글로버메뉴 바로가기 본문 바로가기 하단메뉴 바로가기

논문검색은 역시 페이퍼서치

일본어교육검색

Journal of Japanese Language Education Association


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 19권 0호 (2001)

한,일 양국의 대우행동 대조 고찰

고대곤 ( Go Dae Gon )
한국일본어교육학회|일본어교육  19권 0호, 2001 pp. 187-209 ( 총 23 pages)
6,300
키워드보기
초록보기
系統がほとんどにているという他のアルタイ諸語でもその類例を發見できない複雜な敬語法が韓·日兩國語には發達している。これによって兩國の敬語法についての硏究がかなり進んできたことも事實であるが、その硏究內容を見ると一般的に敬語法の基本體系か表現形式、敬語法の使用法に傾けていると見ることができる。早くから歐美の言語學者間では言語的·非言語的行動の重要性を認識してこれについての硏究がたくさん行われているし、これに關連した待遇行動についての硏究も活發に進行している。しはし、待遇行動についての硏究はまだ初期段階であり、これについての兩國の對照硏究は全然行われていない。このような傾向によって、本硏究では待遇行動の一つである各自費用負擔にかぎって對照した。非言語的待遇行動で韓國人と日本人との間では差があるだろう。これは社會言語學のテ一マとして重要である。本論文は韓·日對照言語學の第一步として、大量のアンケ一ト調査によって兩言語の待遇行動に對する構造を比較對照することに目標をおく。

한,일 어휘와 표현의 명석성(1)

차덕호 ( Cha Deog Ho )
한국일본어교육학회|일본어교육  19권 0호, 2001 pp. 233-253 ( 총 21 pages)
6,100
키워드보기
초록보기
言語における對象の把握は恣意的である。語彙の體系や表現の在り方にはその言語を使用する集團が持っている對象への見方が反映されているからだ。このように集團固有の環境や文化によって決定される語彙の體系と表現の楊相は相對的なものであり、優劣を論じる問題ではない. ここでいう明晳性とは、弁別力があり、明確で論理的、合理的であるという意味であるが、この論文では言語全體を對象にして評價ではなく、韓國語に比べた場合の日本語の明晳性を問題にしており、中でも日本語における明晳性の欠如だけをとりあげている。勿論韓國語より日本語の方が明晳性が優れている部分もあるが、今後の課題とする。 考察においては日本語における明晳性の欠如をいくつかの領域に分類して實例をとりあげた。 ·造語における矛盾(せんぬき、はばとび、まあけずぎらい、とんでもない、おぼろけない、はだぬぎ、たかかり) ·時間的矛盾(さき、こんど、た) ·用法の矛盾(使用人,雇傭者,はめる、はさむ、ばい、ちがう) ·意味の相反(かえる、きく、こわれもの) ·表現の暖昧さ(こおり、じかん、ごと) ·未分化(おす、はやい、こげる) ·單一語(こいぬ、めうし、ぎゅうにく、だまされる、やられる) ·助數詞(ちゃく、まい、こ) 考察の結果、日本語における明晳性の欠如は、明晳性を保障する諸要素のなかでも意味領域における暖昧性、省略や慣用による表現の不完全性、特に全體的な正確性の欠如による非論理性によるものが多かった。

「とはずがたり」의 경어 연구 -경어접두어 「어」과 그 표현형식을 중심으로-

도기정 ( Do Gi Jeong )
한국일본어교육학회|일본어교육  19권 0호, 2001 pp. 255-268 ( 총 14 pages)
5,400
키워드보기
초록보기
中世敬語の硏究の一環として、『とはずがたり』に用いられている敬語接頭語である「御」を中心にその?み方と「御」に付く敬語の諸形式について考察を行った。これをまとめると次のごとくである。 1)「御-」は後接する語彙によって次のように區別される。 <漢語系> ·[ぎょ] - 一字の漢語に專用しれてあり、敬意の對象も天皇,院,女院に關することがらに限って用いられている。 ·[ご] - 和語に接する例は非常に少なく、本資料においても漢語のみに冠せられている。 <和語系> ·[み] - 「御山」、「御幸」、「御代」、「御與」など、上代以來、[み-]と固定化された形の語彙に用いられている。 ·[おん] - 和語·漢語などすべての語彙に冠せられ、多用されている。 ·[お] - 室町以降は多用されるが、まだその用例が少ない。 2)「御+形容詞」形式においては、平安以來の用法である「御+形容詞の連用名詞形」の用例や「御+名詞+形容詞」形式が見られると同時に、中世敬語の性質の一つである「單純形容詞」に「御」を直接冠したものが7語11例あった、。(「御わづらはし」「御恨めし」「御むつまし」「御ゆかし」「御いたはし」「御おぼつかなし」「御幼し」)しかし。この形式について、「御」が轉寫の際に附加されたという說もあるが、同時代の他の作品からもこの形式が散見されるし、また、室町期の 『御湯殿上日記 』(1477年~)にも多用されることから、鎌倉期のはもうすでに、この用法が用いられていたと考えられる。 3)「御-動詞」形式においては、その代表的はものとして「御-おり」「御-なる」形式があげられるが「御-なる」形式のほうが敬度が高かった。また、「御-おり」の不定形である「御-なし」形式や、そして謙?表現である「御-なる」形式も用いられていて、その中世的な用法の多楊性が認められる。

가와바타야스나리(川端康成)의 『설국』론 -문체와 주제의 관련양상을 중심으로-

최종훈 ( Choe Jong Hun )
한국일본어교육학회|일본어교육  19권 0호, 2001 pp. 269-289 ( 총 21 pages)
6,100
키워드보기
초록보기
拙論は「雪國」の文化の把握するにあたって特にナレ-タ-の語っていく出來事の語り方の特徵という面から握んでテ-マとの係わり方を考察して見たものである。川端康成(以下 川端と稱する)は新感覺派運動と新心理主義の創作手法と接することによって表現形式と表現內容のいわば自分の文體革命を試みるまではその特異な生い立ちに素材を求めた自傳系列の作品を主に發表して個人の社發に向かう係わり合いを寫實主義的表現手法で一貫した。が、それ以後は人間の自然に對する係わり方に注意が向けられるようになってから自然の方にタ-ンして、これを文體と主題に導き出して行ったのである。しかし、川端は「雪國」と書き始めてからそのような表現態度を捨て、作品の素材を文化を構成する重要な要素採用、作品を書いて東洋の「寫實的象徵」の表現態度を取ったわけである。こうした表現手法は人間の生の確固たる文體を形づくった。作品世界を通じて現われたこのような表現手法はあくまでも自然描寫を效率的な方法とし、これと人間の有り楊とを融合させ、自然の中の人間を語ろうとしたのである。川端のそのような作品創作のアイデアは、とりもなおさず、彼の文學行爲の奧に流れる東洋への回歸と共に日本の 民族に對する强い愛着から始まったものであると押して知ることができる。これはつまり、當時の日本における近代産業主義政策の加速化と戰時體制という狀況の下の日本自體の現實の中で民族主義に적徹した彼は「源氏物語」「平家物語」など日本古典文學作品と東洋の佛敎に耽溺し、1930年代に入って自分の文學的發想をヨ-ロッパの技巧から東洋の特徵的な自然界の現狀に目を向けて素材を得, 作品化したのである。彼は自然を文學の發想として人間は自然の一部分であるという考え方が作者自身の意識の中に內在していたからである。こうした考え方は自然界の現狀を通じて人間世界の現狀を把握しようとしたのであり、また自然界での自然物の有り樣や成り行きを通じて人間の有樣や成り行握もうとしたのである。したがって「雪國」の作品世界におけるこうした自然と人間の融け方を構想原理で雪國の美の重要な要素を成していつつ、作者自身の理念を效果的に傳えてゆくために視覺的印象の鮮やかな色彩とか比喩表現などを目立たせ、象徵的に描いてゆく表現手法を取ることにより雪國の變化してやまぬあるイメ-ジを創り出そうとする文體を形造ったものであり、ひいてはこれを主題の次元にまで繫いでいったわけである。

『近代秀歌』における和歌考

안수현 ( An Su Hyeon )
한국일본어교육학회|일본어교육  19권 0호, 2001 pp. 291-318 ( 총 28 pages)
6,800
키워드보기
초록보기
藤原定家歌論硏究에 있어서 반드시 읽어야 할 연구서로서 『近代秀歌』와 『每月抄』가 定家의 첫 걸음이라 해도 과언이 아니다. 종래, 定家歌論의 硏究패턴은 대부분이 兩書의 註釋的檢討에 集中되어 온 것이 一般的인 通說이다. 그러나, 兩書의 論理的構造를 同時的存在로 취급하여 왔다고 볼 수 있을 것이다. 물론 『近代秀歌』와 『每月抄』의 成立時期가 비숫하다고 할 수 있으나, 定家歌論體系의 再構成上, 무언가 決定的으로 重大한 것을 가지고 있는 것으로눈 認識되지 않았다. 즉, 이들 兩書間에눈 相當한 相關關係가 있다는 것을 관과해서는 안된다는 점이다. 바로 여기에 기존 定家歌論硏究에 存在하는 하나의 前提가 놓여지는 것이다. 定家의 일부 僞書一群을 제외하면, 그의 和家十體論에 關한 具體的인 說明이 없다. 더구나, 十體定立중에서 「有心體」を最高理想으로 삼고자 한데 定家의 意圖가 있다고 할 수 있다. 바로 여기에 問題가 발생하고 있는 것이다. 紀貫之이래 제시되는 和家論의 주요 테마인 「心·詞 그리고 姿」의 정의와 자세가 어떤 경로로 거쳐 定家의 『近代秀歌』에 영향을 미치고 제시되는가를 당시 近代六歌仙이라 불리운 經信등 6人의 노래를 歸納的方法을 통하여 定家를把握하려고 하는 것이다. 순서적으로 『每月抄』를 검토하여, 『近代秀歌』를 問題視하게 되며, 나아가 『詠歌大槪』를 거론하여 歌合判詞등 또 기타 定家古典注釋關係에까지 연구범위 및 조사내용도 주의를 요해야 할 것이며, 이들 각 자료성립시기에 관한 배경도 아울러 고찰되어야 할 필요가 있다. 자칫 斷片的으로 흐를지 모르는 위험을 염두에 두면서, 定家의 歌論的見解가 어떤 상황에서 연유되고 이를 세상에 전하고자 했는가를 밝혀나가기 위한 첫 단계로서 본 연구의 焦點을 두기로 한다. 앞으로 이들 客論的資料들의 有機的인 總合에 의해 定家의 歌論體系를 全體的으로 把握하기 위함이다.
<< 1 2