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일본어교육검색

Journal of Japanese Language Education Association


  • - 주제 : 어문학분야 > 일어일문학
  • - 성격 : 학술지
  • - 간기: 계간
  • - 국내 등재 : KCI 등재
  • - 해외 등재 : -
  • - ISSN : 2005-7016
  • - 간행물명 변경 사항 :
논문제목
수록 범위 : 64권 0호 (2013)
5,300
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本硏究は、第二言語の音讀の際に、文章が流暢に讀める人はそうでない人よりも讀んだ文章の?容をよく理解していると判?してもよいかについて調べ、音讀の流暢さと文章理解の?係について?討した。流暢さの指標としては1分間に讀むことができる?語?(WPM)、1分間に正しく讀むことができた語?(WCPM)、讀み誤りの量、ポ?ズの頻度、?切り間違い?を、また文章理解の指標としては理解問題の得点を用いた。上級韓國人日本語學習者16名を對象に音讀課題を課し、その後理解問題に答えさせ、音讀の流暢さと文章理解度の?係について相?係?を求めて??を行った。その結果、「理解問題の得点」は「讀み時間」「WPM」「WCPM」「讀み誤りの量」「ポ?ズの頻度」「?切り間違い?」のどの指標とも相?が認められなかった。このことは、音讀が上手くても、讀んだ文章の?容が理解できていない場合があることを示しており、第二言語の解析(decording)の效率性が高いからと言って必ずしも文章の理解が促進されるとは限らないことが示唆された。
6,100
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本稿では、韓國映? 『甘い人生』の日本語字幕版を分析對象に、主人公であるソヌとヒスの會話の文末におけるスピ?チレベルシフト(speech level shift)の??の?相について考察を試みた。スピ?チレベルシフトとは、スピ?チレベルを決定する要因である文末形式が同一の談話の中でシフトすることを意味する。しかし、日韓?言語における基本スピ?チレベルやスピ?チレベルシフトは、同じ?況、同じ談話?容の中でも異なる展開を見せることがある。このような、日本語と韓國語のスピ?チレベルやスピ?チレベルシフトが談話の中でどのような?相を見せているのかを?討し、その機能を明らかにすることが、本稿の目的と言える。本稿は、韓國映? ?甘い人生? の男女主人公、ソヌとヒスの會話に見られるスピ?チレベルシフトに注目している。初對面會話、プライベ?トな會話、口論などの??な場面が展開され、相手への心的距離や社會的?係の?化が見られるが、この距離の伸長と短縮をスピ?チレベルの發生回?と?相からも確認することができる。そして、このような?相は日本語字幕版でも見られるが、その?況や機能における違いが明らかになった。これは同一の談話の中でも、スピ?チレベルを設定する上で、社會的上下?係に多く影響されやすい韓國語と、心理的要因が重視されやすい日本語の特?が、??された字幕版にも反映された結果と言えるだろう。
4,500
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Japanese Language School (JLS), founded by Okakura Yoshisaburo as the founding instructor, is a foreign language institute established in Hansung by Government of Choson in 1891. JLS is first-of-its-kind in Korea and considering its sigificance, the institute holds tremendous importance on the history of Japanese language education in Korea. Previous studies on the matter, however, show inconsistencies in terms of the foundation period and the geographical site of the institute; thus, the purpose of this study is to re-examine the foundation period and the site of JLS. After examining primary historical sources -Tongrigyoseoptongsangsamuamunilgi (Logs of the Office for General Control of Diplomatic and Commercial Affair), Tongyeonilgi (Tongyeon Diary), Incheon hang gwancho (Logs of Incheon Port), Ilbonuh hakgyo gyosa shinmun (Employment Record of Teachers in Japanese Language School), Tokyo Asahi Shinmun (The Asahi Shimbun) -the present study suggests that JLS was established in Juja-Dong, Jujadong-Gye, Hundo-Bang, South Hansung-Bu area on July 25, 1891.
5,500
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Japanese Language School (JLS), founded by Okakura Yoshisaburo as the founding instructor, is a foreign language institute established in Hansung by Government of Choson in 1891. JLS is first of its kind in Korea and considering its sigificance, the institute holds tremendous importance on the history of Japanese language education in Korea. Previous studies on the matter, however, show inconsistencies in terms of the foundation period and the geographical site of the institute; thus, the purpose of this study is to re?examine the foundation period and the site of JLS. After examining primary historical sources Tongrigyoseoptongsangsamuamunilgi (Logs of the Office for General Control of Diplomatic and Commercial Affair), Tongyeonilgi (Tongyeon Diary), Incheon hang gwancho (Logs of Incheon Port), Ilbonuh hakgyo gyosa shinmun (Employment Record of Teachers in Japanese Language School), Tokyo Asahi Shinmun (The Asahi Shimbun) the present study suggests that JLS was established in Juja?Dong, Jujadong?Gye, Hundo?Bang, South Hansung?Bu area on July 25, 1891.

李恢成『砧をうつ女』における<境界性>考察

小海洋子
한국일본어교육학회|일본어교육  64권 0호, 2013 pp. 135-154 ( 총 20 pages)
6,000
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本硏究は、李恢成の『砧をうつ女』を通して作家のアイデンティティ?を<境界人>という立場で考察した。在日作家の中で、特に2世作家と呼ばれる作家たちは激動の時代を生きながら母國である韓國·朝鮮と、生まれた國である日本との間で、アイデンティティ?問題に?んだ世代である。祖國の文化と?統を守ろうとした、父母の世代の1世と違い日本で生まれ祖國を知らない2世は、?國の間で?自的な文化を築きながら現在に至っている。日本と韓國·朝鮮どちらにも十分に??しきれずに、不安定な部分もあるが、社會的境界性をいかして、人生や現?問題を?成の考えとは違う創造的な見解を提示できる新しい可能性を持つのが、在日であるといえる。李恢世は2世作家の代表的な作家であり、自?的要素の?い初期の作品『砧をうつ女』から、具?的に作品を空間·言葉·文化に分けて考察した。作家の成長背景からも<境界人>として成長せざるを得なかった事情を探った。作品の舞台はサハリンであるが、そこには日本と韓國の空間が存在することがわかった。さらに作品中の言葉には韓國語が多?登場し、作家自身?的には韓國のアイデンティティ?を持っていることがわかった。韓國の文化も作品中に紹介されていることがわかった。しかし作品には言葉や文化面での誤解もあり、まさに<境界人>としての?相をあらわしていることがわかった。
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