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Journal of Japanese Language Education Association


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 58권 0호 (2011)

한,일 기계번역시스템의 문제점 고찰 -번역가 번역문과의 대조분석을 통해-

이하자 , 안동미
한국일본어교육학회|일본어교육  58권 0호, 2011 pp. 151-165 ( 총 15 pages)
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本硏究の目的は、機械飜譯システムと飜譯家の飜譯とを對照分析し、機械飜譯システムで起こる問題點と飜譯家の飜譯にどのような違いがあるのかを考察することである。 硏究方法は、新聞記事と『冬のソナタ』のシナリオの韓國語原文、機械飜譯システムの飜譯、飜譯家の飜譯を語彙、文法、社會言語3項目に分類して對照分析した。尙、機械飜譯システムの飜譯は、インタ-ネットポ-タルサイトで提供される機械飜譯システムを利用して韓國語を日本語に飜譯したものを使用した。硏究結果、新聞記事とシナリオ共に、機械飜譯システムで利用されている辭典が口語體を主にして構成されている特性と、語彙の分析段階で漢字を優先的に檢索し、生成する特性があることがわかった。これにより語彙では機械飜譯システムが飜譯家の飜譯より和語で飜譯される傾向がある。そして、新聞記事とシナリオ共に、同音異義語及び類義語の問題があり、また固有名詞を機械飜譯することには限界があることが分かった。文法では、機械飜譯システムにおいて新聞記事はだいたい文法に當たる文語體に敍述されていることで安定的な構文解釋ができ、誤譯の可能性が低い。しかしシナリオは語順の變更、省略·縮約が多い口語體に敍述されていることで構文の解釋に困難があり、意味解釋·變換·生成部分で社會言語的な談話要素を全然分析することができなく、誤譯の可能性が高くなることが分かった。また機械飜譯システムは話者、主語、動作の方向、中心、視點を正確に把握できないので日本語の特徵である受け身と授受表現において不自然な飜譯を發生させることが多かった。特にシナリオでは終助詞、接續詞、アスペクトによる誤譯で內容が變質されることが分かった。社會言語では、新聞記事とシナリオ共に、慣用表現、敬語の部分で機械飜譯の誤譯が發生した。また日本語の特徵である女性語に對する機械飜譯はほとんど成り立たないことが分かった。しかし、新聞記事は論理的な文語體であることで社會言語的談話要素を含んでいる口語體であるシナリオに比べて誤譯の可能性が低いことが分かった.機械飜譯システムの問題を解決するためには、語彙では漢語と外來語の使用頻度を分析して日本の漢語と外來語で切り替えて辭典に登錄させる必要がある。固有名詞(人名·地名)·專門語彙及び新語·縮約語をデ-タ化した專門用語集と辭典の開發が必要であり、機械飜譯システムの誤譯の例を基盤に持續的なアップグレ-ドが必要である。そして、上述した問題の解決には韓·日語文學の關連硏究者と工學及びコンピュ-タ-の關連硏究者との學際的硏究が要求される。

『捷解新語』に見られる短呼形について

趙堈熙
한국일본어교육학회|일본어교육  58권 0호, 2011 pp. 167-180 ( 총 14 pages)
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『捷解新語』に見られる短呼形を調査し、その分布、下接語、拍數との關わりについて考察を行ったうえ、「原刊本」から「改修本」「重刊本」への改修に見られる短呼形の背景について探ってみた。その結果は次のようになる。(1)「原刊本」に見られる短呼形は、上方語が反映された結果であり、これは著者が日本で捕虜として過ごした地域と關連がある。(2)「原刊本」から「改修本」へは、ほとんど江戶語への改修に伴って、短呼形が非短呼形への改修が行われている。ただ、「おおウ」1語のみ短呼された形で見られることは改修に當った通譯官の母音の長短意識と關連があると思われる。(3)短呼形の下接語の狀況、すなわち、話し手、內容、卷別、拍數などとの關連性は感じられなかったが、「原刊本」では「禦ざる」が下接する場合、短呼が優勢であることが特徵である。(4)シク活用の形容詞のウ音便の短呼形として「しゅ」が見られるのは日本國內資料とは異なる點である。また、「しゅ」の變形である「し」の形が現れるのは、「しゅう[∫uː]」より直音の「しう[∫iː]」の方が發音しやすいため、まず、「しゅう[∫uː]」から「しう[∫iː]」に變化し、さらに「しう[∫iː]」が短呼され、「し[∫i]」という形で短呼されたと思われる。

한일 대학생의 감사표현 언어행동

정보희
한국일본어교육학회|일본어교육  58권 0호, 2011 pp. 181-192 ( 총 12 pages)
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本稿は感謝に關する言語行動を硏究對象として、韓日兩國における感謝の言語行動の實態を把握し、その實態の背景にある意識と原因を明らかにすることを目的とするものである。今日、世界は多文化社會を迎え、國籍を越えた人人の接觸が活發であり、円滑なコミュニケ-ションのためには、多文化間の言語行動の理解が必要である。特に似ているとされながらも相違點も多い韓日間の硏究は引き續き重要であるといえよう。このような點に著眼し、韓日兩國の言語行動に對する理解を高めて、円滑なコミュニケ-ションができるように役立てようとすることに本硏究の意義がある。硏究方法は韓日大學生にアンケ-ト調査を行って、分析する方法を使用した。感謝の場面を二場面を設定し、各場面ごとに親疎關係と上下關係によって相手を設定した。設定した場面において、どのような言語行動を行うか、各相手別にはどのような相違點が見られるかを分析した。その結果、言語行動では、韓日とも、直接的な言語表現を使用して相手に自分の氣持ちを表す場合がほとんどであった。韓日間の際立った相違點は、感謝の程度が高いと予想して設定した場面においてであった。韓國の大學生にはほとんどが「とても感謝する」という意識が見られたのに比べて、日本の大學生は「謝罪の氣持ちを感じる」という比率が高くなり、實際に使用した表現も謝罪表現と感謝表現を一緖に使うという回答が多かった。韓日間の言語接觸場面において相互間の意識と使用する言語表現に對する理解があれば誤解や摩擦なしに、より円滑なコミュニケ-ションができると期待される。また、相互の言語を學習する際も、各狀況でネ-ティブスピ-カ-が何を重要視してその表現を使うのかを意識して學習すればより目標言語の習得が容易になると考えられる。
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宮本百合子の『播州平野』のテクスト世界を帝國の滅亡の表象を中心に讀み返すと、先行硏究が示したような、社會主義リアリズムの論點から離れた可能性のようなものが讀み取れる。『播州平野』の世界は、1945年8月15日の風景を、現人神であった天皇の身體の不備な存在としての復元、というより、それに對比するひろ子の天皇支配から逃れられた歷史的身體としての復活から語り始める。だだし、ひろ子の身體の完全さは、網走刑務所に入れられている重吉との合體によって、成就されうる、ということがこの物語の基本の骨組みである。ということで、私は、重吉と帝國支配の刑務所から出させ、再會を果たすべく女戰士のミッションがひろ子に與えられた冒險物語として讀むことを提案する。物語は、そのための移住、移動、交流の樣子を展開していくのであるが、そこで觀察される帝國の風景は、帝國による他者の排除や抑壓、帝國崩壞後においては、解放された身體としての欲望に驅られた個個人による他者の排除の構造であった。それを批判的に語る宮本百合子文學は、その代案として、朝鮮人への好感を强くうち出して、連帶の道のりの可能性を取り圍んでいるのである。

『枯野抄』論

金熙照
한국일본어교육학회|일본어교육  58권 0호, 2011 pp. 207-218 ( 총 12 pages)
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本作品は大正七年「新小說」に發表され、一年後『傀儡師』(新潮社、大8·1)に所收されたもので、芥川のいわゆる藝術家小說に屬する作品である。 テキストは章立てなしに、江戶時代の俳人松尾芭蕉の臨終をめぐって、芭蕉の門人木節、其角、去來、支考、乙州、惟然坊、丈草などの7人の心境を描いている。このうち丈草の感慨に作者芥川の心境が入っている。丈草の心境は、<限りない悲しみ>と<限りない安らかな心持ち>である。丈草の<安らかな心持ち>というのは、<久しく芭蕉の人格的壓力の桎梏に、空しく屈していた彼の自由な精神が、その本來の力を以て、漸く手足を伸ばそうとする、解放の喜び>である。つまり、丈草の心境は芭蕉という大宗匠の束縛から精神的に自由になった解放の心境である。瀧澤馬琴が<あらゆる殘滓を洗って>創作家として輝いていたように、丈草も芭蕉という俳諧の大禦所の<人格的壓力>から解放され、新たに俳人として出發するのである。
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『古事記』『日本書紀』及び『攝津國風土記』收載の比賣許曾社の緣起說話は、古代韓日間の交流を示唆する貴重な資料である。阿加留比賣とは、新羅のアグ沼で日光に照らされ、赤玉より化生した女神であるが、夫神から逃れるため小船に乘って海を渡り、難波の比賣許曾社に鎭坐した渡來神である。この女神の渡來傳承は、天之日矛(又は都怒我阿羅斯等)の日本渡來とその定著をかたる傳承中の一部分を占め、韓日兩國において樣樣な角度でその硏究が行われてきた。特に、天之日矛(又は都怒我阿羅斯等)は、阿加留比賣のあとを追って日本へ渡る傳承を持つが、この傳承は延烏郞を追って日本に渡る<延烏郞細烏女說話>(『三國遺事』所載)との類似から、韓國において兩說話の比較硏究が盛んに行われている分野でもある。當說話は日神の移動神話として、古代韓日間の交流を示唆するものとして扱われ、新羅人の日本移住を語る歷史的事實のように考えられた。しかしながら先行論文は天之日矛との比較にその重點をおいた硏究がそのほとんどを占めていると言って過言ではない。天之日矛(都怒我阿羅斯等)の日妻であり、新羅國の女神、阿加留比賣との比較にも視野を廣めるべきであると思われる。したがって、本稿は難波の比賣許曾社の祭神、阿加留比賣は勿論のこと、他地域の比賣許曾社の祭神も視野に入れつつ考察を試みた。阿加留比賣や延烏郞細烏女の神格、新羅の古地名<都祈野>や攝津の<兎我野>、それから<機織><迎日祭祀>などをキ-ワ-ドにして、古代韓日間の交流の在り方についても考察を加えた。しかしまだ殘された問題點も多く、兩國の記錄を精緻に檢討したうえ、韓日間の民俗學や考古學などの側からの檢討も行われれるべきであろう。
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本稿は、日帝强占期に朝鮮總督府が1930年から1935年まで編纂した『普通學校國語讀本』の內容を分析したものである。第Ⅰ期の『國語讀本』は徹底的な國體思想を盛り入み、武斷政治を强化して民族の同質性を抹殺しようとする敎科書である。第Ⅱ期の『國語讀本』は3·1運動以後現われた朝鮮民衆を懷柔するために、表では朝鮮人物を多く登場させることで反感を和らげようとした、宥和政策と同化政策の强化という二重形態を取った敎科書である。第Ⅲ期の『國語讀本』は兒童も勞動の對象として認識し、勤勞好愛を振作させるために勤勞好愛と忠軍愛國敎育を强化した敎科書である。つまり、日帝の差別的な敎育が朝鮮人の劣等意識を助長したこと、特に『國語讀本』が朝鮮人自らにして自己卑下を內面化するように、一定の役割を果たしたことは否めない。本硏究を通じて日帝は朝鮮兒童に小國民としての權利はなく、義務のみが强調された差別的な敎育を行なっていたことがわかった。
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