍翼の『扶桑錄』(1655)と『癸未隨사錄』(1763)を中心に日本地名を音聲的にどのように表記していて、表記法がどのように變化したか調べたものである。日本地名は『扶桑錄』では39例、『癸未隨사錄』では57例が記されている。長音表記においては、『扶桑錄』では``オ段+オ/ウ``を母音の``오+우``、長音表記をしていない例があり、『癸未隨사錄』では``オ段+オ/ウ``を母音の``오+오``の例がある。長音表記のうち、特異なものは『癸未隨사錄』で``オオ``を``오오``のように繰り返し符合を用いて表記したことである。このような繰り返し符合による表記は、『海行摠裁』ではその例が見られず、まだ『海行摠載』に收錄されていない南玉(1763)の『日觀記』にその例があるが、これは同じ漢字音の表記のための繰り返し符合である。『扶桑錄』では``カ``を``가/ㄱ-개/기``、``キ``を``기``、``ケ``を``겨``、``コ``を``고``を用いて表記しており、『癸未隨사錄』では``カ``を``ㄱ-가/가``、``キ``を``기``、``ケ``を``ㄱ+겨/계``、``コ``を``ㄱ+고/코``で表記している。主に語頭では``ㄱ``、語中や語尾では``ㄱ+ㄱ``の例がある。``ㄲ``ではなく``ㄱ+ㄱ``で表記したのはハングルの濃音表記(各自竝書)と同じ意味でとらえられるだろう。『扶桑錄』では``ガ/ゴ``の表記を``가、ㅁ+가、ㄴ+가、ㅇ+가/ㅇ+고``で表記している。濁音節の先行音節の``ㅇ``の場合は漢字音による表記もハングルによる表記も同じであるが、濁音節の先行音節の``ㄴ/ㅁの例は『扶桑錄』以外では見當たらない。『癸未隨사錄』では``ガ/ゴ``の表記は``ㅇ+가/ㅇ+고``、``グ``は``구``で淸音表記している。『扶桑錄』では``ジ/ダ/ド``を``ㄴ+지/다/도``、また濁音節の先行音節に鼻音要素を入れていない例もある。『癸未隨사錄』では``サ/ジ/ダ/ド``を``자/지/다/도``で表記している。これは濁音の前接していた鼻音的要素が失われているといえよう。``ツ``の表記は``ㅈ+우``から``ㅈ+으``へ變っているが、``ツ``の母音が円唇性母音から非円唇性母音へ變ったのは音韻外的變異で、當時の人人が``ツ``の母音をありのまま充實に記したものであろう。
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膠着語である日本語の特徵を一番よく表わす格助詞の用法の中で、材料·手段を表わす場合の格助詞の交替現像について前項名詞の特性を中心として分析してみた。材料·手段を表わす場合、「あえる、炊く、煮る·煮入む、蒸す、ゆでる」動詞の用法から分かるように「で」格の使用が一般的である。しかし、かなりの動詞においては「に」格の現われることになる。すなわち、前項名詞を材料·手段として認識するよりは、前項名詞の場所的な對象性、場所性が强調される場合は「に」格が使われることになるのである。それとは逆に動詞の他動性が强調されると、すなわち、後項動詞に表現の焦点が置かれる場合は「で」格が現れることになる。また他動詞の場合、二つの對象(A, B)が現われる「AをBに/でCする」のような文型においてBの量が多いかBを動かしにくい場合は「に」格が現われ、その逆の場合は「で」格が使われることになる。すなわち、「で」格が使われると前項名詞の移動性が考えられるが、「に」格の場合はそういうことは前提にならない。他の一方においては「に/で」格が共に現われる動詞の場合であっても受け身の形になると受け身の動作主または場所的な對象としての槪念が强いだけに「に」格の使用が一番的である。「で」格は本稿において取り上げた「覆われる」「隱される」「圍まれる」などのような一部の動詞に限って現われることになるが、「に」に比べてその使用頻度が低い。結局、受け身文において「に」格が使われる場合は動詞主または場所的な對象としての認識が强く、「で」格が現われる場合は手段·材料としての認識が强いと思われる。また、受け身文において「に」格の現われる場合はその動作をするか、その動作を成し遂げた主體が何かに焦点が置かれるのに對して、「で」格の使われる場合はその動作を起こした材料·手段が何であるかに焦点が置かれることになると思われる。從って、文章全體としては後者の場合に前項名詞が强調される表現になるのである。

日本語學,日本語敎育學 : 認識,思考,判斷の連鎖的分析 -謝罪表現を中心にして-

야하라마사히로 ( Yahara Masahiro )
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本稿は、社會言語學の分野における謝罪表現の話し手および聞き手の認識·思考·判斷における分析を試みたものである。從來の硏究では、硏究者が頭の中で、謝罪表現の狀況や場面を考察、また吟味し、言語生活の中から實際に起りうる場面を導き出し、アンケ―ト調査に望む場合がほとんであった。しかし、硏究者ごとに判斷は異なり、また、同じであったとしても頭の中でのみ消化されてきた內容を、基本的な思考のパタ―ンとして、表記し提示することによって、ある場面が起らざるを得ない、あるいは、起るべくして起ったということの說明が可能になり、それは、言語生活における自らの記憶や經驗の中から無作爲に導き出すといった方法ようりは、はるかに論理的ではないかと論者が考えるからである。從って、以上のような內容を踏まえた上で、硏究を進めた結果、一般的に、社會言語學では、アンケ―ト調査により、性差(男女差)、年齡(年代)差、地域差、あるいは、人間關係における親疎、上下關係などを中心に分析が行われているが、そのような硏究では、形式的謝罪は取り上げられても、謝罪における「自己謝罪拒否型」「他謝罪拒否型」のようなものは扱えない。しかし、このような場面は、小說·映畵やドラマのシナリオのような文學の世界では容易に確認できる場面であると言える。また、話し手を中心に見た場合、各各の場面で、自己の意志(判斷)によるものと、外部からの何らかの力によって、自分の意志とは關わらず、謝罪できないというものがあることが確認できた。特に、本稿における謝罪表現においては、前者を「自己謝罪拒否型」「形式的自己謝罪表現」、後者を「他謝罪拒否型」「形式的他謝罪表現」とした。一方、聞き手を中心に見た場合、各各の場面で、話し手の表現をそのごとく受けとめるか否かにおいて自己の意志(判斷)によるものと、外部からの何らかの力によって、自分の意志とは關わらず、强いられるものがあることも確認した。本稿における謝罪表現においては、前者を、「聞手自己判斷型形式的謝罪表現」「聞手自己判斷型謝罪」、後者を「聞手他强制型形式的謝罪表現」「聞手他力型謝罪」とした。また、話し手が謝罪をすべきところで謝罪をしない「無視型未謝罪」と、聞手が話し手が謝罪しなければないないたちばなのに、しないと受け止める「聞手無視型未謝罪」も確認できた。さらに硏究を外郭に進めていくと、社會言語學における屬性が現れてくる。本稿では、謝罪表現の基準となるパタ―ンを明らかにし、以下、今後の課題としたい。

日本語學,日本語敎育學 : 韓日依賴會話の構造分析 -友人間の電話會話を題材に-

신원선 ( Won Sun Shin )
한국일어일문학회|일어일문학연구  75권 1호, 2010 pp. 93-110 ( 총 18 pages)
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依賴行爲はそのリスクの大きさから、從來から多くの硏究が行われてきた。しかし、そのほとんどは質問紙を用いた談話完成テストやロ―ルプレ―を材料にしたものであった。本硏究は友人に電話をかけ、調査協力を賴む實際の會話を分析對象にしていることに意義がある。本硏究では依賴行爲をめぐり起こりかねない誤解や摩擦の予防に一助することを目的に、韓國語と日本語による依賴會話の構造を分析した。moveを分析單位とし、兩言語における發話機能を考察した結果、兩言語とも「說明」や「依賴」、「受諾」など、依賴行爲の中核を成す中心的な發話機能の使用頻度が高い点で共通していた。しかし、「狀況確認」、「感謝」、「謝罪」、「終了暗示」「あいさつ」など、會話を構成する補助的機能において韓日で差が見られた。依賴と斷りの言語表現を中心に兩言語を比較したところ、依賴表現では韓日ともに相手の意中を聞く表現が多いことで共通していた。一方、韓國語では相手の能力や義務として依賴を表明することが、日本語では自分の置かれている狀況や依賴內容を說明することで相手から察してもらうやり方が特徵的だった。斷り表現は數が少なく一定のパタ―ンは現出せなかったが、韓國語の場合、直接的に斷る旨を言うケ―スが、日本語の場合、代案を提示するケ―スがあり對照的だった。
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これまでの謝罪行爲に關する硏究は、日本特有の謝罪表現に注目した硏究や日本と他國における謝罪行爲の對照硏究が主になされてきた。が、本論文は、異なる謝罪行爲を行う二つの文化が接した際の姿、つまり、異文化適應の視点からの謝罪行爲に焦点を當てて硏究したものである。2005年8月から10月にかけて、東京や東京近邊地域に住んでいるJSL韓國語母語話者224名を對象に質問紙調査を行い、謝罪行爲における適應要因としてはどのようなものがあるのか、その適應要因はどのような傾向を見せているのかについて調べた。さらに、통口(1997)の日本生活における滿足度測定の項目を用いて、謝罪行爲における適應要因との關連についても考察した。その結果、JSL韓國語母語話者の謝罪行爲をとりまく異文化適應に影響を及ぼす要因として、違和感、謝り方の變化、謝ることばに關する知識、日本人の謝り方習得への必要性などが明らかになった。JSL韓國語母語話者は自分と異なる謝り方を行う日本人の謝り方に對して、違和感を强く感じてはいなかったが、違和感を感じていないとも言えない微妙な傾向がうかがえた。また、JSL韓國語母語話者は、日本で生活する以上、日本人の謝り方を習得する必要があると强く感じており、それは、日本での自分自身の謝り方の變化にも影響を及ぼし、日本人には日本人の謝り方を行い、誤解をもたらす可能性を最小限にしようとしている姿がうかがえる。韓國では、日本人の謝罪定型表現の使い方は日本語の特徵の一つとして認識されよく知られており、それを課題にした本も數多く發行されている。そのため、JSL韓國語母語話者は日本語の謝ることばに關する知識をある程度熟知していた。さらに、JSL韓國語母語話者の「日本生活における滿足度」と「謝罪行爲に關する適應要因」との間で、相關係數を求めた結果、「日本生活における滿足度」と「謝り方の變化」「日本の謝り方習得の必要性」の間で、正の相關があった。このことから、日本生活における滿足度の高い人が、日本人の謝り方習得への必要性をより强く感じ、實際の謝り方においても變化があることがうかがえる。つまり、謝罪行爲における適應感の高い人は、全般的なその異文化での滿足度も高いのではなかろうか。このように、JSL韓國語母語話者の日本生活における滿足度と、謝罪行爲との關連が深いことが示された。

日本語學,日本語敎育學 : 日本語擬情語の意味擴張

장진영 ( Jin Young Jang )
한국일어일문학회|일어일문학연구  75권 1호, 2010 pp. 131-148 ( 총 18 pages)
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本論文では、日本語擬情語が物事の音を表す擬音語や具體的な動作·樣子を表す擬態語から抽象的な槪念を表す擬情語に意味擴張していく過程を考察してみた。その結果、擬情語の內部においていくつかの意味擴張のパタ―ンがあることが明らかになった。すなわち、擬音語から擬態語を經て擬態語にいたる意味擴張パタ―ンと擬態語から擬情語にいたる意味擴張パタ―ン、この場合は、視覺、觸覺、嗅覺、內部感覺から擬情語への意味擴張に分けられる。そして意味擴張がなく擬情語としての意味だけを持つ場合などである。この場合、各各のオノマトペが持つ具體的な物事の音や樣子の描寫がメタファ―によって抽象的な槪念、すなわち、人の感情や心理狀態を表す擬情語に擴張していく。また、音と意味との關係が密接なオノマトペの特徵としてよく言及される淸·濁の對立關係においても、擬情語は擬音語·擬態語との相違点が現れる。音を描寫する擬音語や具體的な感覺の描寫である擬態語の場合は、形態的な對立と意味との對應關係がみられるが、抽象的な意味に擴張した擬情語の場合は音と意味との關係があまり緊密ではないので、形態的な對立と意味との對應關係がみられない。そのため、形態的には情·濁の對立のペアを持つ「はらはら」「びくびく」の場合、擬情語の意味である時は、意味的な對應をなすペアが存在しない。

日本語學,日本語敎育學 : 日韓親子關連のことわざ對照硏究 -子の視点からの親像-

다바타미쓰코 ( Tabata Mitsuko )
한국일어일문학회|일어일문학연구  75권 1호, 2010 pp. 149-173 ( 총 25 pages)
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本稿は、韓國と日本、兩國の諺を認知意味論の立場から發信者の「視点」に着目し主に比喩表現の對照考察を試みるものであり、その目的は、諺に內在する人人の思考のメカニズムを追究するところにある。資料とする諺は、日韓母體とする辭書の中から「親子」關連の諺を選出し、さらに「子の視点」から生じた諺に絞り「恩」「信賴」「(親より)良いもの」「權威」の4つの意味項目別に收集した。分析の基準は、主に隱喩、換喩、提喩の3種類の比喩表現である。その結果を要約すると次の通りである。①日韓ともに共通する点は、「特殊をもって一般を語る提喩」が多くみられた点、諺の特質上當然のことと思われるが隱喩は大部分が<抽象>を<具象>に喩える諺が多かった点である。②「恩」の項目では、日韓「親の恩」は、海、山、水、天地(韓國は「天」)に喩えた隱喩で共通しているが、比喩の種類が異なるものがあった。「七光、七所照らす」(隱喩)と「팔자」「가문」(換喩)また、日韓對應する言葉でも上位槪念と下位槪念が異なるものがあった。③「信賴」の項目では、日本の諺には「共感覺メタファ―」の類型を發見できた。一方、韓國は狀況描寫によって親に會えた喜びや離れた悲しみを表した隱喩が見られた。④「(親より)良いもの」は、「火」と「夫」は共通するが、日本は、主人、師匠、食後の休憩であり、韓國は、友、お金、自分の物である。比喩表現については、換喩、隱喩、提喩さまざまに見られた。⑤親の「權威」は、日本では、親の聲は「神の聲」、親の意見は「冷酒」·「茄子の花」、親の동めは「牛のしりがい」に喩えられるのに對し、韓國では「부모말」が「문서(文書)」に喩えられており、隱喩が使われている。
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日本語の「~と思う」についての硏究はかなり多く行われているが、希望の「~たい」と文末思考動詞「思う」とつながった「~たいと思う」形式の表現に注目した論文はあまり見られないようである。特に、「~ていただきたいと思う(~てもらいたいと思う)」「~させていただきたいと思う」表現形式は、もっとも日本語的な表現と思われ、用例を集めて韓國語と對照してみたのである。本稿では「~たいと思う」を「~싶다고 생각하다」に直譯出來る場面と出來ない場面に分類して日本のドラマの例文を整理し、その條件をまとめてみたのである。日本語では「~たいと思う」が自己行爲の宣言の場面で使われるが、韓國語ではこのような用法としては使われないのである。今から乾杯しようとしている時に使う「それでは乾杯したいと思います。」のような用法は日本語らしい表現と思われる。つまり、日本語の場合は「~たいと思う」に「モダリティ」の機能があるが、韓國語にはないというのが大きな違いと言えよう。なお、意志形の「~しようと思う」と交替可能な「~たいと思う」用法の場合は、韓國語の「~싶다고 생각하다」という形式では使われないので、對照の觀点で非常に興味深いことである。このような理由から「~と思う」形式の中で「~たいと思う」形式に注目して考察してみたのである。
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