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일본어교육검색

Journal of Japanese Language Education Association


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 42권 0호 (2007)

일본 만화에 나타난 한국인의 이미지에 관한 고찰

장용걸
한국일본어교육학회|일본어교육  42권 0호, 2007 pp. 217-240 ( 총 24 pages)
6,400
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これまで「美味しんぼ」という作品のなかで、韓國のイメ一ジがいかに表現され、作り出されるかについて分析してきたわけである。それを要約すれば次のようである。まず、文化相對主義的な觀点から韓國の文化を理解しなければならないということを强調している。その同時に韓國とは全く變わっていないし、單に傳統的な價値觀に縛られているようなイメ一ジだけを表しているといわざるをえないだろう。それが儒敎文化の踏襲と傳統的な料理法で作られた韓國の料理の紹介である。儒?文化の場合は、韓國人の精神的な世界は相變わらず過去の歷史的な思想の中から離れられないで、まるでその儒敎文化こそが自分達の姿のように思いながら生きていくように見えるのである。目上の人がお酒を飮んでいるときは下の人は目上の人がお酒を全部飮むまでにまたなければならない。さらに、目上の人の前ではたばこも吸えない。そのような權威主義に滿ちた上下關係という人間關係を姿を見せてくれているのである。その反面日本の場合は、もうすでに固い權威主義は消えてしまって平等的に人間關係が變化している樣子を見せているのである。これは韓國のイメ一ジとは全く違ったイメ一ジであろう。韓國は單に朝鮮時代にとどまっていることで、日本は近代化に成功した國家の姿を見せていると言えるだろう。二つ、世界は國際化が進んで大きく變化しているに關わらず、韓國人はひたすら植民地主義の名殘とも言える自文化中心主義に陷って、多の文化を理解しようともせずに、ひたすら自文化の、優越性だけを强調しつつあり、他の文化を認めようとしないのである。さらに、他の文化に對しては自分の文化の優越性を持って攻擊的な姿勢を取っているということである。それとは違って、日本は國際化の環境を良く理解しているし、文化相對主義的な觀点から相手の文化を理解しようとする努力を見せているのである。そして對決よりは强調を通して韓國と日本との關係をもっと友好善隣的な道への導こうとする姿を强調するのである。兩國のイメ一ジが全く背反對になっているのである。

재한일본인 아내의 결혼동기에 관한 연구

김석란
한국일본어교육학회|일본어교육  42권 0호, 2007 pp. 241-258 ( 총 18 pages)
5,800
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韓日結婚は、かつて日帝?占期の朝鮮人と日本人の婚姻である「內鮮結婚」をはじめ、現代にいたるまで長い年月を通して行われている。現在韓國に永住している日本人の妻が配偶者として韓國の男性を選んだその動機は、まず第一は、戰中に知人や兩親からの勸めで、生計のため當時日本社會の中である程度經濟的に安定している朝鮮の男性を選んだ場合がある。第二は、時代を問わず男性と知り合い愛に落ち、その男性が韓國人であってその妻になった場合、第三は、韓國を本據地とする宗敎を信じることにつれてその宗敎の結婚手續きによって結婚希望對象國として韓國を選び韓國人と結婚した場合の三つの類型がある。その三つの類型の中で、戀愛の相手と結婚する場合を除いた生存のために配偶者を選んだ場合と、宗敎を通じて結婚した場合は韓日國際結婚の特殊性と言わざるを得ない。このような配偶者として韓國人を選んだ日本女性の選擇に對する周邊の日本人の意識は、時代によってそれが變わってくる。日帝强占期は、被支配國民に對する支配國民の差別と優越感という意識で、彼女たちの選擇は否定された。それが時代が變わることによって、日本人の國際結婚に對する意識の變化と國際社會の中での韓國の意識や韓流ブ一ムなどで、韓國に對する日本人の意識も變り、韓日結婚に對する日本人の意識は變った。すなわち支配國と被支配國であった韓日關係が韓日とも相互結婚對象國になったということである。さらに時代の變りによって結婚動機も變わり、生活のためではなく愛に基づいたお互いの結婚條件を考えた上で相手を選ぶことになった。それはまた社會的な面でもその變化が見られるが、過去最も日本と韓國の低所得層の低層民の間で行われた韓日結婚が、今日は國際社會の中での出會いということから敎育的、社會的、經濟的の面を考慮した選擇になったということである。
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